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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン4 集結、五輪一族
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第3話 スマホを買いに行こう③

 結局、紅子の初スマホはⅰPhoneの最新機種、カラーは赤、スペックはもちろんハイエンド、と決まった。


その場で回線の契約も申し込むことにしたが、紅子にキャリアだ料金プランだ通信容量だのといった言葉が理解できるはずもない。当然、イルカが代行することになる。


「お嬢様が使うなら、金に糸目をつけず常に爆速の通信速度をキープできる大手キャリアがいいでしょうね。ピークタイムに繋がらなくて、怒ってスマホを破壊したりしないように」


「ネットが繋がらないくらいで怒ったりしないわよ」


「いや、絶対に怒りますから。普通の人間でも遅いネット回線ってイライラするんですから、お嬢様が耐えられるはずありません。間違いなくキレます」


 などと言いながら、イルカは契約書の項目を埋めていく。


 十分ほどかけて、紅子にはさっぱり分からない単語だらけの書類が完成した。


「それじゃあ、お嬢様。この署名欄にサインだけお願いします」


 イルカは二枚の契約書を紅子に差し出した。


「なにこれ? なんで契約書が二枚あんのよ?」


「ネット回線を二つ契約するんですよ。お嬢様の選んだスマホはデュアルSIM対応ですから」


「でゅあるしむ……?」


「通常のスマホでは一台にひとつの電話番号、ひとつのネット回線を割り当てて使います。ですが、デュアルSIM対応スマホでは、一台のスマホにふたつの異なる電話番号や通信回線を割り当てて、任意に使い分けることが出来るのです」


「一台のスマホにふたつの回線? なんでそんな事するのよ?」


「もちろんレスバトルのためですよ。たとえば、お嬢様のアンチが『炎城寺は馬鹿』とネットに書き込んだとします。お嬢様は当然、即座に反応して『お前のほうが馬鹿だよバーカ』と書き込みます。これだけでは一対一、勝負は引き分けです。しかしここでデュアルSIMの利点を活かし、別の回線から『そうだそうだ、バーカ』と別人を装って書き込むことで二対一となり、お嬢様の勝ちになります。アンチはさぞ悔しい思いをするでしょう」


「おお、いいじゃん! デュアルSIM凄い!」


 人はそれを自演と呼ぶ。


 だが紅子にとって「勝つ」ということは、それがたとえネットの煽り合いだろうが最優先事項である。即座に了承して、二枚の書面にサインした。


 その後、あれやこれやの手続きを終え、紅子はついにスマホデビューを果たしたのだった。


「よし! これで今日からわたしも情報強者、略して情強よ!」


「おめでとうございます。とうとう現代人の仲間入りを果たしましたね……と言いたいところですが」


「ん?」


「もうひとつ必要なものがあります。スマホカバーを買わないと」


「カバー? いらないわよ、そんなもん」


「そうですか?」


「せっかく綺麗なデザインなのに、カバーなんてかけたら台無しじゃないの。ⅰPhoneを発明した男もそう言ってるって、聞いたことあるわよ」


「ジョブズのことですか」


「そうそう、そいつよ。ジョブズってⅰPhoneにカバーつけてる奴を見ると、キレて殴るんでしょ?」


「殴りません」


「わたしもジョブズに敬意を払って素で使うわ。それでこそ、世界を変えた偉大な発明家へのリスペクトってもんで……」


 などと喋っている紅子の手から、つるっ――と、ⅰPhoneが滑り落ちた。


「あっ!」


 買ったばかりのピカピカのⅰPhoneが、硬い床に音を立てて転がった。


「やば、落としちゃった!」


「大丈夫ですか。ガラス割れてませんか」


 購入して十分経たずに破損、なんてことになっては洒落にならない。紅子は慌てて腰を下ろし、ⅰPhoneを拾い上げて状態を確かめる。


「……えっと……うん、おっけ。セーフね」


 さいわい、ぱっと目に見えるレベルの外傷はない。


「ふう、よかった。このⅰPhoneって、つるつるしてるから気をつけないと……」


 冷や汗をかきながら紅子は立ち上がる。


 と、その汗がまたⅰPhoneと手のひらの摩擦をなくし…………。


 つるっ――。


 再び、ⅰPhoneは床に滑り落ちた。


「……………………」


「あーあ」


「な、ん、で、よっ!!! なんでこんなに滑りやすいガラスでケース作るのよ!? ジョブズなに考えてんだクソボケジジイ! 舐めてんのかおい!」


「ほーら、やっぱりこうなった」


 二連続の落下事故でブチ切れる紅子に、イルカはやれやれと首を振った。


「あーくそ、こりゃスマホカバーは絶対必要だわ。わけわかんない癇癪ジジイのこだわりなんかに付き合ってらんないわよ」


「癇癪起こしてるのはあなたでしょうが」


「パンチ!」


 イルカの頭に紅子の鉄拳が飛んだ。


「痛い! 暴力反対!」


「わたしは暴力が大好きなのよ。知ってるでしょ」


 イルカは頭をさすりながら、紅子をスマホアクセサリの売り場へ案内する。


 さいわい、人気機種のⅰPhoneはスマホカバーのラインナップも豊富だ。


「さて、どれにするかなと……見た目はどれも似たような感じね。ま、適当に安いのでいいか」


 紅子は九八〇円のカバーを手に取る。


 だがそこでイルカが待ったをかけた。


「いいえ、この一番高いやつにしましょう」


 イルカが指さした製品には、五五〇〇円の値札が付いていた。


「えー、高すぎじゃないの、それ。たかがカバーにそんなに金かける必要ある?」


 大富豪の紅子だが、金銭感覚は極めて庶民的なのだ。


 だがイルカは強く主張する。


「たかが、などとスマホカバーを軽く見てはいけませんよ。スマホというものは人生で最も使用頻度の高い道具なんです。普通、一日平均十二時間は使います」


「それ普通じゃないでしょ。あんただけよ」


「だとしても、多くの人間にとってスマホは毎日、何時間も使うものです。人間の手が生涯で最も長く触れるのは、愛する伴侶の手でも、精魂注いだ商売道具でもなく、スマホなんです。ですからスマホカバーにお金を惜しんではいけません。安物のカバーでは、その手触りの悪さ、取り回しの悪さ、見た目の悪さはストレスとして積み重なっていきますからね。最高級品を買いましょう」


「そういうもんかしら」


「『人生の三分の一は寝ているのだから寝具には金をかけろ』なんて言葉がありますが、わたしに言わせれば、現代人はベッドに入ってもスマホいじってるんですから、『寝具よりまずスマホカバー』ですよ」


「だからそれはあんただけでしょうが……。けどまあ、ネット廃人がそこまで言うなら素直に従っておくか」


 ことIT分野においては、紅子はイルカを全面的に信頼しているのだ。


 紅子はイルカ推奨の五五〇〇円する最高級スマホカバーを手に取ってみた。パッケージには『軽量超高透明両面ハイクオリティ強化ガラス+TPUバンパー 耐衝撃性 擦り傷防止 薄型QI充電対応 落下防止 指紋防止 ⅰPhone用高級カバー』と、実に気合の入った売り文句が並んでいる。高いだけのこだわりはあるようだ。


「ま、確かにこれくらいのもん使っとけば、天国のジョブズじいさんも文句ないでしょうよ」


 かくして、すべての買い物は完了したのだった。


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