戦闘開始《バトルスタート》
二人で平原を駆けては休み、また駆けては休み…そうして一時間ほど経っただろうか。
思ったよりも消耗が激しい。色術の使い方にはかなり慣れて来たが、本来の身体能力から大きく逸脱した動きに身体がついて来ていない。
マリ曰く、それでも初めてでここまで動けるのは極めて稀らしい。
百メートルを五秒で走るようなスピードで、休憩を挟んでいるとはいえ一時間も走っているのだ。
もう俺の筋繊維は、おそらく繋がっている部分の方が少ないだろう。
「もう目的地のすぐ近くまで来たわよ。お疲れ様。」
息ひとつ乱れていないマリが俺にそう告げる。
正直、こんな状態でアレと戦うのは無理難題が過ぎる。
「これが最後の休憩よ。ツウ、ぶっ倒れてるとこ悪いんだけど、うつ伏せに横になって。」
そう言ってマリは、俺に近付いてきた。
俺は素直に指示に従う。
ふう…と、大きく息を吐いたあと、マリは俺の足に手をかざす。
これは…色術?マリの手に纏色された白が、俺の足に流れていく。
少しずつ、ぼんやりとした痛みしか感じていなかった足の感覚が鮮明になっていく。
「…あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!!」
痛い。猛烈に痛い。
切れた筋繊維を、直接いじくり回されているような感覚が襲う。
「ほら我慢!男の子でしょ!」
そう言いながらマリは、色術を俺に流し続ける。
地獄だ。足が焼けるように熱い。涙が出るほど痛い。
あつい、いた。
どれくらい叫んでいただろうか。おそらく実際は数分程度。だが数十倍にも引き延ばされた時を過ごした気分だ。
もう足の痛みはない。むしろ、出発前よりも良いと言っても過言ではない。
「これなら動けるでしょ。というか、ここからが本番なんだからね。」
そう。まだガルムが出没する場所まで移動しただけ。メインは移動じゃないんだ。
「今私が使った色術は、白の治癒“治癒活性化”よ。ツウの治癒力をブーストして無理やり治したの。」
そんな事までできるのか。色術って凄い。
何でも治せる訳ではなさそうだが、冒険者として活動するのには十分過ぎる能力だ。
「白は唯一、治癒が可能な色術よ。この治癒の代償は、『完治までに受ける痛み』か、『完治に至るまでの体力消耗』。今回は前者ね。」
流石にノーリスクって訳にはいかないか。それを身をもって知った形になる。
その条件だと、戦闘中の治癒も難しいだろう。
ターン制バトルでもあるまいし、敵がそんな無防備な姿を晒しているのに、むざむざ回復を待つ義理はない。
そんな会話の最中、突然。急に。
俺たちを取り巻く空気が一変した。
この感覚はよく覚えている。何か恐ろしいもののプレッシャー。頭がまた警鐘を鳴らす。
マリもそれに気がついているようで、平静を装う平原に相対し剣を抜く。
俺もほぼ同時に、立ち上がって迫り来る脅威に向けて構えた。
「へぇ。ちゃんと気が付くんだ。やるじゃん。」
「いやいや、これだけビリビリと殺気出して狙われていたら素人でも何かしら感じるって。」
緊張していないと言えば嘘になる。余裕そうに会話しているのもその裏返しだ。
でも、昨日とは違う。今の俺には、付け焼き刃でも色術を習得し、手には武器もある。
まだ敵は視界に映らない。平原の少し長く生えた草が、怪しくザワザワと、音を立てて揺らめく。
「何体かいるわね。背中よろしく。私が白炎姫と呼ばれる所以、見せてあげるわ!」
そう言うと優しくマリは自分の剣『レーヴァテイン』を撫でる。
美しく赤い剣身が、さらに赤く、赫くなっていく。
剣先へ向かってゆっくりと左手で触れ、その剣を素早く、右手で真一文字に大きく左から右に薙ぎ払った。
「『火焔舞台』」
静かにマリが、その技名を口にした。
剣を振った先、草の生え揃った平原が赤く染まり、地面から扇形広範囲に大きく炎が立ち上る。
すると、背の高い草に隠れて近づいてきていた獣が、まるで踊るかのように呻き声を上げながら、炎から逃げようと跳び、奔り、その姿を表した。
三体、間違いない。俺の因縁の相手、ガルムだった。
俺たちを囲むように、マリ側に二体、俺の正面に一体。
ガルム共は己に着いた火を消すために、それぞれその大きな身体を転がして地面や草に擦る。
「ツウ、纏色!そっち任せるわよ!」
簡潔に俺に指示を出すマリ。
即座に緑を纏色して戦闘体制に入る。さぁ、昨日の借りを返させてもらうぞ。




