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異世界の国々のお話

壁の花は消えて

作者: 宇和マチカ
掲載日:2021/05/12

お読み頂き有難う御座います。

同じ夢を見続けてちょっぴり鬱憤が溜まった令嬢のお話です。

 あの方はお優しい方。

 高貴なお生まれでは無いけれどたゆまぬ努力を続け、確たる地位を得られた、わたしの誇り。


 だから、お忙しいの。

 わたしとの約束が反故になっても。

 見たこと無いような素敵な色の薔薇が届かなくなっても。

 他のご婦人にあの美しい緑の瞳が甘く蕩けて、微笑みかけるのも。吐息が掛かる程、顔を寄せ合うのも。

 全て、全て仕方がないことなのよ。


 でも、待っているわ、何時までも。

 キツい吊り目が好きではなかったけど、貴方が好きだと言ってくれたから。柔らかく微笑みを絶やさずに。

 此処で待っていてって、言ったから。


「ほら、あの方……また、壁に張り付いて惨めね」

「分かってるでしょうに。ホラ、あんまりジロジロ見たら……クスクスクス」


 美しく装った令嬢達が、わたしを嘲っていても。

 貴方の手が他のご婦人の腰を抱いていても。


 そう、わたしは美しくないけど壁の花。

 だけど、貴方に手を取られ、あのホールで。くるくる踊る為、痛めた足を引き摺って微笑むの。

 平気よ。何か理由が有るのね。話せないんでしょう?心配ないわ。わたしは大丈夫。


 でも、分かって。

 ひとりぼっちで、早く貴方に連れ去られたい、壁の花なの。


 だから早く。



「そいつ、を、棄てろ」



 やっと、声が出た。思っていたよりも鈍い濁った声だったけど。伝わったなら充分よね?


 だって、そうでしょう?

 夜会では他の女を口説き、贈り物も途絶え、会いにも気にもしない。

 やんわりと、ゆるやかに、傲慢に。貴女を棄て始めているじゃないの。


 一足先に華やかな世界に足を踏み入れて、持て囃されて、浮かれて、支えてきた貴女を蔑ろにした酷い男。

 見ないフリを続けて、それでも貴女を側に置き、その微笑みに嘲るかのように他の女を侍らせる。


 そうとしか、見えていないでしょう?


 例え、ご令嬢達が上司の娘で、ご機嫌を取らないといけない裏事情が有ったとしても。

 仕事で同僚の尻拭いで拘束され続けていたとしても。

 花と手紙を託した者が貴女を見初めて、妨害したとしても。


 全て、やり返せず遥か後で慌てふためき、挙げ句フォローすら出来ない身勝手な男の落ち度。


 何故、しがみつくの。

 過去がどうであれ、もう離れるべきよ。

 こんなに変わってしまった、いや、本来から何も出来ない駄目な男に。


「どうして、分かってくれないの?」


 涙で濡れた信じられない顔をして涙を落とすわたし、が遠ざかっていく。

 揺蕩っていた私の意識が覚醒して、漸く……。





 私の家の、私の部屋。お気に入りの、萌黄色にカラフルな縁編みが美しい天蓋。


 窓からは湿った空気が冷え冷えと。

 雨のせいかしら。いや、晴れていても憂鬱だわ。


 何なのかしら。悉く寝不足だわ……。

 何故、こんなグジグジして湿っぽい女の夢を連日連夜で見るのかしら。

 ああ、生き霊か何かに取り憑かれた?

 でも、今回は少しだけ違ったわね。


 私はミステ。しがない子爵家の次女。

 私の家は、夢占いに長けている……らしい。


 嘗ては国境付近のド田舎で、其処らの村人を相手に、占い師兼薬師兼農家……結局何屋なのかしら。取り敢えずゴチャッとしたよろず屋として商売していたらしい。それで他人を助けて、少しだけ自分に益を齎していたと聞く。

 何代か前の娘が見た夢で王族を助けた、とかで子爵の身分と、住んでいた村を所領として頂いた、らしい。

 それが我が一族クスキス家のハイライト。


 ……それからはボヤーッと年月を過ごし、代を重ねても派手な出来事もなかった。

 それなのに、祖父母の代から王都にささやかな職を得て、目茶苦茶小さいながらも貴族街住まいになり……今の住人は祖父と両親と私、使用人はじいやとばあやと料理人のみ。


 どうせなら、素敵な未来の伴侶が出てくる夢が良かった。

 もしくは、物語のように甘くて素敵な恋の夢。叶うかどうかも分からないような。

 何で他人の、それも夢の無い話を……連続で?何のメッセージなのよ。冗談キツいわ。


 この前の階段から落ちた夢の方が、未だマシ。この夢が誰の役にも立つ訳無い。利益は無いな。私の睡眠を妨げただけ。


 生きている人間の夢しか見ない筈だから、見かけたら文句を付けに行こう。

 何処の夜会に出没しているか知らないけれど!

 ……目茶苦茶相手の身分が高かったら、スルーだけれどね!!

 今日、早速親戚筋からご招待を受けている事だから、探してみましょう!善は急げ!安眠の為に!





「何かしら、随分険しい壁の花、ですわね」

「どういうニーズを目指してお出でなのかしら……」


 煩いわね!!

 クスクスクスクス気持ち悪い笑い声立てまくって!!

 シングルボッチの何が悪いってのよ!!

 こちとら、悩み無い面で悪口を垂れ流す性悪なアンタらと違って忙しいのよ!


 ああ、イライラする。眠いし!

 早く探し出さなきゃ。

 探し出して、あの悲劇のヒロイン症候群な女に一言言ってやらなきゃ!!


「おひとりかな?美しいご令嬢」

「いえ、少し」


 と、思うのに。ちょいちょいお声を掛けてこられるのが鬱陶しい……!何時もは全然無いのに!気合い入れてる時にお声がけなんてゼロなのに!!何なのよ!?


「どうしたのですか?お嬢さん」

「まあ、お構い無く」


 ああ、また寄ってきた!!どういう事よ鬱陶しい!

 しかもこの男、壁の花キラーで有名なフラキマー伯爵令息じゃない!?


 彼の狙いは、田舎から出てきた御披露目直ぐの地方貴族の、夢と希望と不安に胸を膨らませるご令嬢。

 甘ったるい無駄口で言い寄って、喰い散らかして、ポイ棄てすると大評判の!!近々縁切りされると噂の貴公子!……あれ、そんなに顔良くないわね。モブ顔寄りフツメンだわ。


「どうされました?」


 自慢の栗色の巻き毛を揺らして、憂いを帯びた垂れ目でこっちを見つめて甘い言葉を吐く筈よね。カモになんてされるもんですか……んん?栗色……にしては髪の色がくすんでるわね。巻き毛……が、有名な割に、其処まで巻き毛でも無い。癖毛ね。

 あれ?……聞いてたのと違うわ。ガセなの?


「綺麗な緑の瞳が零れ落ちそうですね」


 うーわー!近寄ってきた!!……張り付かれると集中出来ないわ……!!どっか行きなさいよ!!違う時にして頂戴!!眠気と苛立ちで殿方に貴族らしい振る舞いが出来る気が……全くしないわ。


「先程から壁にずっと張り付いておられますね。何か落とし物でも?」

「そのような物ですわ」

「お手伝いしましょう」


 ……目立つから何処かに行って欲しいわ……。私は、ひとりで探したいのよ!!オーラを出しているのに!チャラ男は執拗なのね!?評判悪すぎて新天地を開拓中なら余所へ行きなさいよ!!


「見知らぬ方に其処までお気遣い頂くなんて、恐縮ですわ」

「そうだ、初対面なのに失礼を。私はハール・フランジ。貴女を何とお呼びすれば?」


 うん?ハッ、……別人だった!!

 良かったー!大恥を掻くところだったわ!!フランジ伯爵の所かー!……しかし遊び相手探し中のチャラ男で無いなら、何故こんな壁際から離れない系の私にお声掛けを?謎過ぎる。


「……クスキス子爵長女のミステで御座います」

「ああ、先日、ナニカト公爵家のパーティーで見事なチェンバロを披露なさったご令嬢ですね」

「……あの、それはキクスキ伯爵家のリスティ様ですわ」

「し、失礼」


 ……名前がね。余所のご令嬢と似てるのよねー。

 しかもリスティ嬢とひとつしか歳が違わないから、適当な話だと目茶苦茶間違えられるのよねー。

 勿論血縁関係ゼロで派閥も違うし、こっちは黄緑頭、あっちは黒髪と全く姿形も似てないんだけど。

 そして私に音楽センスは皆無よ。先生方は匙を投げられたわ。ハハハ。……はあー。


「お詫びに、是非お手伝いを」

「……オネガイイタシマスワ」


 私だって貴族令嬢。……断り辛いイヤーな状況に持っていきやがってこの野郎!と言う憤り……いえ、想いくらい隠せるわ。本当よ。やんわりと押しが強いなあ迷惑な。


「それで、何をお探しで?」


 この方、よく見ると吊り目なのね。

 えーと、何だっけ。フランジ伯爵令息様。でも、人が良さそうでも……これを言えばソソクサとドン引くでしょう。


「伝説に名高い壁の花を探していますの」

「うん?」


 そう、私が探すのは……あの壁の花女。ならぬ夢に出てきたあの女。伝説にはなってないけど、適当に盛ったら壮大そうで胡散臭くて怪しくて良いわね。この方もそんな大言で妄語を吐く私を放置して、早く帰って欲しいわ。


「壁の、花……」

「ええ」


 どうだ、支離滅裂さにドン引いて帰りなさい。


「……どんな花ですか?」

「え?いえ、あの……」

「良ければ此方へ。此方の庭の花も見事で、とても綺麗ですよ」


 え、何で?

 うわうわ、引っ張られて……窓の外……バルコニーへと連れ出されてしまったわ。

 ……何だ!?コイツも慣れてるチャラ男!?どうしよう面倒臭いわ!!


「あの!私は花が見たい訳では!」

「壁の花、が失礼な意味で女性に充てる単語だとは分かっています」


 何ですって!?じゃあ、何しに連れてきたのよ!?私の人探し……安眠が!!


「ですが、素敵でしょう?下を見てください。海外から取り寄せた珍しい花が咲いているんですよ」

「そ、そうですか」


 そうまで言われて……渋々見るしか無いじゃないの。

 えーと、篝火が方々に置かれていて、夜でもお花を美しく照らしている、みたい。

 ……ライトアップの費用どれ位なのかしら。

 と言うか、上からじゃ白っぽい薔薇?位しか分からないわね。流石に匂いで分かる。やっぱり夜だもの。昼間に来なきゃ意味ないわ。

 ……とは言うものの、私はそんなにお花に詳しくない。

 だから、選ぶとしてもテキトーなのよね。


「知っていますか?白い花の茎を染料に浸けておくと、染料の色に染まるそうですね」

「そうなのですか」


 えーと、何が言いたいのかしら。流行りの贈り物の話?確かに色を手軽に変えられるなら、相手の好みを探し回って花屋を巡らなくても済むかしらね。

 ……そもそも、好きな色って……とても多かった、気が。あれ……誰の話だったかしら。


「様々な色の小さな花を頂きましたが、とても嬉しかったんです。例え、それが本来の色では無くても……」


 ……殿方なのにお花を贈られる相手が居るのかー。少数派なのかしらね。

 ああ、見上げるんじゃ無かったわ。遠くの篝火を映した茶色の瞳が、危険を孕んで揺れているよう。


 ……何の危険?


「染まってしまったとしても、同じ花を愛する心は変わりませんでしたのに」


 ……未だ少しだけ、危ない。これ以上は、危うい。でも、未だ見ていたい?……どうして。


「そうですか……。あの、そろそろ宜しいですか?流石に、この場でふたりきりともなると……在らぬ誤解を招きかねませんわ」


 恋人でもないのに夜会を抜けてバルコニーで語り合う、なんて醜聞待った無し。

 婚約者の類は居ないけど、たまったものではない。


 それに、このいい加減、仄かな恨みを混ぜたような与太話から、逃げたい。

 これ以上は、危険だと。脈打つ心臓が、警鐘のように鳴り止まない。


「どうして?わたしを探しに来てくださったのでしょう?」

「探して」


 無い、と。

 その言葉は、初対面の方の唇に掻き消された。足元が覚束無くて、膝から崩れ落ちる。なのに、ふわふわする。


 嗅ぎ慣れた、薔薇?いえ、違う。あれは白い野花。強い草の匂いの中に、幽かな花の香り。

 染料で染めた、野の花。

 未だ、華やかで豪華な花も買えず……いえ、何時?

 私は、花を買ったことなんて有った?無い。だって、何時もお母様の指示でじいやが家を整えてくれるから。


 周りでは時を止めたかのような違和感と、野次馬の声が、さざ波のように聞こえる。


「知っていました。心ない方々の言葉でわたしを傷付けまいと奮闘なさっていたことを」

「何」


 貴方の事なんて知らない。派閥も違う。知っている筈はない。なのに、この……安堵は何?

 分かってくれて良かった、無駄じゃなかった。そんな……安心するのは何故?


「迎えに来てくれるなら、何時だって良かった。そう、お伝えしなかったのが私の落ち度」

「何が」


 声が、重なっている。

 聞こえない位の弱々しく装った女の声と、聞き慣れない殿方の声と。


「どうして信じてくださらなかったのか。何故、自分を棄てろなどと……わたしを望んでおいて、切り棄てる?それだけは、許せない」


 動けない私の喉に、そっと手が触れた。


「でも、壁の花から抜け出せて良かった。時間は掛かれども貴方を見付けられたから」


 まさか、このひとは、あの……?

 違う、違う筈なのに。

 ピッタリと、何かが嵌まった音が聞こえる。


 私は失念していた。私の一族は、生きている人間の夢しか見ない筈。死人に夢占いは不要だから。


 でも、生きている人間の願いを叶える為に……死人の、嘗て生きていた人の夢を見たとしたら?


「同じ一族に留まり、貴女に形作られていて良かった。これでお互いに安眠出来ますね。ミステ」


 ……そうなの?やはり、そうなの?分かってしまった。

 ……あなた、だったなんて。


 じゃあ、私は……。

 あなたを中途半端に弄んで、棄てようとした……いや、守りきれずに放棄しようとした身勝手な……。


 ダメだ、偉そうに棄てろとかどの口が言ってるの。

 離れなければ。

 でも、会えて良かった。素朴で優しい風貌は前のままでホッとした。

 今は幸せそうで良かった。いや?幸せそう?私を見る、目が……あれは。獲物を、捕らえた、目?


 いや、止めときなよ。私なんて。

 この夢が本当なのか何かは知らないけど、この始まりは碌でもない上に……何より、私達初対面!


 そんな現実がふっと、心を覆う。


 お断りした方が、良いわよね。

 拘るのは、きっと良くない。

 あのひとの、為に。


 辛くは、無い。その、筈。



「何故婚約してくれないんですか!?関係ならこれから構築していけば良いじゃありませんか!!

 それに、真面目に考えてくれていたんでしょう!?わたしにまで発破を掛けようとしてくれて、その優しさが」

「違います違います傲慢の為せる技です!!大体前にあんな態度を取っておいて、本当に申し訳無さすぎて結婚なんて出来ません!!こんな酷い女……いや当時はダメ男なんて忘れてください!!」

「やはり何であれ優しいな貴女は!」


 自責の念に潰された私と、それでも執念深い彼との攻防が王国中の格好のネタになるなんて、思いもしなかったわよ!!


 ああ、本当にこんなにも無礼にも断っているのに。

 それでも!我が子爵家に足繁く通ってくるのには参るわ!


「じいや!お花を買いに行くから付いてきて頂戴!!」


 今なら嘗てあげたかった、華やかなお花も用意してしまう。そんな気になるじゃないの!



あなたの元へ。

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