第26話 最後の一人②
美雷が寝泊まりしているテントの中は外見の印象以上に広く豪華で、キャンプというよりグランピングに近いものだった。寝床には寝袋ではなく組み立て式のベッドと柔らかそうな布団が敷かれている。発電機があるのか、高い天井にはコード付きの電球が灯り、テレビも最新ゲーム機も置いてある。
天幕の張られたリビングスペースには長椅子とマットで作ったソファがあり、美雷はそこに寝転がってゲームを始めた。
「このゲーム、今どき周回スキップがないから面倒なのよね。誰かツール公開してくれないかしら。まあボタン連打してるだけでいいから、アニメ見ながら出来るんだけどね……。天馬、テレビのリモコンとって。それとポテチと、川で冷やしてるコーラも持ってきて」
「お前、本当に悟りを開く気あるのか?」
これでは修行どころか単なるニートの引きこもりだ。
天馬は呆れながらリモコンを美雷に手渡す。
「失礼ね。週に二回の座禅は欠かしたことないわ」
「そういうのって、普通は毎日やるもんじゃないのか」
「一日座禅したら三日は間を開けることで、疲労した精神が修復強化されて効率的に徳を高めることが出来るのよ」
「筋トレかよ……。ん……? 紫凰、さっきから黙ってるけどどうした……」
見れば、紫凰も一心不乱にスマホをいじっていた。
画面に表示されているのは、美雷と同じくプリンセスクエストのゲーム画面である。
「お前もやってたのかよ、そのゲーム」
「ええ。まさかスーパーレアドロップダンジョンの緊急開放だなんて、前代未聞のイベントですわ。これは見逃せません」
「ずいぶんハマってるんだな、たかがゲームに」
真面目人間の天馬は、スマホゲームなど中学生で卒業している。
「わたくしはこのゲームに関しては一級廃人、命かけてるんですのよ。もう一年間やりこんで、既にプレイヤーランクはカンスト。ガチャにも全力でお小遣いつぎ込んで、キャラ所有率は驚異の九十八パーセントですわ。おーほっほっほ」
紫凰はにやにやと笑いながら、美雷のもとへ近寄ってスマホを覗き込んだ。
「美雷、あなたはランクおいくつ? どうせこの前のアニメ化で話題になったから始めた、にわか組の一人で…………え……!?」
マウントを取ろうとしていた紫凰の目が、驚愕に開かれた。
「ランクカンスト……キャラ所有率も百パーセント……期間限定の水着衣装もコンプリート……全キャラレベルMAXスキルMAX……!? そ、そんな……!」
「あたしはこのゲーム、サービス開始当初から始めて、一度もイベントランキング一位を譲ったことがないわ」
「え……で、では……あの最強ギルド『カイゼルクロイツ』のギルドマスター『風神雷神』があなた……!?」
「そうよ。たかがプレイヤーランクがカンストしたくらいで一級廃人だなんて自惚れないでくれる? 初心者さん」
「は、ははああ! も、申し訳ありませんでした!」
「ランクカンストはゴールじゃない。そこからが始まりなのよ。勘違いしないで」
「は、はい! 肝に銘じますわ!」
土下座しそうな勢いで、紫凰は頭を下げた。
「あの……ところで、美雷様……」
「なに?」
「よろしければ、わたくしとフレンド申請などしていただけないかと……」
「あたしには毎日、歴戦の廃人達から百件以上のフレ申請が届くんだけど。その人達を差し置いて、初心者とフレになるメリットが何かあるの?」
「そ、そこをなんとか! わたくし達いとこ同士、いえ親友ではありませんか! わたくし、昔からずっと美雷様をお慕いしておりまして……」
「ま、考えておくわ」
「よろしくお願いいたします! あ、肩でもお揉みしましょうか? おほほ……」
「それより川からコーラ持ってきて」
「はい、すぐに!」
紫凰は大慌てで飛び出していく。
あまりに卑屈で哀れな妹の姿に、天馬は涙が出そうになった。
「あはははははは、わろたわろた! このアニメ今日は神回ね! これはぜひ実況も参加しないと!」
美雷は、テレビを見ながら箸でポテチをつまみ、右手でパソコンのTwiterに書き込み、左手のスマホでゲームのイベントを周回していた。雑食のサブカル趣味は昔から変わってないようだ。
「お前さあ、悟りを開くとか修行とか言ってたけど、結局遊んでるだけじゃないのか」
「んなことないわよ。アンタ達と一緒にしないで。……お、レアドロップ『皇龍の双牙』ゲットだわ、やりー」
「…………」
天馬は知り合いのベテラン小説家から聞いた話を思い出した。
昔の作家は執筆に集中するためホテルの個室に引きこもり、酒や女や博打などの誘惑から自分を隔離したのだという。俗にいう「カンヅメ」である。だが、ネットであらゆる娯楽が楽しめるようになった現代では、スマホやパソコンでいくらでも遊べてしまうからカンヅメの意味がないのだという。
目の前の美雷は、まさにそのパターンに嵌ってしまっているようだ。
「コーラを持ってまいりましたわ、美雷様」
美雷の下僕と化した紫凰が、コーラの瓶を携えて戻ってきた。
「ん、ご苦労」
「あの、ところで美雷様。川に熊の死骸が浮いていたのですけれど」
「ああ、あたしが殺したのよ。熊手とか毛皮とかネットで売れるかと思って、川につけて保存してたの」
「それ密猟じゃないか」
「襲ってきたのはあっちの方からよ。あたしは身を守ったんだから、正当防衛だか緊急避難だか、そんな感じになるんでしょ。よく知らないけど」
「それでも毛皮とかを剥いで売れば犯罪だ。やめとけよ」
誰も、美雷が熊を倒したという事実には驚きはしない。五輪一族の血を引く者にとって、熊殺しなど出来て当たり前の基本作法に過ぎないのだ。
「ちぇっ、なんだ。ガチャ代稼ごうと思ってたのに………………えっ!?」
突然、美雷が声を上げてスマホを凝視し始めた。
「え……うそ……マジ……?」
「どうしたんですの」
「『ロイヤルグランドスライム』が出た……」
「ええええ!? ロイヤルグランドスライムですって!? そんな、まさか! 実在したんですの!?」
「なんだそりゃ」
「幻のモンスターですわ! 運営が実装をほのめかしていたけど、まだ誰も存在を確認したことがないという……」
「……噂では、Sレアモンスター『グランドスライム』のエンカウント時に1/65536の確率で『ロイヤルグランドスライム』へ昇格するよう設定されているとか聞いてたけど…………実際に見ることになるなんてね……」
ポテチもコーラもTwiterも放り出し、美雷は背筋を伸ばしてソファに座り直した。
「運営がさり気なく示唆した情報によると、『ロイヤルグランドスライム』は『グランドスライム』二十匹分の経験値と『皇龍の双牙』『冥府卍水晶』を五個ずつドロップするらしいわ……」
「す、すごいですわ! それだけの素材を集めようとしたら一流のプレイヤーでも半年はかかりますのに!」
「ふふ、さすがにあたしも震えてきたわ……」
興奮を沈めるように、美雷は目を閉じて深呼吸を二度三度と繰り返す。
やがて勢いよく目を開いた。
「さあ、戦闘開始よ!」
「あ、待ってください。動画撮りましょう」
「……は?」
「幻の『ロイヤルグランドスライム』ですわよ? 記録に残さなければあまりにもったいないですわ。戦闘動画をネットにあげれば絶対バズる……」
「このクズがあああああああああああああああああ!!!」
天幕を揺らがせるほどの大声で、美雷は叫んだ。
「え……えっ……?」
「あたしはね、そーいうふうに承認欲求を満たすためだけに流行りのゲーム追って、チャラチャラ動画垂れ流してる連中が大っ嫌いなのよ!」
「えええええっ!」
「この『風神雷神』をそんなイナゴ共と一緒にするとは、いい度胸ね紫凰!!!」
「け、決してそのような! わ、わかりました、動画は諦めます! ですがせめてスクリーンショットくらいは……」
「はあ!?」
「『ロイヤルグランドスライム』は実在した、という情報だけでも世に発信すべきで……」
「やらないっつってんだろ! アンタはただ自慢したいだけでしょうが!」
「いえ、これはあくまで情報を共有するソーシャルゲームの……」
「まだ言うか! このクズカスゴミがっ!! ぶっ殺すぞファッションゲーマー!!!」
「おい美雷」
荒れ狂う美雷に向かって、天馬が口をはさんだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
「お前は俺達とは違うんじゃなかったのか」
「…………あ」
天馬の一言で、美雷は我に返る。
「……い、今のは……あたし……」
忌み嫌っていた五輪一族の悪癖そのままの行動を自分がしてしまったことに、美雷は深く後悔して反省する…………ということはなく、今度は右腕を掴んでもだえ始めた。
「ち、違うわ、今のは違う! あたしはキレて暴れる異常者なんかじゃない……! これは呪われた五輪の血が暴走したせいよ……! くう……静まれ! 静まれ……呪われた血よ……!」
「あら邪気眼。そういえば昔からよくやってましたわね、それ」
結局、ロイヤルゴールデンスライムは、その存在証明を何一つ残すことなく美雷に討伐された。
紫凰は自らのTwiterで必死に目撃体験を語ったが、スクリーンショットの一枚もないのでは誰にも信じてもらえるはずがない。嘘松認定のリプライを大量にくらい、涙目になりながらツイートを削除した。
一方、幻のモンスターから大量のレアアイテムを入手した美雷はご満悦である。
「ふふ、大漁大漁。座禅の効果はすごいわね」
「座禅のおかげなのか、それ」
「修行で徳を積んだあたしは天運を引き寄せるのよ。やっぱりわたしのような真人間を、天はちゃんと見ているのね」
「さっきの暴れっぷりを見る限り、修行の成果はまるで出てなさそうだが」
「あれは呪われた血のせいよ。あたしのせいじゃない」
「……どんだけ虫がいいんだ」
結局のところ美雷の思考回路は、都合のいいことは「自分の実力」で、都合の悪いことは「呪われた血統」に責任転嫁するのである。




