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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン4 集結、五輪一族
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第24話 「おあいそ」はマナー違反なのか?⑧

「貴様もオレが嘘をついているとぬかすのか? ならば証拠を……」


 王我はイルカを睨みつける。


 だが、イルカは涼しい顔で首を振った。


「いえ、そういうことではありません。湯呑みがどうとか関係なく、あなたの主張は破綻しているのです」


「な、なにい!?」


「王我様。あなたは『アガリ』ではなく『あ、ガリ』だからOKだ、などとおっしゃいますが、そもそも『ガリ』も寿司屋の符帳なんですよ」


「な……!」


「え、そうなの?」


「はい。ですから、『アガリ』だろうが『あ、ガリ』だろうが、同じなんです。あなたがいきがって寿司屋の符帳を振りかざしたことに変わりはありません」


「よし! やった! でかしたイルカ!」


 形勢逆転である。


「ふ、ふざけるな! ならどうしろというんだ! ガリが欲しい時に、『ショウガの甘酢漬けくださーい』とでも言えというのか!?」


「さあ、そこです。そもそも寿司屋の符帳は『ギョク』だの『アガリ』だのといった言葉だけではありません。寿司飯のことを『シャリ』と呼ぶのだって寿司屋の符帳ですよ。あなた使ってましたよね、シャリ」


「ぐ……」


「その他、わさび抜きを『さび抜き』とかイカの足を『げそ』とか呼ぶのもそうです。いきがるとか気取るとかそんなこと関係なく、これくらいみんな使ってます」


「マジ? じゃあ寿司屋に失礼どうこう考えてたら、まともに寿司食えないじゃん」


「そうなんです。ってゆーかですね、寿司屋の符帳を使うのが失礼って発想が、既におかしくないですかね」


「なんだと……」


「王我様だけでなく、グルメ雑誌だのグルメサイトなども口をそろえて、寿司屋に失礼だーとか言ってますけど、肝心の寿司屋自身がそんなことで怒ってるのを、わたし一度も聞いたことないですよ?」


「そうよそうよ! ちょうど店員来たから、試しにここで聞いてみるわよ! あんたの言う公正な第三者ってやつに!」


 王我の席にアガリ……もといお茶を運んできた店員に、紅子は話しかける。


「ねえ店員さん。わたしがさっき『ギョク三皿』って言ったとき、いやな客だなーって思った?」


「ええ!? そんなこと思いませんよ!」


 店員は慌てて首を振った。


「ほら見ろ。失礼じゃないって言ってるじゃん」


「ふざけるな! そんな真正面から聞かれて『はい不快でした』なんて答えられる店員がいるか! 公正な第三者とか言って圧力をかけおって! 汚いぞ!」


「それ、あなたがさっき隣の人にしたことですよね」


「……とにかくだな。ここの店員だけの話ではない、寿司屋自身がマナーを守れと主張しないのは、客から嫌われるからだろう」


 ここで「だろう」と言ってしまったのは王我の失言である。レスバトルの達人イルカは、そんな隙を決して見逃さない。


「『だろう』などと憶測で語られても困りますね。ちゃんと証拠あるんですか? 少なくとも百件の寿司屋にアンケート取って五十パーセント以上が『不快である』という回答を示さない限り、あなたの主張に根拠は認められませんよ」


 ここぞとばかりにあげ足を取り、無茶苦茶に高いハードルを課す。


「ぐ……ぐぐ……」


「王我様、あなたのやってることは下らないマナー講師と同じですよ。それとも、あなたは今後寿司屋に行くたびに『ショウガの甘酢漬けくださーい』って言うんですか?」


「そうよそうよ! あんたアホなの!?」


「…………く……く……」


「ほーら、何も言えなくなった。あんたの負け! わたしの勝ちね! あんたTwiterで『わたしは論破されました、間違ってましたごめんなさーい』って言いなさいよ! やーいやーい!」


「お、おのれえええええ! 殺してやるぞ紅子!!!」


「若! 落ち着いてください!」


「警察呼ばれますよ若!」


「ふん、正々堂々の議論で論破されたら発狂して暴力だなんて。情けないやつね」


 部下達に羽交い締めされながら暴れる王我を尻目に、紅子は悠然と席に戻った。


「さーて、帰るとしますか。おーい店員さーん! 『おあいそ』、お願いねー!」


 紅子は店員に向かって、堂々と符帳で声をかけるのだった。


「ん……あれ……? そよぎは?」


 いつの間にか、テーブルにそよぎの姿がない。


「どこ行ったのかしら?」


「あそこですよ」


 見れば、そよぎは紅子のテーブル席の向かいのカウンター席へ移動していた。


「そよぎ、なんでそんなとこにいるのよ?」


「お願いだから話しかけないで」


「……? どうしたのよ、あの子」


「他人のふりしてるんですよ」




 スシタローを出てからも、車の中でそよぎはおかんむりであった。


「もう、どうしていつもお姉ちゃん達は喧嘩ばっかりするの」


「べつにいいじゃん。誰かに迷惑かけたわけでもないし」


「かけてるから。お店の人、すっごい迷惑そうだったから」


「そよぎ様は平和主義者でいらっしゃいますねえ。お嬢様や王我様と同じ血が流れてるとは思えませんよ」


 イルカが取り直すように言った。


「……それより、パーティーのことだけどさ。結局、招待客は全員が来るのかしらね。一人でも欠けたら中止になるって王我は言ってたわよ」


「それはわたしも聞いてるよ。それで、まだ一人参加表明してない人がいるんだって」


「へえ。誰なの?」


「美雷さん」


「美雷……天津風美雷か。あー、確かにあいつはわたし以上に親戚の集まりとかが嫌いなやつだからね。わたしが最後にあいつと会ったのなんて、四年か五年くらい前よ」


「うーん。多分、美雷さんは『親戚の集まり』を嫌ってるんじゃないと思うな。あの人が嫌いなのは親戚自体……五輪一族そのものなんだって、そんな感じがするよ」


 そよぎは、確信を含んだような口調で言った。

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