歴史、そして
「たのもー。おうさまー。久しぶりー!」
そう言ってマリは、謁見の間の大きな扉を豪快に開く。
もちろん、そんな無礼な真似をすれば非難轟々、兵士たちの荒い声が謁見の間に響き渡る。
…こともなく、中には片手で数えられるほどの人間しかいなかった。
絵に描いたような玉座に座る王と、その傍には宰相、それに謁見中の女の子が一人。怒声など上がるはずもなく、全員で静かに、かつ冷ややかな視線をマリに注いでいる。
「あれ?お取り込み中だった?」
マリは変わらない様子で、冷静に状況を把握した。
公務など、とうに終わっているはずの時間に王と謁見。そんな謁見の間の外には兵士一人立たせず、中には明らかに人払いがされたであろう面子。
明らかに非常事態だ。こちらも一刻を争う報告だと言うのに。しかし、
「どんな大馬鹿者かと思ったら、マリじゃないか。これも運命みたいなものかね。」
思っていた反応とは違う、こちらの状況を聞いていないのにも関わらず、何か今の状況とマリとの関係を思わせる発言をする王。
「マリにも関係のある話だ。というか、タイミング的にもほぼ同じ件で俺に会いに来たんだろうと推察するが?」
王はそう言って、お前ならこの状況、何となく察しがつくだろう。とでも言いた気な顔をした。
そういうところ、いちいち腹が立つんだよなぁ…と思いつつも、マリは玉座へ歩み寄り、謁見に来ている女の子の横へ。
年齢は自分と同じくらいだろうか。健康的な体つきで整った容姿をしている。黒髪の可愛らしい女の子だ。
横に並び、マリがチラッと一瞥すると、その女の子と目が合った。ニコッとこちらへ笑顔を見せる。
それに対してマリは、ペコっと会釈をして王に向き合う。
「さて。奇しくも謁見が会合に変わってしまったが、さっそく始めようか。」
なにやら一通り察している様子の王が、話を切り出す。
「先ずは自己紹介からだな。俺はリルム。この国の王を務めている。」
リルム王、冒険者が纏うような黒衣の軽装を見に纏う、全く王には見えない格好の王。元は現在のリルムの街出身の革命家。数年前まで悪政を敷いていた前王に代わって、革命軍を率いていた彼が玉座に座る形となった。
非常に頭が切れ、個人の戦闘に関しても、そこらの冒険者では歯が立たないであろう猛者だ。
因みにリルムの街は、現王の出身地であるあの街が彼を称えて名前をリルムに変更したのだ。紛らわしいことこの上ない。
「そして、マリのとなりにいる娘は、クーという。彼女からの手紙で、緊急の謁見…というか、会議に近い。今回のこの場を設定したというわけだ。」
その紹介に対してクーは、王とマリへ一礼して言葉を紡いだ。
「王様、お会いできて光栄です。そして初めまして、マリさん。王のご紹介に賜りました、クーと申します。」
クーと名乗る少女は高くも低くもなく、しかし芯の通った力強い声で自己紹介をした。
よろしく、クー。と、とりあえず定型分で挨拶を返すマリ。次は自分の番だ。
「さっきから王様に呼ばれている通り、私はマリよ。身の上はどこまで話していいのかまだ分かっていないし、簡易的な紹介で申し訳ないわね。」
一応だが、場が場なだけあって少し警戒している素振りを出すのが寛容だろう。まだ状況を把握し切れていない上に、見知らぬ少女に身の上を話すのも気が引けた。
「まったく…すまんね。マリは昔からこういうやつなんだ。悪気はないから許してやってくれ。」
リルム王はマリの自己紹介に対して、苦笑いしながらクーへ謝罪する。
王め。アンタもこの状況で私がペラペラと詳細に自己紹介するとは思ってないクセに。
そしてマリの後に、ただの背景と化していた宰相が手を挙げる。
「私は、この国の宰相をさせてもらってます…。リルム王の命で、状況把握のために同席していますが…私のことは今回気にしないでください。」
宰相が力なく自己紹介を添える。
可哀想に。この会議が終わったら、王から押し付けられる面倒な仕事がてんこ盛りだろう。
「さっそく本題だが,マリ。単刀直入に言おう。クーは、“紫”だ。」
…何となく想像はついていたが、まさか紫持ち本人だったとは。
これで、今回の会議に参加させられた意味が、推測から確信に変わった。
「まぁ、そういう話よね。本人とは思わなかったけど。察しの通り私も同じ件。今リルムの街で一緒に行動している冒険者が、紫持ちよ。」
それを聞いた王も、クーも、特に驚いた様子はない。ほぼ同時に、昔英傑と称された紫持ちの色術師が現れたのだ。それが何を意味するのかはここにいる皆が理解している。
少しの沈黙の後に、リルム王が重い口を開く。
「かつて、この世界には五紫傑と呼ばれる英傑が五人いた。」
そう。その英傑たちは、後の現在にこう呼ばれている。
陽傑マテリス
破傑シルヴァ
霆傑アイギス
天傑セラフ
堕傑ルシード
まだ対抗手段に乏しかった人間に対して猛威を振るっていた魔物たちを、次々と倒し、抑え、この世界に平和をもたらせた伝説の冒険者。中には、彼らを勇者と呼ぶ者もいる。
それが約千年ほど前の話だ。
しかし、そんな英雄、英傑たちが作った平和な世界。そういうところには、権力と力を欲する汚れた人間が必ず現れる。
五紫傑の中の一人、堕傑ルシードは、救ったはずの人間に利用され、裏切られた。
その渦中、大切な人を失い、自分が救った人間はこんなにも愚かなものなのかと悲しみ、怒った。
自分は間違っていた。救うべきではなかった。全てに絶望したルシードは、他の仲間の声も届かないまま…。
その先は地獄だったという。絶望と怒りに飲まれたルシードは、裏切った人間はもちろん、その国ごと全てを、一人で焼き払った。
それを受けて残りの英傑たちが、かつての仲間だったルシードと対峙。たった五人だけの大戦争が始まったのだ。
一見優位に思えた四人は、街や国を庇いながら戦ったために、大いに苦戦した。
数年の歳月の後、五人戦争は人の住まない僻地へ追い込まれたルシードが、四人の前に屈したと伝えられている。
現在もその場所は、封印の地として誰も足を踏み入れない場所になっているという。
そしてルシードを手にかけた四人の英傑たちは、自分たちの力が及ぼす影響に震え、辟易し、同じようなことが起こらないようにと、色術を世に伝えたあとに姿を消した。
「そして世界各地の王家に伝わっている、その歴史書の最後にはこう記されている。」
“絶望と憎悪に堕ちたルシードは、いつか再び蘇る。我ら四人が再び集結した刻に。”




