第2話 スマホを買いに行こう②
炎城寺紅子はIT音痴である。つい最近まで、スマホもパソコンもほとんど触れたことがなかった。
そんな紅子がインターネットの世界を知り、人気者のインフルエンサーになろうと決意したのが三ヶ月前のことだ。それ以来、パソコンを購入してSNSやら掲示板やら動画サイトやらであれこれと活動および炎上し、多少はネット文化を知るようになった。そして今回、満を持してスマホデビューをすることになったわけだ。
葉月を見舞った翌日、紅子はイルカとともに近所の家電量販店にやって来た。
「いいですか、お嬢様。スマホには大別してⅰPhoneとアンドロイドの二種類がありますので、まずこのどちらを選ぶか決めなければなりません。ⅰPhoneというのはアップル社の開発した元祖スマートホン。対するアンドロイドですが、これは特定のメーカーが作っているものではなく、グーグル社が開発したOSを…………」
イルカは紅子とは対象的に、インドア派でIT関係に詳しい。ネットのうんちくを語るときはやたら早口になって長文を語るのが常だ。今日はいつにも増して饒舌である。
「なんでそんなに嬉しそうなのよ、イルカ。べつにあんたがスマホ買うわけじゃないのに」
「いやいや。自分の趣味のものなら、人の買い物に付き合うだけでも楽しいもんですよ」
「そういうもんかしらね……」
二人がスマホ売り場で足を止めると、早速店員が近付いてきた。まだ二十歳かそこらの若い男である。
「いらっしゃいませ。スマホをお探しですか?」
「そうよ。一番いいのをちょうだい」
「機種変更ですか、お乗り換えですか」
スマホ購入時のお決まりの質問だが、あいにくデジタル原始人である紅子には、その意味を理解する知識がない。
「は? 乗り換え? 車買いに来たんじゃないけど。何言ってるの」
「……えーと、現在はどちらのスマホをお使いですか?」
「持ってないわよ」
「スマホをお持ちでない……ということは、携帯電話をお使いで……」
「携帯も持ってないわ」
「ええっ! 携帯も持ってないんですか!?」
「…………あ? だから何よ? 文句あんの? お前もわたしのこと馬鹿にしてんのか?」
昨日も葉月に馬鹿にされたと思い込んでいる紅子は、即座に機嫌を損ねて店員に詰め寄った。
紅子は美人だが目付きは非常に悪い。血に濡れたような紅い瞳でガンを飛ばせば、それだけで大抵の人間は震え上がる。おまけに度重なる炎上事件のせいで、その素顔と悪名は日本中に知れ渡っているのだ。
「ひえ……こ、この人……あの炎城寺……? こ、殺されるーーー!」
彼もまた例外ではないようで、紅子に気付くと一目散に逃げ出していった。
「あ、何なのよあいつ! 店員のくせに客放って逃げやがって!」
「あんなふうに凄んだら怖がるに決まってるでしょうが。どうしてそう短気なんですか」
「あいつがわたしのこと馬鹿にしたのが悪いのよ」
「まあ確かに、あの態度はないですね。Z世代はこの世にスマホ持ってない人間はいないと思い込んでる。そういう偏見が、時代に取り残された老人の機嫌を損ねてクレーマーに変えるのです」
「そうそう。わたしだから許してやったけど、面倒なクレーマーが相手なら大変なことになってるわよ、あいつ」
「クレーマーは皆そう言うんです」
どうやらスマホ売り場にいた他の客達も、紅子の存在に気付いたようだ。距離をとって恐る恐るこちらをうかがっている。完全に危険人物扱いである。
「あーあ。こりゃきっとTwiterに『炎城寺が家電屋の店員にクレームつけてた』とか書かれますね。クレーマー目撃談はTwiter民の大好物ですからね、また叩かれますよ」
「はん、いいわよ。偏見で悪者扱いされるのはもう慣れっこだわ」
「偏見じゃなくて事実なんですが」
店員には逃げられたが、実際のところ、買い物というのは店の人間に張り付かれてあれこれ話しかけられるより、自分で好き勝手に選ぶほうが気楽なものである。それにスマホやネットのことなら、家電屋の店員よりイルカの方がよほど詳しい。
「それじゃあイルカ、あんたが店員のかわりにおすすめ教えてよ」
「はいはい。このイルカにお任せください。えーと、まずは……」
イルカは売り場に陳列された数十種類のスマホを、あれやこれやと物色し始める。
「さっきも言ったように、スマホにはⅰPhoneとアンドロイドがありますので、まずこのどちらかを選ばなければいけません。こちらにあるのがⅰPhone、他のはみんなアンドロイドです」
「イルカはどっちを使ってるの?」
「どっちだと思います? 当ててみてください」
「いや、そんなの分かるわけないでしょ」
イルカがスマホを使うところは今まで何度も見ているが、それがⅰPhoneなのかアンドロイドなのかなど、紅子には区別が付かない。
「それが結構分かるもんなんですよ。血液型占いみたいなものでしてね、人を見てると『あ、こいつスマホはⅰPhoneだろうな』とか『アンドロイド使ってそう』とか」
「ふうん。たとえば?」
「うちのみんなで言えば、まず黒須さん。オーダーメイドのジャケット着て、機械式の腕時計付けて、ブランド万年筆使ってますよね。ああいう意識高い系でこだわり派のおじさんは、大体ハイスペックなアンドロイド使ってます。次にはじめ、陽キャ気取ったチャラ男。ああいうのはⅰPhoneです。みい子のような小学生は、格安アンドロイドが多いですね」
蜂谷はじめ、根岸みい子は、ともに炎城寺家の使用人である。
「あと、菜々香とか葉月さんみたいなザ・普通な女性は、年代問わずⅰPhone使ってることが多いですね」
「菜々香は普通じゃないわよ。あいつホモのエロ小説書いて喜んでる変態だもん」
「それ、わりと普通ですよ」
「マジ……?」
BLや二次創作といった流行文化にも、紅子はとことん疎いのだ。
もっともこの点については、腐女子にドン引きする紅子の反応が正常であり、イルカや菜々香の方が日本のHENTAI文化に毒されているのかもしれないが。
「……まあいいや。そんで、つまり……陽キャとか普通の人間はⅰPhone使ってて、気取り屋とかオタクや子供はアンドロイドって法則なの?」
「まあ、大体そんな感じですね」
「なんかアンドロイドってイメージ悪くない?」
「おっしゃる通り。ですから、ネットのレスバトルで『お前アンドロイド使ってそうだな』というのは、かなり殺傷力がある煽りです」
「イルカってアンドロイド使ってそうね」
「わたしには効きませんよ!」
「やっぱりアンドロイドなんじゃないの」
総括すると、炎城寺家の住人達のスマホは、イルカ・重蔵・みい子がアンドロイド、はじめ・菜々香がⅰPhoneというわけだ。ちなみにさつきはガラケーである。
「そういうことなら、わたしはⅰPhoneにしようかな。煽られるのも嫌だし」
紅子は、目の前のⅰPhoneコーナーからいくつかスマホを手にとり吟味する。
「ふむ、ふむ……思ってたより軽いのね……。……お、これなんかいいじゃん! デザインかっこいいし、りんごのマークがオシャレだわ! やっぱアンドロイドよりⅰPhoneの方がずっと良いわね!」
「はあ。ま、素人さんは、それでいいんじゃないでしょうかね」
イルカは肩をすくめ、生暖かい目で曖昧な笑みを浮かべる。
「……なんかムカつく言い方ね」
「いえいえ、いいんですよ。わたしは人のスマホにいちいちケチつけて、嫌味を言うような心の狭いオタクじゃありませんからね。『りんごのマークが可愛いー』、『ⅰPhoneってオシャレー』、それでいいじゃないですか。好きに選べばいいんですよ、うんうん」
「うっざ」




