クリスマスの贈り物
透明なプラスチックケースの中に、男の子と女の子を模った木彫りの天使が向かい合っている。やがてオルゴールのやさしい音が奏でられると、二人の天使はゆっくりと近づいて、愛らしい仕草でキスをした。
紅白のサンタ色で埋め尽くされたイヴのおもちゃ売り場には、他にもいくつかのからくりおもちゃが展示されていた。サンタやトナカイが吊り下げられたモビールが、オレンジの暖色光に照らされてゆらゆらと幻想的に回転している。クリスマスソングのBGMが楽しそうに流される中で、華やかに点滅するLEDと煌びやかなアイテムで装飾された大きなクリスマスツリーが、店の中央にどんと置かれていた。店内の狭い通路はすれ違う人々でごった返している。
「いったい何を買ってやれば、葵は喜んでくれるのだろうか……?」
愛娘の葵は五歳になる。そろそろ好き好みが明確になる年頃だ。これまでは何を与えても単純に喜んでいたが、今年がそうなる保障は何もない。
「パパァ、葵今日からいい子にするからね」
「なんだ、葵は今までいい子じゃなかったのか?」
「ううん、そうじゃないよ。今日からもっといい子になるの。もう十二月でしょ。今年も葵、サンタのおじさんからプレゼントをもらいたいから……」
葵はまだサンタクロースが本当にいると信じている……。
「あなた、今年もプレゼントの用意をお願いね。葵はとっても楽しみにしているんだから」
「もちろんさ、わかっているよ。だけど、何を買ってやれば喜ぶのかなあ?」
「そうねえ。まあ、訊けたら訊いておくけど、とりあえず何でも大丈夫よ。あなたが選んだものならね」
相変わらず無責任な発言だ――。
クレヨンは去年のプレゼントだから今年は使えないし、まあ、ぬいぐるみ辺りが無難だろうか? 絵本も良いが、本は普段から買い与えているから、クリスマスの特別な贈り物という感覚がない。地図や図鑑などはまだ少し早そうだ。せっかくのクリスマスには勉強にこだわらず、気軽な贈り物をしてやりたい。おお、そうだ! プレゼントの大きさも配慮しなければならなかった。この縛りが実をいうと、かなりきつい。昨年も三輪車を取りやめた経歴がある。組み立てブロックなんかでは喜んでもらえないような気がする。いいや、何をもらっても喜ばないわけがないじゃないか。なにしろ、プレゼントをくれる人はパパではなくて、サンタクロースのおじいさんなのだ。何をもらってもそれなりに気を遣って、笑顔を見せてくれるであろう。あの子なら……。
散々悩みぬいた挙句に決断した贈り物は、手足が自由に動かせる少女の着せ替え人形だった。これならば、友達といっしょにママゴトで遊ぶこともできるし、付属の用具をそろえるという伸展性もあるから、今後のプレゼントにも困らないかもしれない。
「あっ、ここの店名が書いてある包装紙を使うのはやめてください。子供のプレゼントなので、その……、サンタクロースからの贈り物にしたいのです」
恥を忍んでカウンターで事情を説明すると、若い女性店員はにっこりと微笑んで、人形の箱をロゴなしの包装紙で丁重に包み込み、かわいらしいチェックのリボンをコーディネートしてくれた。
愛娘へのプレゼントを大切に小脇に抱えて、凍てつくような冬の夜空の下を真っ直ぐに帰宅した私は、玄関の手前で立ち止まり、贈り物をそっとポストに押し込んでから、何食わぬ顔で呼び鈴のブザーを鳴らした。
「あーっ、パパ、おかえりなさーい」
予想通り、葵が真っ先にキスのお出迎えだ。その後ろから妻が心配そうに顔を出す。私は目で大丈夫だよという合図を送った。
クリスマスのちょっとしたご馳走、家族三人が団欒の楽しいひととき……。やがて、夜も更けて娘は床に就いた。
「それにしても、無邪気なものね。葵ったらまだサンタさんを信じているのだから……」何気なく、妻が話しかけてきた。
「そんなにおかしいことかな? 俺は小学三年生までサンタクロースの存在を信じていたよ」
妻は少し目を丸くしていたが、軽く切り返してきた。「そうね、あなたっていつも正直だものね。でも、どうしてそれがわかっちゃったの?」
「おやじが夜に俺の部屋に入ってきて、こっそりとプレゼントを置くところを見てしまったのさ」
「あらあら、今晩は葵に気付かれないように用心してよ」
「あのときのショックは今でも忘れられないね。両親はなんで俺を騙してきたのかって、当時は相当に落ち込んだよ」
「まあ、そうなの……」妻の返事は淡白だった。
「たとえ五歳の子供とはいえ、このまま嘘で騙し通して良いものかと、イヴになるといつも俺は罪悪感に苛まれるんだ」
「でも、夢を与える教育ってとても大切よ。それでいいじゃない?」
「それは確かにそうだよ。それにしても、子供って哀れな存在だよな。騙されていて幸せを感じられるのだから……」
くすくすと笑いながら妻が問いかけてきた。「あなたは騙されながら幸せを感じられることが良いとは思わないの?」
「思わないね。騙されるなんて……、そんな辱めを受けるくらいなら、初めから見せかけの夢なんかいらないから、真実を教えてもらいたいのさ。俺の場合はね」
「それじゃあ、あなたは葵に真実を語っちゃうの?」妻は心配そうに私の顔を覗き込む。
「ふっ、葵はまだ五つだ。そのうちに真実に気付くかもしれないが、無垢であどけないうちは、俺がちょっと罪悪感を我慢するだけで無事にことが済むんだ。もうしばらく騙し続けておいてあげることにするよ」
「無垢であどけないうちか……。じゃあ、今年もお願いしますね。パパ……」妻はうれしそうに微笑んでいた。
右手にペンライトを、左手にはプレゼントの包みを握り締めて、娘が寝ている部屋のふすまの前にやってきた。こちら側の部屋の照明をすべて消して真っ暗にしてから、ペンライトのスイッチをひねる。明るい先端部を掌で覆い隠してから、音を立てないようにふすまをゆっくりと開ける。
罷り間違って葵が目を覚ますようなことがあっては、今までの苦労がすべて台無しだ! かつて味わった忌まわしい想いを、少なくとも今晩の娘にはさらしたくない……。娘の顔にペンライトの光を当てないように気を遣いながら、そろそろと手をさし延べて、枕元の靴下の形をした手提げ袋を探った。
そのときだ。まったく想像を絶する大失態だった!
ペンライトに注意するあまり、抱えていたプレゼントの箱が小脇からするりと滑り落ちた! 箱はそのまま葵の顔前にトンと音を立てて着地した! しまった……!
この一年間で最も肝を冷やした瞬間であった。思わず目を閉じて私は天を仰いでいた。
しかし、奇蹟だ……! 葵は一瞬反応したが、すぐにまた寝入ってしまった。今度こそは……。私は冷静に仕事をやり終えた。無事に部屋を出て、ゆっくりとふすまを閉めた。とてつもない大仕事をやってのけた充実感が、心地よく私を包み込んでいた。
翌朝、コーヒーを片手に新聞を読んでいる私の前に、愛娘がやってきた。
「パパ、おはよう!」
「おはよう、昨日はサンタさんが来てくれたのかな?」
「うん、パパ。これ見てよ! サンタさんね、ちょうど葵が欲しかったプレゼントをくれたんだよ!」
「へー、どれ、見せてみな……。ああ、かわいらしいお人形さんじゃないか。よかったな、葵……」
「うん、とってもうれしい。パパ、どうもありがとう!」
台所でベーコン・エッグを焼いていた妻が慌てて飛び込んできた。「葵ちゃん。パパにそれをしゃべっちゃ駄目だっていったでしょ!」
次の瞬間、妻は自らの失言に気付いて、口のまわりを両手で押さえていた……。 (完)