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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン4 集結、五輪一族
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第18話 「おあいそ」はマナー違反なのか?②

「イルカ、わたしが勝ったらあんたも本家付きのメイドよ。給料も大幅アップよ」


「マジですか! 銀座で寿司食えますか!」


 隣席の紅子達の浮かれた会話を聞きながら、王我は鼻を鳴らした。


「フン、おめでたい奴だ。本家の跡取りを殴り合いで決めるとでも思っているのか? お前のような馬鹿が勝てるわけあるか」


「実際のところ、後継者を決める勝負というのは何をするのですか?」


 部下の男が、小声で王我に尋ねた。五輪グループの次期総帥が誰になるか、という話は彼らにとっても他人事ではないのだ。


「具体的なことは当日にならないと分からん。だが、お爺様は知力を競うゲームだと言っていた」


「知力、ですか……」


「頭脳の勝負なら、紅子など木偶デクに等しい。単なる数合わせだ」


 この後継者選抜戦において、王我が手強いと考えているライバルは二人だけだ。ひとりは空峰天馬。そして、もうひとりは――――


「…………フン」


「若? どうされました?」


「なんでもない」


 王我は頭を振り、タッチパネルに手を伸ばした。


「さてと。馬鹿が釣れた祝いに、ここらで大トロを頼むとするか」


「大トロ!? 若、大トロいくんですか!?」


 部下の男達がざわめいた。


「何を驚いてる、たかが回転寿司の大トロごときで。見ろ、一皿たった三百円だぞ」


「いや、まあそうなんですが……」


「大トロはなあ……」


「……?」


 歯切れの悪い部下達を訝しみながらも、王我は大トロをオーダーする。


 程なく注文した大トロは運ばれてきた。


 だが――――。


「な、なんだこれは!?」


 王我の元にやってきた大トロは、切り身がいびつな三角形をしており、その形状の安定性の悪さゆえか、シャリから剥がれて落ちていた。王我が普段訪れる回らない寿司屋なら、とても商品として成り立たないレベルである。


「ああ、『ハズレ』だ……」


「ハズレだと?」


「回転寿司の大トロって採算ギリギリで出しているから、普通の寿司屋なら使わないような切れっ端が出てくることもあるんですよ」


 確かに、王我の手元に届いた三角形の大トロは、サクの端っこの部分を切り落としたものだろう。


「く……三百円も取っておいて、こんな切れ端を食わせるとはどういう了見だ……。いや、別にたかが三百円が惜しいわけではないが。それでも通常のネタの三倍の値段で……いや、この大トロは一皿に一貫しか乗ってないのだから六倍か? 赤身の六倍の金を払って、こんなハズレを引かされるのはやたら悔しい…………」


「そうなんですよね。金だけじゃなくて精神的ダメージが大きいんです」


「ちゃんとした極上のネタが出てくることもあるんですが、とにかく当たり外れが大きいんですよ。だから私達も、大トロを注文するのは腰が引けまして……」


「ならば、オーダーせずに普通に回っている皿から、良質な大トロを選んで取ればいいのではないか?」


「大トロのような高級ネタは回らないんですよ。オーダーしないと出てこないんです」


「そうなのか…………むう……もぐもぐ……」


 王我は憮然として、切れっ端の大トロを頬張った。


 その時、奇遇なことに隣席の紅子達も大トロを注文し始めた。


「お嬢様、わたし大トロいっちゃいますよ!」


「お、チャレンジャーね! よし、わたしも頼んじゃおっと!」


 ハイテンションの二人の声は、王我達にも丸聞こえである。


「あの二人も大トロか」


「無謀だな。大人しくビントロかサーモンで妥協しておけばよいものを……」


 などと語り合っている部下達の前で、突如、王我はタッチパネルに手を伸ばした。


「ここだっ!」


 王我がオーダーしたのは、また大トロである。


「わ、若も……!? さっきハズレ引いたばかりなのにまたですか?」


「博打ですね……」


「ふっ、博打ではない。オレには勝算がある」


「え?」


「オレはさっきの一度で、完全に大トロのトラップを攻略したのだ」


「な、なんですって!?」


 王我がオーダーして程なく、大トロは流れてきた。


 しかし今度の大トロは、シャリから剥がれてこそいないものの、切り身が小さく脂も乗ってない。


「ああ……駄目だ、またハズレだ……」


「ふっ、慌てるな。流れてくる大トロはそれだけではないだろう」


「え……あ、たしかに」


 大トロは他に二皿続いて流れてきていた。


 王我、紅子、イルカの三人がほぼ同時にオーダーしたためだ。


「おい。この場合、回転寿司のシステムではどうなるんだ?」


 王我はしたり顔で部下達に尋ねる。


「そりゃあ、若はご自分のオーダーした一枚分をここから取るわけですが」


「この三枚の大トロから、どれでも一枚好きに選べばいいんだな?」


「はい、その通りで……あっ!?」


「そ、そうか! 若はこの三枚の中から、最も質のいい一皿を選んで取ることが出来るんだ……!」


「ククク……そういうことだ」


 王我は悠々とレーンに手を伸ばす。


「ふむふむ、これは真ん中の皿が良いな。残りの二枚は明らかにハズレだ」


 そう言って王我の取り上げた一枚は、まさに極上のネタであった。


「すげえ……! 大ぶりの切り身、脂もたっぷり乗って見た目も美しい、最高の大トロだ……!」


「大トロの注文にこんな攻略法があったとは! さすが若!」


「下流に座ってる客の注文に便乗することで、選択肢を作り出す! 天才的な発想ですね!」


「くっくっく。オレにかかれば、この程度軽いものだ」


 部下達にヨイショされながら、王我は満足気に大トロを頬張った。

 

 

 一方、割りを食ったのは紅子達である。


「なんでよ……」


「あーあ。せっかくの極上大トロ、取られちゃいましたね」


 紅子とイルカの手元に来たのは、ネタも小さく見栄えも悪い、ハズレの大トロである。


「注文したのはイルカ、わたし、王我の順番なのよ! ってことは、あの真ん中の皿は本当ならわたしのものじゃない! あの泥棒野郎!」


「そこまで細かくは順番決まってませんからねえ……」


 回転寿司も店舗によっては、どこの席が注文したものか皿に明示されていたりもするのだが、この店ではそのようなシステムは導入されていなかった。


「畜生があ……この切り身、全然脂のってないわ……。こんなん中トロと変わりないじゃない……。くそ……!」


 紅子は大トロを騙る中トロを飲み込み、勢いよく立ち上がった。


「席を変えるわよ、イルカ!」


「はい?」


 紅子はイルカを連れて、王我の座っているテーブルの上流へと移動した。


「店員さーん! わたし達、こっちのテーブルに移るわね!」



 当然、その動きは王我達からも丸見えである。


「若、あの二人俺達の上流に座りましたよ」


「若の大トロ攻略法を今度は奴らが使う気なんでしょうか?」


 しかし、王我は冷笑するばかりである。


「フン、馬鹿め。大トロなど二皿も食えば十分だ。世界の情勢は刻一刻と変化している。古い手法がいつまでも使えるなどという考えが、まさに凡愚の極みよ」


「なるほど。若がもう大トロを頼まないなら、紅子様達が移動しても何の意味もないということですか」


「そういうことだ。今のオレは、トロの脂をさっぱりさせる白身を欲しておるのだ」


 王我はタッチパネルに手を伸ばし、鯛とミル貝をオーダーする。


 しかし、しばらくして流れてきた鯛とミル貝は、ともに二皿ずつであった。


「な、なにい!?」


「これはまさか……!」


 衝撃を受ける王我達の上流で、紅子が皿の吟味を始めた。


「お、来たわねー。ふんふん、鯛はこっちの方が良さそうね。ミル貝はこっちにするか」


 紅子は鯛とミル貝を一皿ずつ選んで取り、必然、王我のもとには残り物が届くことになる。


「な、なんてことを……」


「大トロだろうがなんだろうが関係なく、紅子様は徹底的に若のオーダーに合わせる気だ!」


「お、おのれ紅子おおぉ……!」


 王我は歯ぎしりしてふるえ出す。


 彼は、というか五輪一族の血を引くものは全員、煽り耐性が極めて低いのだ。


「だ、大丈夫ですよ若。大トロ以外のネタに個体差はほとんどありませんから。あんなのただの嫌がらせです」


「ほとんど……つまり、少しはあるのだな……」


「い、いや、それは……」


「その差がほんの僅かであろうとも、今この瞬間、あの女はオレをダシにしてより上質なネタを食らっているのだ……こんな事が許せるか……?」


「あーおいしー! 鯛もミル貝もおいしーわー!」


 紅子がわざとらしい大声で、王我に聞こえるように煽る。


「舐めおって貴様ああぁ! 許さんぞ紅子!!!」


「お、落ち着いてください若! 店員がこっち見てますよ!」


「そうだ、ラーメン! ラーメンを頼みましょう!」


「ラーメンだと?」


「ラーメンは店員が席まで持ってきてくれますから、紅子様が介入してくる余地はありません。セーフティーです」


「ふざけるな! そんなもの敵前逃亡ではないか! この土橋王我に、敵から逃げ出して店員の庇護を請えというのか!?」


「いえ、これは逃げるとかそういう問題では……」


「このオレが紅子に敗北して逃げるなどそんなことが――――」


 そこで突如、王我は言葉を切って考え込む。


「……いや、待てよ。店員を呼ぶ、か……いいアイデアを思いついたぞ……くくく……」


 王我は低く笑いながら、店員呼び出しボタンを押した。


 テンションの起伏が異常に激しいのも、この一族の特徴である。

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