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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン4 集結、五輪一族
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第19話 「おあいそ」はマナー違反なのか?③

「お客様、お呼びでしょうか」


 王我のもとへ店員がやって来た。


「あ、すみません店員さん。ちょっと聞きたいことがありまして」


 身内には尊大だが外面はいい王我が、丁寧な口調で話しかける。


「あの……の卵はありますか?」


 妙にボソボソした小声で王我は聞いた。


「はい、ございます。タッチパネルのこちらのページになります。一皿でよろしいですか?」


「お願いします」


 そんな一連のやり取りに、隣席の紅子は聞き耳を立てていた。


「王我め、今度はタマゴを頼んだわね。それじゃあ、わたしもっと」


 今回も、紅子は王我のオーダーに合わせてタマゴの握りを注文した。


「タマゴって……子供じゃないんだし、わざわざタマゴなんて頼みますか」


「今は何を食べたいかじゃないの。いかに王我の奴に嫌がらせするかが大事なのよ」


「お嬢様って生きづらい性格してますよね。まあ、ある意味楽しそうな人生とも言えますけど」


 しばらくして、紅子のもとにオーダー品が運ばれてくる。


 タマゴが二皿……ではなかった。タマゴの皿に続くのは、イクラの軍艦巻きである。


「あれ……? タマゴは一皿だけですよ?」


「え……、な、なんでよ!? 王我の奴はたしかに『タマゴ』って言ったのに……!」


 困惑しながらも、紅子は仕方なくタマゴの皿を取る。


 そのまま流れていったイクラを、隣席の王我が取った。


「ふはは、これがスシタローのイクラか! もぐもぐ……うむ、キュウリでかさ増ししてるのは気に入らんが、味はなかなかではないか!」


 王我はわざとらしい大声で、イクラの感想を語る。


 わけが分からないのは紅子である。


「なんでイクラ食ってんのよ、あいつは!?」


「……ははあ。多分、王我様は『鮭の卵はありますか?』と聞いたんですよ。『鮭の』の部分を小声にすることで、お嬢様にただのタマゴと誤解させるように仕向けたんです」


「ただの嫌がらせのためにそこまでする!? なんてみみっちい奴よ! 信じられない!」


「どっちもどっちですよ……。てゆーか、五輪一族ってまともな人間いないんですか?」


「くそ……王我の奴……!」


 まんまと王我に引っかけられた紅子は、仕方なく食べたくもないタマゴに箸をつける。


 隣席から、王我がさらに追撃の煽りを繰り出してきた。


「おい、知っているか? 回転寿司のイクラの原価率は約七割らしいぞ。こんな原価では当然儲けは出ないから、他の安いネタで釣り合いを取っているわけだが、その代表格がタマゴだ。タマゴの原価率は二割程度だからな。つまりオレがこのイクラを百円で食えるのは、隣の席のバカが同じ金を出してタマゴなんぞを食ってくれてるおかげ、というわけだ。まったくありがたい事だな……ククク……」


「ぐぎぎぎ……あの野郎めえ……」


「まあまあ。寿司の評論家が言うにはタマゴ、『ギョク』こそ寿司屋の真価を計る通の食べ物らしいですよ」


「そんな迷信を信じてんのは食べロックのおっさん共だけでしょ。たかが卵焼きなんかが美味いわけ……」


 渋々とタマゴを口にする紅子。


「………………」


 だがその仏頂面は、次第に呆けたような表情に変わっていった。


「これ…………は…………」


「お嬢様? どうしました?」


「美味しい……」


「え」


「この卵焼き、めっっっちゃ美味しいわ!」


「へ? ただの卵焼きでしょ?」


 寿司屋の真価うんぬん言っていたイルカも、本気でタマゴが美味いと信じていたわけではない。


「いやいや、これただの卵焼きじゃないわよ! 海老とか魚のすり身とか入ってんのかしら、すっごい奥の深い味でさぁ! 甘いんだけど甘ったるくなくて、酢飯と抜群に合って……マジで美味いから、イルカも食べてみなさいよ! ほら!」


「はあ。それじゃ失礼して……」


 紅子の差し出した残りの一貫のタマゴを、イルカは口にする。その瞬間、懐疑的だった表情が驚愕に変わった。


「う……うまあーーーい!」


「でしょ!?」


「え、なにこれ!? 本当に美味しい! やばいですよこれ! 極上のカステラケーキ? そんな食感なのに酢飯と合うんですね! スシタローのギョクってこんなに美味しいんですか!?」


「そう、これってまさに『ギョク』ってやつよね! ただの卵焼きとは別次元の食べ物だわ!」


「もう一皿頼みましょうよ、お嬢様!」


「そうね、もう一皿……いや、二皿追加するわ!」


 怪我の功名というべきか、偶然にもタマゴの美味さを知った紅子とイルカは、大はしゃぎで追加注文した。


 そんな二人の盛り上がりは当然、隣席の王我達の耳にも届く。


「なんだあいつら。タマゴってそんなに美味いのか?」


「どうなんだろうな……もう十年以上、回転寿司のタマゴなんて食ったことないし……」


 王我の部下達はひそひそと話し合う。


「フン、くだらん。ただの負け惜しみに決まっておるわ」


「いや……でも……。俺、ちょっと頼んでみます」


「あ、じゃあ俺も」


 彼らは首をかしげながらも、タッチパネルから話題のタマゴを注文した。


「やれやれ、バカなことを」


 王我はあざ笑うばかりである……が、その声はわずかに震えている。


 その後、運ばれてきたタマゴを、彼らはなんとなく緊張しながら口にした。


「これがタマゴか……はむ……」


「小学生以来だな……パク……」


 次の瞬間、男達は目を輝かせてグルメ番組のようなリアクションを放った。


「うまああああああい!!!」


「美味い! このタマゴ、マジで美味いですよ若!」


 慌てたのは王我である。


「な……なんだと……!? ふざけるな! オレの『タマゴと見せかけてイクラ作戦』は、タマゴが寿司の最底辺のネタだからこそ成立するのだ! その根幹をひっくり返されてたまるか!」


「いや、でも本当に美味い……」


「黙れ! 貴様、オレより紅子の味方をするのか! この裏切り者がアアアアアアああーーーーーーー!!!」


「お止めください! 若!」


「店員がこっちめっちゃ見てます! 警察呼ばれますよ!」


 そんな王我達の醜態を横目に、紅子とイルカは追加のタマゴを堪能し、お茶を飲み干し、悠々と席を立ったのだった。


「ふう、お腹いっぱいね。ギョクの美味さも発見できて、王我とのバトルにも勝ったし、いい気分だわ」


「あの人、なんか暴れてますけどいいんですか」


「ふん、敗者に用はないわ。放っといて帰りましょ。おーい、店員さーん! おあいそーー!」


「まあそうですね。ここは、お嬢様がまた墓穴を掘って王我様に反撃されないうちに、勝ち逃げするのが懸命でしょう」


 だがしかし。


 この時点で、すでに紅子は王我に反撃の隙を与えてしまっていたのである。


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