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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン1 キーボードクラッシャー紅
8/138

第8話 質問サイトで頼られたい


「……それにしても、ほんとムカついたわね、あの『もろきゅう』って奴は。質問サイトってあんなクズばっかなの?」


 DVDを楽しんだ翌日、紅子は思い出したように不満を吐き捨てた。


「掲示板やSNSは、基本的に対等の立場で雑談することを目的とした遊び場ですけれど、質問サイトというのは、質問者と回答者で明確に立場の差がありますからね。教える側という優位にふんぞり返って、パワハラしてくる輩がわんさかいるのですよ」


 今日も今日とて、イルカが解説する。


「なにが優位よ。リアルで教師やコンサルタントになる能力がないから、あんなところで初心者狩りしてんでしょうが。負け犬どもめ」


 そんな連中のパワハラ被害にあっている人間が、自分以外にも沢山いるのだろう、なんて可哀想に――と紅子は考える。


「もしわたしが教える側なら、あんなクズにはならないわ。どんな質問にも優しく丁寧に……」


 そこまで言って、紅子は思いついた。


「そうだわ! わたしも回答者になろっと!」


「ええ!?」


良貨は悪貨を駆逐する(・・・・・・・・・・)、よ。イルカ」


 驚くイルカに、紅子は己の素晴らしい計画を披露する。


「わたしが優しい回答者になって、みんながわたしを頼るようになれば、昨日の『もろきゅう』みたいなクズは、見向きもされなくなって滅びるのよ」


「……素晴らしいアイデアですが、そもそもお嬢様に、質問に答えられるだけの知識はあるのですか?」


「この炎城寺紅子は美人で天才で金持ち、リアル最強よ。イルカ、あんたはネット最強なんでしょ? わたしたち二人なら、どんな質問にも対応できるわよ」


「はあ……」


 紅子はさっそくパソコンを起動し、知恵フクロウのサイトで回答者としての登録を始めた。


「紅子とイルカ、二人合わせて『紅の海豚』をハンドルネームにするわよ」


「わたしの名前を漢字で書くのはやめてくださいよ」


 会員登録は数分で完了し、紅子は回答待ちの質問欄を物色し始めた。


「さあ、最初の質問はどれにしようか……お、これがいいわね。カテゴリは『インターネット関係・ネットサービス』ね。イルカ、さっそくあんたの出番よ」


「はいはい」


「質問者は『†斬人―闇纏う咎人の剣士―†』くんね」


 

 †斬人―闇纏う咎人の剣士―†:

『こんにちは。僕は東京都の小学四年生です。週刊少年ジャンクの漫画、“撃滅の刃”の最新刊を無料で読めるサイトはありませんか』

 


「イルカ、わかる?」


「えー、それはまあ、わかりますけど……」


「よっしゃ! じゃあ教えなさい!」


「え、それはやめておいたほうがいいですよ」


「なに言ってんのよ! あんたこの子を見捨てる気? この子、他の回答者からは『死ね』とか『消えろクソガキ』とか酷いことを言われてるのよ! わたしたちが、この悩める子羊を導いてあげるのよ!」


「はあ……まあ、『漫画村スーパーデラックス3NEO』というサイトで、少年ジャンクの漫画は大体見れますけど。あ、URLはhtttp:kaizokuwarewarecopycopyhanzai.jpです」


「よし!」

 


 紅の海豚:

『このサイトで見れますよ。わたしは親切ですからURLも貼ってあげます。

 htttp:kaizokuwarewarecopycopyhanzai.jp

 お礼はいりません。人として当然のことをしただけですので、この程度のことで恩に着せる気はまったくありません』

 

 †斬人―闇纏う咎人の剣士―†:

『ありがとうございます!』

 


「よかったよかった、†斬人―闇纏う咎人の剣士―†くんも喜んでくれたわ。……あ、ベストアンサーに選ばれたわよ! それに、なんかポイントもくれるって! うーん、やっぱりいい事すると自分に返ってくるものなのね!」


 紅子が悦に浸っていると、知恵フクロウの運営からメッセージが届いた。

 


 知恵フクロウ運営:

『あなたの回答が不適切であると報告を受けました。今後、改善が見られない場合は、アカウントの停止を検討します』

 


「なんでよ!?」


「あーやっぱり、こうなりましたか」


「やっぱりって、なによイルカ」


「わからないのですか。お嬢様がさっきしたことは犯罪幇助ですよ。海賊サイトを紹介したんですから」


「海賊? これ『オンピース』じゃなくて『撃滅』の話なんだけど」


「そうじゃありませんって……。簡単に言えば、あのサイトは出版社の許可を取らずに漫画を掲載しているんです。その行為自体はもちろん犯罪ですし、それを利用することも、紹介することも罪に問われかねないのですよ」


「え!? じゃあイルカも†斬人―闇纏う咎人の剣士―†くんも逮捕されちゃうの?」


「なにさり気なく自分を除外しているんですか。……まあ、これくらいで警察だの逮捕だのという話にはなりませんが、あまり繰り返すと、どこのネット社会からも追い出されますよ」


 イルカがやれやれとため息をつく。


「はあ……それにしても、小学生が平気で海賊版サイト使って漫画を見る時代になったのですねえ……嘆かわしいことです」


「その嘆かわしい海賊版のサイトを、あんたはどうして知ってたのよ?」


「お、なんですかお嬢様、レスバトルですか。銃の作り方を知っているだけで罪ですか? 麻薬の栽培方法を知っていれば犯罪者ですか? 知識がある、というだけで罪に問われるなど、どこの国の法律にもありませんよ? なにか反論ありますか?」


「あーもう、分かったわよ」


 紅子は手を振って、イルカの早口を止めた。


「これからは、合法的な質問に限って回答していくわ。……うん、次はこれね! カテゴリ『人間関係・嫁姑問題』よ!」


「なぜよりによって、こんなジャンルを選ぶんですか……」


「このジャンルが、一番盛り上がってるからよ」


「盛り上がってるだけで突撃しますか? 無謀すぎますよ」


「わたしは十五歳で、単身アメリカへ渡ったのよ。それに比べれば、この程度の挑戦はなにするものでもないわ。さあ、日本家庭の不和を仲裁するために、神回答者『紅の海豚』が降臨するわよ!」


 紅子は勢いよく、カテゴリトップに表示された『トマトを潰したくなる衝動』という投稿者の質問をクリックした。


 

 トマトを潰したくなる衝動:

『こんにちは、私は新潟の三十七歳の兼業主婦です。昨年から夫の母親と同居し始めたのですが、義母が嫌味ばかり言ってくるのです。料理の味付けや掃除、洗濯の仕方など……私に至らないところがあるというなら、まだ我慢できるのですが……。食器洗い機やルンバを使うことを、手抜きだ、どうして楽することばかり考えるのか、などと非難してきます(義母が手洗いした食器より、機械で洗った方が綺麗になっているにも関わらず、です)。夫は無関心で助けてくれません。このままではノイローゼになりそうです。どうすればいいのでしょうか…………』

 


「うーん、これは……」


 紅子はしばし考えたのち、回答を書き込んだ。

 


 紅の海豚:

『ただ黙っているだけでは、なにも解決しません。お義母さんとはっきり話し合って、あなたの不満を伝えましょう』

 


「どう、イルカ?」


「まあ……正論ですね」


 イルカは複雑な顔をしながらうなづいた。


「よし、一丁上がりね。次いくわよ」


 続いて紅子が選んだカテゴリは『人間関係・上司と部下』だった。


「だから、どうしてそんな分野ばかり選ぶんですか」


「盛り上がってるからだって。やっぱ誰だって、一番の悩みは人間関係よね」


 そういう紅子自身は、生まれてから十七年間、一度も人間関係などに悩んだことはないのだが。


「ふむふむ、質問者は『首吊と練炭どちらが楽だろう』さんね」

 


 首吊と練炭どちらが楽だろう:

『こんにちは、私は大阪の二十三歳の会社員です。私は去年大学を卒業して、とある会社に入ったのですが、酷い上司の元に配属されてしまいました。この上司のもとでは、一日の残業が五時間を超えることは当たり前で、しかもタイムカードは定時で押すように強制されるので、どれほど働いても残業代はゼロです。この間、親戚の不幸があり有給休暇を申請したら、その場で申請書を破き捨てられた上に、別室へ連行されて説教をされました。有給を使うなんてお前には常識がないのか、などと言われて人格否定を二時間以上続けられました。もう心が折れそうです。どうすればいいのでしょうか』

 


「うーん、これは……」


 紅子はまた少し考え、回答を書き込む。

 


 紅の海豚:

『ただ黙っているだけでは、なにも解決しません。上司とはっきり話し合って、あなたの不満を伝えましょう』

 


「どう、イルカ?」


「正論ですね」


「よし! 次いくわよ!」

 


 ペリカン:

『ママ友が旦那の収入自慢をしてきます』

 紅の海豚:

『友達に直接文句を言いましょう』

 

 サッポロ二番:

『会社で行きたくない飲み会を強要されて困っています』

 紅の海豚:

『はっきり嫌だと断りましょう』

 

 モンブラン:

『彼氏が私の気持ちを分かってくれません』

 紅の海豚:

『彼氏に直接気持ちを伝えましょう』

 


「いや、なによこれ」


 五件ほど回答したところで、紅子は呆れて手を止めた。


「こいつらの質問って、ぜんぶ当人とちゃんと話し合えば解決できることばっかりじゃない! こんなとこで愚痴ってないで、相手に直接言えっての!」


「それができたら苦労しませんよ」


「どうしてできないのよ」


「それはまあ、立場の差とか……その場の空気とか? ケンケンガクガクの口論は、リアルではなるべく避けたいのが、日本人の気質というか……」


「なにが気質よ。ようは面と向かって文句言う度胸もない、弱虫の臆病者ってだけでしょうが」


「それを言っちゃーおしまいですよ」


 その時、紅子の回答に返事があったと通知がきた。


「あら、感謝のレス返かしら。わたしのアドバイスに感銘を受けて、勇気を取り戻したのね。ネットにも一人くらいは骨のある奴がいたようね」


 しかし、その返信の内容は、紅子の期待とはまったくの真逆だった。

 


 紅の海豚:

『ただ黙っているだけでは、なにも解決しません。お義母さんとはっきり話し合って、あなたの不満を伝えましょう』

 

 トマトを潰したくなる衝動:

『真面目に答える気がないのなら、回答しないでください。私は真剣に悩んでいるんです』

 


「はあっ!? なんでよ! わたしは真面目に答えたっての!」


 意味不明の逆ギレをされた、と紅子は怒る。


「他の回答者なんて『ひどいお義母さんですね、かわいそうに……』とか『わかります……わたしも同じような経験を……』とか、なんの解決にもならないことしか言ってないじゃない! どこをどう見ても、わたしの回答がベストアンサーでしょうが! 100%間違いなく正論でしょ! 正しいでしょ!!!」


 わめき散らしながら、紅子は傍らのイルカに同意を求める。


「イルカもそう思うでしょ!?」


「思いませんね」


「はあああ!?」


 イルカは、やれやれ、といつもの調子で語りだした。


「お嬢様。正論とは強者の理論、強者のルールです。正論だけで生きていけるのは、強い人間だけなんですよ」


「意味わかんないわね。この世に正義は一つだけよ」


「では、わかりやすい例を示しましょうか。ここに、お金がなく飢えて飢えて死にそうな人間がいます。そんな人間が、命をつなぐために仕方なくパンを盗んだ。お嬢様はこれに対して『泥棒は悪いことだ。こいつは悪者だ』と、正論で断罪しますか?」


「この質問者たちは、べつに飢えるほど貧乏じゃないでしょ」


「そういう問題ではありません……」


「じゃあどういう問題よ? 曖昧な逃げ口上じゃなくて、はっきり説明しなさいよ」


「はい、それがまさに『正論』。またの名を『ロジハラ』です」


「レスバトルが趣味の奴がロジハラとか言ってんじゃないわよ! ……あー、もういいわ」


 イルカと口論することほど時間の無駄なことはない。


 結局、人間関係などという七面倒くさいジャンルはわたしに合わなかったのだ、と紅子はまた狙いを変えることにした。


「もっとわたしの得意分野にあったジャンルがあるはずよ……えーと……うん、これがいいわね。『スポーツ・格闘技』よ」


「最初からそれを選んでくださいよ」


 いままでの迷走はなんだったのか、とイルカが肩をすくめた。


「まあ、たとえそのジャンルでも、お嬢様が神回答者になれるかはわかりませんがね」


「なに言ってるのよ。わたしは世界チャンピオン、この世で一番強いのよ。格闘技のことなら、誰よりも精通してるに決まってるじゃない」


 名選手名コーチにあらず、という格言など、紅子はもちろん知らない。


「質問者は『天を掴む拳』さんね。どれどれ」


 

 天を掴む拳:

『こんにちは。わたしは沖縄の十三歳の女子中学生です。今月から柔道をはじめました。将来は総合格闘技の道に進み、炎城寺紅子さんのような世界一の選手になりたいです。どんなトレーニングをすればいいですか?』


 

「おおおおおおお! これよ! まさにこれ! わたしが答えずに誰が答えるのって質問じゃない!」


 期せずして自分のファンに遭遇し、紅子は大はしゃぎだった。


「はーい! あなたの憧れの紅子さんが教えてあげるわよ!」


 

 紅の海豚:

『まずは一ヶ月、うさぎ跳び五百回を毎日やりましょう。うさぎ跳びはすべてのスポーツの基本です。それと、ランニングを一日五十キロ走りましょう。二ヶ月目からは腕立て・腹筋・スクワットも五百回ずつ追加します。それと、プロテイン百グラム毎日飲みましょう。このメニューをやれば、一年後にはあなたは沖縄最強になっています。その後は米国へ渡って、格闘技団体の開催する実戦で揉まれていきましょう。デトロイトのスラム街でやっているアングラ試合などが、緊張感あっておすすめです』


 

「完璧! 今度こそ完璧よ!」


 しかし案の定、紅子の回答には即座に突っ込みが入った。


 

『なにいってんのこの人……中学生にうさぎ跳びを勧めるなんて……正気ですか?』

 

『あなたの言っていることは、スポーツ科学的におかしいです。筋トレは一日おきに行わなければ超回復ができず、効率的な筋肥大ができません。また、うさぎ跳びは中学生はもちろん、成人のアスリートであろうと絶対にやってはいけないトレーニングです』

 

『この人の回答履歴見てみたけど、ただの荒らしですね。通報しておきます』


 

「はああああ!? なんなのよコイツらは!」


「ほら、やっぱりこうなった。予想通りですね」


「実際に世界獲ったわたしが言ってんのよ! 正しいに決まってんじゃないの! なに偉そうに能書き垂れてんのよ、こいつら!」


 紅子は顔を真っ赤にして反論を書き込む。


 

 紅の海豚:

『なにがスポーツ科学だよ! 理屈こねたいなら、リアルでわたしに勝ってから言え!』

 


「あーあ、また同じ間違いを繰り返す。リアルで勝負しろ、なんてレスバトルでは失笑の対象にしかならないんですって」


 そんなイルカの言葉など、怒りくるった紅子には聞こえていない。


 

 紅の海豚:

『おい聞いてんのか! 勝負してやるから住所晒せよ! 勝負すればどっちが正しいか証明できるだろ! それとも怖いのか口だけ野郎!!!』


 

「お嬢様、また運営からメッセージが届きましたよ」


 

 知恵フクロウ運営:

『あなたの回答が不適切であると、また報告を受けました。もう一度問題報告があれば、アカウントを停止します。これが最終通告です』


 

「むきいいいいーーー! なんでこうなるのよ!」


「まあ実際、あのトレーニング内容を沖縄の十三歳『天を掴む拳』さんがやったら、三日と持たずに体がぶっ壊れますよ」


「わたしはあれで世界一になったのよ」


「それは結果論でしょう。お嬢様の体質が異常だっただけです」


「結果が全てでしょ」


「だから、それは強者の正論なんですって」


「あーもう! いいわ! 他のジャンルにいくわ!」


 紅子は知恵フクロウのトップ画面に舞い戻り、カテゴリ一覧をあれこれ物色する。


「次はもうちょっと、手軽で気楽に答えられる質問を選びましょう。んー……『エンターテインメント』関係か……これにしてみるか」


 カテゴリの中から『テレビ・ラジオ』ジャンルを選んだ。


「今度は最新の投稿じゃなくて、ある程度古めで他の人も回答してる質問を選んでみませんか。他の回答を見れば少しは参考になるでしょう」


「んー……じゃあ昨日投稿された、この質問にしてみるか。質問者は『あっぷりけ』さんね」


 

 あっぷりけ:

『こんにちは。わたしは四十代の会社員です。最近バラエティ番組で、めろん村田という芸人をよく見ますが、不快なだけでどこが面白いのか分かりません。ギャグは滑っててちっとも笑えないし、ただ悪口言ってるだけで毒舌キャラみたいに売ってるのが本当に不愉快です。みなさんはどう思いますか?』


 

「…………これ、質問なの?」


 紅子は首を九十度傾けて考えあぐねる。


「一応、最後がハテナマークで終わってるから質問にはなっているのでしょう。少なくとも、この知恵フクロウのルールでは認められている投稿です」


「そうなんだ。じゃあ、困ってる『あっぷりけ』さんのためにも、答えてあげないとだめよね」


「べつに困ってるわけじゃないと思いますがね、この人」


「あー、でも。わたし、めろん村田って見たことないわ。名前は聞いたことあるんだけど」


 紅子は普段テレビをほとんど見ない。バラエティに限らず、ドラマもアニメもドキュメンタリーもスポーツ中継も見ない。テレビでなくとも、ネットの配信動画も見ないし映画館にも行かない。例外は、研究のために見る格闘技の試合くらいだ。


 マグロのように常に動き続けていないと死んでしまう紅子にとって、三十分や一時間もじっとして、流れてくる映像をただ眺めるなど耐えがたい苦痛なのだ。


「このサイトで、めろん村田のまとめ動画あがってますよ。五分で見れます」


 イルカは心得たもので、紅子でも飽きずに見ていられる限界時間ギリギリの動画を紹介する。


「ふーん、どれどれ………………………………お……ぷっ! …………あははは! 面白いじゃん、こいつ!」


 五分の動画で三度吹き出した紅子は、めろん村田のトークに合格を下した。


「お気に召したようですね。まあ、わたしもめろん村田は面白いと思いますよ。客観的にみれば、めろん村田のギャグがつまらないという意見は、毒舌が気に食わない人たちが坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の精神で叩いてるのが大半ではないでしょうか」


「毒舌? こいつ、そんなに口悪いかしら?」


「ああ、まあ……お嬢様からすればそうでしょうね……」


 インタビューのたびに平気でヘイトスピーチを巻き散らす紅子からすれば、芸能人の毒舌トークなど物の数にも入らないのだ。


「それじゃあ、感想……じゃなくて回答? 書き込みますか」


 紅子は回答を書き込んだ。


 先に投稿されていた三件の回答と合わせて、これで計四件の回答が寄せられたことになる。『あっぷりけ』は四件の回答全てに返事をしてきた。


「なかなか律儀な人なのね、『あっぷりけ』さんは。さて、どんな感じになってるのかしら……」


 

 ゆずみんパワー:

『私も、めろん村田大嫌いです! あいつ気持ち悪いよ!』

 あっぷりけ:

『回答ありがとうございます。 同じ気持ちの人がいて良かったです』

 

 かまぼこ三兄弟:

『芸人以前に人としての常識がないです。年上にもタメ口だし、アイドルの女の子にむかって、お前とか呼ぶのありえないですよ』

 あっぷりけ:

『回答ありがとうございます。 そうなんですよねー! あれ、ほんと最悪です』

 

 牛丼メガ盛り:

『めろん村田の叔父はひつじテレビの重役ですから。使われてるのは完全にコネですね。芸人としての実力は、養成所の新人にも劣るレベルでしょう』

 あっぷりけ:

『回答ありがとうございます。やっぱりコネだったんですね……そうだろうと思ってました』

 

 紅の海豚:

『わたしはめろん村田面白かったです。別に毒舌でもないと思います』

 あっぷりけ:

『あなた荒らしですか。運営に通報します』


 

「なんでだよ!!!」


 紅子は、またまた怒って叫んだ。


「なんで感想言っただけで荒らしになるのよ! お前が『どう思いますか?』って聞いたんだろうが!」


「この『あっぷりけ』さんは感想を求めているのではなく、共感してほしいんですよ。それくらい空気読みましょうよ」


「知るかそんなこと! 最初から『そうだね』『いいね』って言ってほしいだけならTwiterでやってろ!!!」


「Twiterでそれをやるには、フォロワーがいないとだめですからねえ……」


「バッッッカじゃないの!? こんなもん、もはや質問でも相談でもなんでもないでしょ!」


「あ、お嬢様も『炎城寺紅子ってかっこいいですよね?』みたいな質問してみたらどうですか。『そうだね』『いいね』って言ってもらえるかもしれませんよ。あはははは」


「するかそんなこと! …………あーもう、次よ、次。今度こそまっとうな質問を探すわよ!」


「まだやる気ですか……」


 こりずにまたジャンル一覧をうろうろとさ迷う紅子。

 

「うーん……」


 やがて、とある項目に目を付けた。


「あ、これいいじゃん、『エンターテインメント・ゲーム関係・ポケモン』って。わたしポケモン詳しいわよ。 子供の頃からずっとやりこんでたからね」


「お嬢様のやってたポケモンって、初代のやつでしょう」


「そうよ。わたしが小学生の頃に、さつきからゲームボーイごと貰ったやつだからね」


「それにしたって古すぎじゃないですか。初代ポケモンとかゲームボーイって、三十年くらい前のゲームですよ。メイド長もそこまでの年齢じゃないでしょうに」


「あれって、元々わたしのママのものだったのよ。さつきが子供の頃にママから貰って、それをまたわたしが貰ったの。三代にわたって受け継がれてきたゲーム機ってわけね。壊れちゃったときは、ほんとショックだったわ」


「……そういう話をTwiterでやれば、『いいね』がたくさん貰えるんですがね」


 紅子のTwiterは、誹謗中傷のリプライやリツイートなら一日百件は飛んでくるが、『いいね』を押されたことは開設以来一度もない。


 ともあれ、次なるジャンルはポケモンに決定し、紅子はページトップにある質問を開いた。


「質問者は『もろきゅう』さんね」


 

 もろきゅう:

『こんにちは、私は四十八歳のノマドワーカーです。ポケットモンスターオメガルビーで、伝説ポケモン・ボルケニオンの色違いを入手する裏技を教えて下さい』


 

「……ん、あれ……? 『もろきゅう』って……たしか……」


 紅子は思い出した。


「DVDのことで、さんざんわたしにパワハラかました奴じゃない!」


 昨日、紅子がした質問の回答欄を確認してみると、間違いなく同一人物であった。


「く、くくく……なんてラッキーなの! ここで会ったが百年目、リベンジ開始よ!!!」


 復讐のチャンスが到来したと、紅子は雄たけびを上げる。


 だが、残念ながら紅子には、オメガルビーだのボルケニオンだのの知識はない。


「ねえイルカ。この色違いボルケニオンってやつの入手方法、わかる?」


「わかりますよ」


「ほんと! どうするの!?」


「まず初めに、ボックスの一番左上を空けておきます。次にセーブデータを消して最初から始めます」


「は? データ消すの?」


「後でちゃんともとに戻るから大丈夫ですよ。それで、適当でいいのでセーブができるところまで進めて、セーブします。このとき、『レポートを書き残した!』の表示が出た瞬間に電源を切るんです。これでまたソフトを再開すると、セーブデータが消す前の状態に戻っています。このデータでボックスを確認すると、空けておいたボックスの左上に、色違いボルケニオンが出現しているんです」


「わかったわ! ようし、これで昨日と立場が逆転したわね! こいつが知りたいことを、わたしは知っている! こいつは頭さげてペコペコしながら、わたしに教えを請うしかないのよ!」


「どんな質問にも優しく丁寧に答える、って言ってませんでしたか?」


「そんなもん、相手が善人なら、って条件付きに決まってんでしょ。悪人相手に慈悲をかける必要はないわ」


 そう言い捨てて、紅子は『もろきゅう』相手に、回答の皮を被ったパワハラを開始した。


 

 紅の海豚:

『知っていますが、あなたの態度が気に入らないから教えてあげません。反省してください』

 

 もろきゅう:

『すみません、不快な思いをさせてしまったでしょうか。謝ります。どうか教えて下さい』


 

「あははは! この説教ドヤ顔ジジイが、途端に低姿勢になったわね! 情報を制する者がこの世を制すってのは、本当だったのね!」


 紅子は大喜びで追い打ちをかける。

 


 紅の海豚:

『どんな機種でどんなソフトを使っているのか、書かなければ回答のしようがない』

 

 もろきゅう:

『機種はニンテンドー3DS、ソフトはオメガルビーです』

 

 紅の海豚:

『3DSの色は? 製造年は? ロット番号は? ソフトは実物ですか、ダウンロードですか? 最低でもこれらの内容を理解して、調べてから質問してください』


 

「どうだ、昨日あんたがわたしにやってくれた嫌味を、そのまま返してやったわよ! これがDQN返しってやつね!」


「あの、お嬢様。そのへんの情報、まったく関係ないですよ」


「関係あろうがなかろうが、どっちでもいいのよ。こいつに因縁つけられればいいんだから」


 

 もろきゅう:

『しつれいしました。本体は2015年製です。

 ネットでダウンロードしたソフトです。

 カラーは黒、ロット番号はJCX15839です。

 すみません。お手数をおかけして申し訳ありません』

 


「ふふ……もうひたすら頭を下げて、みっともなくすみませんを連呼するだけね。こいつは完全に奴隷に成り下がった、哀れな敗北者よ」


「お嬢様、騙されてはいけません。まだこの『もろきゅう』は牙を剥いていますよ」


「え?」


「敵の返答の、各行一文字目をよく見てください」


「一文字目……? えーと、し・ネ・カ・す……『死ねカス』!?」


「縦読みというやつですね。レスバトルの古典的戦術です」


「こ、こいつーーー! こざかしい真似を!!! 危うく騙されるところだったわ!!!」


 紅子は、また怒って返答を書き込んだ。


 

 紅の海豚:

『そんな縦読みに気づかないと思いましたか? 一秒で看破しましたよ』

 

 もろきゅう:

『そんなつもりはありませんでした。偶然です。許してください』

 

 紅の海豚:

『駄目です。気分を害しました。もう教えません』


 

「なーんて、最初から教える気なんてなかったけどね! これでわたしの完全勝利よ!」


 だが、『もろきゅう』は意外な反撃を繰り出してきた。



 もろきゅう:

『本当は知らないんですね?』


 

 こんな反応は予想外だった。


「は……? なにこいつ、負け惜しみのつもり?」


 

 紅の海豚:

『知ってますよ。でもあなたの態度が失礼だから、教えないだけです』

 

 もろきゅう:

『とか言って、知らないんだろ。知らないけど、いきがってみたかったんだよねwwよしよしwwww』


 

「だから知ってるっての! お前みたいな無知と一緒にするな!!!」


「知ってたのはお嬢様じゃなくて、わたしですけどね」


 

 紅の海豚:

『知ってるわボケ! まずボックスの一番左上を空けておくんだよ!』

 

 もろきゅう:

『それで?』

 

 紅の海豚:

『教えないよバーカ!』

 

 もろきゅう:

『ああ、そこまでしか知らないんだねwファーwwww』

 

 紅の海豚:

『全部知ってるっつーの! 知ってるけど教えないんだよ!』

 

 もろきゅう:

『はい無能決定。知らない人に構っててもしょうがないから、別のところ行くわ。じゃーーね』


 

「待てよ! おい、逃げんな!」


 本当は勝っているはずなのに、このまま『もろきゅう』に逃げられたら、奴の心の中では自分が負けたことになってしまう。そんなことは我慢できない、と紅子は取り乱す。


 結果、紅子はまんまと敵の狙い通りに踊ってしまった。


 

 紅の海豚:

『じゃあ教えてやるよ! ボックス空けたあとセーブデータ消して初めからやるんだよ! それでセーブできるとこまで進めて、セーブした瞬間に電源切って、再開したらデータが復元されて、色違いボルケニオンがいるんだよ!!! どうだまいったか!!!』

 

 もろきゅう:

『はい、ありがとさんwwwwバカは簡単に操縦できて楽だなーーーwwww』


 

「あ……」


 やってしまった、と気付いたときには後の祭りだった。


 

 もろきゅう:

『さっそく使わせてもらうわwこれで色違いボルケニオンをゲットだぜwじゃーねーwww』


 

「ああああああああああ! こ、こいつ……! 汚い真似をーーー!!!」


 叫びながら、紅子は机を無茶苦茶に殴りつける。


「せっかく、わたしがマウントを取れる絶好の機会だったのに! 結局あいつが得しただけで終わっちゃうなんて……! ううう……くやしい、くやしいっ……!」


 屈辱のあまり、顔を真赤にして泣き出す紅子。


 だが、そんな紅子に対して、イルカは笑って声をかけた。


「お嬢様、おめでとうございます」


「は……? なにがめでたいのよ……」


「もちろん、お嬢様の完全勝利ですよ」


「なにが勝利よ! あいつはまんまと色違いボルケニオンを手に入れたのよ!」


 見当外れな発言に食ってかかる紅子。


 だが、イルカはとんでもないことを言い出した。


「色違いボルケニオン? なんのことです?」


「なんのって……ボックス空けて、セーブデータ消してやり直して、またセーブする直前に電源切れば、色違いボルケニオンが手に入るんでしょ。あんたが言ったんじゃない」


「ええ、たしかに言いましたけど。まさか、信じてたわけじゃないですよね?」


「……………………は?」


 イルカがなにを言ってるのか、紅子が理解するのに三十秒かかった。


「………………え、じゃあ……嘘なの、あれ……?」


「はい」


「あの通りやっても、色違いボルケニオンは手に入らない?」


「もちろん、手に入りません」


「消したセーブデータは?」


「もちろん、戻りません」


 自称レスバ王のメイドは平然と答えた。


 紅子が呆然としていると、返信の通知が表示された。


「お、『もろきゅう』から反応があったようですよ。どうやら騙されたことに気付いたみたいですね」


 回答を見ると、はたして『もろきゅう』は狂ったように罵詈雑言を書き込んでいた。


「おやおや、みごとに発狂してますねえ。『詐欺罪と器物損壊罪で訴える』だの、『慰謝料』『裁判』だの『刑務所にぶちこまれる覚悟をしておけ』だの……あはははは! いい年したおっさんが、必死すぎてお腹が痛いですよ! まあ、このニートが何百時間もかけてプレイしたデータが消えたわけですから、そりゃあ慌てふためくでしょうよ! あーーはっはっは!」


「………………」


 腹を抱えて爆笑するイルカだったが、紅子は複雑な心境であった。


 イルカは最初から、わたしが『もろきゅう』に煽られて口を滑らせることまで、予想してやがったのか。それで嘘を教えて、まんまと利用して……こいつ、絶対わたしのこと馬鹿にしてるでしょ……殺してやろうかな……と、紅子が考えたとき。


「いやあ。それにしても、お嬢様の演技もお見事でしたね」


 イルカが言い出した。


「え……演技……?」


「はい。わたしの意図を汲み取って、あえて迫真の演技で『もろきゅう』の挑発に引っかかった振りをしてくれたのですね。いやあ素晴らしい、さすがお嬢様です」


 などと言われ、とたんに紅子は気を良くする。


「そう、そうよ。もちろん、わかってて、あえてそうしたのよ。これくらいレスバトルなら基本戦術よね、うんうん」


 そうそう、わたしは最初からおかしいと思ってたんだ。消したセーブデータがもとに戻るなんてありえないし。嘘だってわかってたけど、黙ってイルカの作戦に乗ってやったのよ……と、紅子はあっさり脳内の記憶を書き換えた。


「そうとも気付かずに、こいつはまんまと引っかかってくれちゃって……ふふん、バカは簡単に操縦できて楽よね。よーし、もっと煽ってやろっと」


 

 紅の海豚:

『やーいやーい、ひっかかったー! 計算どーり! 最初からこのつもりだったもんねー! お前の負け、わたしの勝ち! ウエーーーイ!』


 

「あははははーー。完全勝利、完全勝利よ! イルカ、よくやったわね! ほめてつかわす!」


「ふふふ、これがわたしの実力です。困ったときはイルカにお任せ、ですよ」


 大はしゃぎする紅子とイルカ。


 だが知恵フクロウの運営は、『紅の海豚』に対してとうとう堪忍袋の緒が切れたようだった。


 

 知恵フクロウ運営:

『警告にも関わらず改善が見られないため、このアカウントを停止いたします』


 

「あっ」


「アカBAN……くらいましたね……」


 かくして炎城寺紅子は、またひとつネット社会を追放されたのであった。





今回でシーズン1完結です。

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