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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン1 キーボードクラッシャー紅
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第7話 質問サイトを頼りたい


「紅子様、お荷物が届きましたよ」


 その声を聞いた瞬間、紅子は野生のヒョウのごとく跳ね上がり、自室を飛び出した。


「きた! やっと到着したわね! 待ってましたー!」


 廊下をやって来たメイドから、待望の小包を受け取る。


「紅子様宛の宅配便が届くのは珍しいですね。イルカには、ネット通販の買い物がしょっちゅうやって来ますけれど。差出人は『クリッパー・スミス』様と外国の方のようですが、これは何です?」


 炎城寺家のメイド長、九条(くじょう)さつきは不思議そうに聞いた。


「わたしのベストバウトセレクションDVDの最新巻よ。クリッパーから、今日届くって聞いてたのよね。あ、クリッパーってのは、わたしのマネージャーね」


「ああ、アメリカで知り合ったと言っておられた」


「そうそう。あいつが言うには、今回のDVDは過去最高の出来らしいから、期待してたのよ! さっそく見よーと!」


 自分で自分のビデオを見て、面白いかは人それぞれだろうが、紅子は己の強さを確認して悦に浸る行為が大好きだった。


 うきうきと喜ぶ紅子だったが、さつきは申し訳なさそうに切り出した。


「しかし紅子様。あいにく居間のDVDデッキは故障しておりまして、修理に出しているのですが」


 住み込みの使用人含め十人近い人間が暮らす炎城寺邸だが、DVDを再生できるプレイヤーは居間にある一台だけだった。


「いいわよ別に。パソコンで見るから」


「え、パソコンでDVDが見られるのですか?」


「そんなの常識じゃない。ふふ、さつきったら遅れてるのね」


 紅子はここぞとばかりにマウントをとる。さつきは、紅子に負けず劣らずのIT音痴なのだ。


 自室に戻った紅子は早速パソコンを起動し、DVDドライブに「超熱戦! 炎城寺紅子の伝説激戦メモリアル2 初回限定特別版」と書かれたディスクをセットした。


「よし再生!」


 そう元気よく言ったものの、はて、と手を止めた。


「……再生……DVDの再生って、どうやればいいの……?」


 以前、マネージャーの持っているノートパソコンでDVDを見せてもらったときは、ディスクをセットするだけで自動的に再生が始まったのだが、いま目の前のパソコンでは動き出す気配はない。しばらくの間、カチカチと適当に操作してみたが、DVDはうんともすんとも言わない。


 こういう時は、パソコンの大先生の出番だ。


「イルカ! イルカーー!」


 廊下に出て、自室の隣にあるイルカの部屋のドアをノックもせずに開ける。


 ベッドに寝転がりながらスマホをいじっていたイルカが顔を上げた。


「なんですか、お嬢様。いま忙しいんですけど」


 入るときはノックをしてください、などとイルカは言わない。言っても無駄であることは、この家の住人ならみんな知っていることだ。


「パソコンでDVD見たいんだけど、どうすればいいの?」


「知りません」


「は?」


「わたしも、パソコンでDVD見たことないのでわかりません」


「パソコンのことで、イルカにも分からないことあるの? レスバ王とか言って偉そうにしてたくせに」


「むっ。あのね、お嬢様。もはやDVDなんて平成の遺物なのですよ。動画にしろゲームにしろ、ネットでダウンロードすれば済む話なのですから。いくらわたしでも、生活に不必要な知識までいちいち覚えていません」


「いままであんたが語った知識で、生活に必要なものあった?」


「とにかく、知らんものは知りません。お嬢様も、わたしになんでもかんでも聞くのではなく、たまには自分で調べてみてはどうですか? おしえて君はネットでは格好の攻撃の的にされますよ」


 先日、紅子に役立たず扱いされたイルカは不機嫌であった。


「ああもう、ならいいわよ。ったく!」


 紅子は怒って自室に戻ってきた。


「まったく、イルカめ。都合が悪くなったからって逃げたわね。パソコンでいきがる以外、取り柄がないくせに!」


 ただ、イルカの言葉ではパソコンでDVDが見られることは確かなようだ。問題は、その方法がわからないという事だが。


「まあいいわよ。DVDの使い方くらい、わたしひとりで調べてやるわ」


 とりあえず、ネットで『DVD』『再生』と検索してみたが、出てくる情報はパソコン初心者の紅子には、まるで理解できない内容のものばかりだった。しかもなにやら、二千円だの三千円だのといった値段が書かれている。有料なのだ。


「困ったわね。タダでできる方法はないの?」


 紅子にとって、たかが二千円など惜しい金額ではないが、クレジットカードやら電子マネーといったものの使い方がわからないので、ネットで買い物ができないのだ。


 しばらく検索を続けてみたものの、その後わかったのは無料でDVD再生する方法もあることはあるらしい、ということくらいで、具体的に何をすればいいのかはさっぱり見えてこない。


「うーん……どうしよう……。Twiterか2ちゃねるで聞いてみる? ……いや、あの人間のクズどもがまともに教えてくれるわけないし……うーん……」


 うんうん唸りながらネットをさ迷っていると、とあるサイトにたどり着いた。『ヤッホー知恵フクロウ』というタイトルだった。


「あれ、これは……『あなたの疑問、悩みをなんでも質問してみましょう。親切な回答者が答えてくれます』……へえ、こんなサイトがあるんだ。いまのわたしにぴったりじゃない! よし、ここで聞いてみよ!」


 これならもう「助けてイルカー」などと言って、駄メイドに頼る必要もない。紅子はそう考えながら、DVD再生について質問を投稿した。


 

「助けてイルカーーー!!!」


 紅子が涙目になりながら、ふたたびイルカの部屋にやって来た。


「な、なんなんですか、お嬢様。ちょっと、引っ張らないでくださいよ。わかりましたよ、行きますよ」


 紅子は問答無用で、イルカを自室に引きずっていこうとする。メイド服を引きちぎりそうな力に、イルカも諦めておとなしく従った。


 自室のパソコンの前まで来て、ようやく紅子は手を離した。


「それで、いったい何があったんです。その様子だと、またネットで煽られたようですが」


「こ、こいつが……こいつがさあ! こっちが下手に出てれば、つけ上がりやがってえっ……!」


 紅子が目を潤ませ、声をふるわせながらモニタを指さす。


「ああ……知恵フクロウですか……。もう何があったのか、大体わかりますよ」

 


 ベニコ:

『こんにちは。DVDをパソコンで見るにはどうすればいいですか?』

 

 もろきゅう:

『どんなDVDをどんなパソコンで見たいのか、書かなければ回答しようがない』

 

 ベニコ:

『“超熱戦! 炎城寺紅子の伝説激戦メモリアル2 初回限定特別版”というDVDです。パソコンはガリレオSPX9000です』

 

 もろきゅう:

『通常のDVDですか、ブルーレイですか? リージョンは? 映像規格、音声規格は? パソコンのOSは? スペックは? 解像度は? 最低でもこれらの情報を調べて、理解してから質問してください』

 

 ベニコ:

『ブルーレイってなんですか?』

 

 もろきゅう:

『そんなことも知らないんですか……はあ……。初心者さんはどうして、自分で調べるって事ができないのかねえ……』

 

 ベニコ:

『パッケージを見ました。DVDと書いてあるので、多分ブルーレイではないと思います』

 

 もろきゅう:

『ブルーレイでもDVDと書いてあるパッケージはあります。多分、ではなく100%正しいと確信できる情報のみ、書き込んでください』

 

 ベニコ:

『リージョンってなんですか?』

 

 もろきゅう:

『2つ前の回答で言いましたよね? 自分で調べてください。日 本 語 わ か ら な い ん で す か ?』

 

 ベニコ:

『にhnでつくられtあDVDなので多分りーじょんは2だとおmいまs』

 

 もろきゅう:

『だからさあ……多分じゃなくて、確実な情報を書いてもらわないと困るんですよね。回答者は、あなたのために大切な時間を使っているんだという事を分かってます?』

 

 ベニコ:

『sみません』

 

 もろきゅう:

『こうしてあなたの相談に消費した時間で、わたしは自分の仕事をしてお金を稼ぐこともできたんです。自分はなんの労力も使わず人に聞いてばかりのあなたは、見知らぬ人間に対して、お金をくださいと言っているようなものなんですよ』

 

 もろきゅう:

『うーん……あまりに酷い初心者さんへ人生相談までしちゃったか……我ながら甘すぎるなあ……w』

 


「このクソがっ!!! 何様なのよこいつ!!! ネチネチネチネチふんぞり返って、嫌みな説教たれてくるだけじゃない!!!」


 紅子が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「こんなことを知恵フクロウで聞いたところで、まともな答えが返ってくるわけないですよ。質問サイトのIT関係なんて、情強気取りたいパソコン先生達が初心者狩りするための場所なんですからね」


「くそくそっ! パソコンオタクって、なんでどいつもこいつも陰険なクズばっかりなのよ!」


「普段のわたしが、いかに優しく教えて差し上げているか、気づいていただけたでしょう」


「あんたがDVDの使い方知ってれば、最初からこんなことにはならなかったのよ……あーもう! こいつ殺したい! でも、教えてもらわなきゃDVD見れないし……」


「どっちにしろ答えが聞けるとは思えませんがね。この『もろきゅう』とかいうやつ、あきらかにドヤ顔説教がしたいだけで、まっとうに回答する気なんてさらさらないですから」


「じゃあどうすれば……」


 その時、開きっぱなしのドアから、さつきが顔を出した


「紅子様。失礼します」


「なによ」


「修理に出していたDVDデッキが戻って来ましたよ」


「ほんと!?」


 屈辱に打ちひしがれていた紅子の顔が、一気に明るくなった。


「ふっ……アハハハハ! なーんだ! それならもう、こんな説教ゴミジジイに頭下げる必要ないじゃない!」


 形勢逆転、とばかりに紅子は笑う。


「かわりに溜まった鬱憤をぶちまけてやるわ! それ、反撃よ!」

 


 ベニコ:

『もうお前の助けなんていらねーよ!!! バーカ! バーカ! 死んでろカスがwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』

 


 お得意の草四十一連発を書き込んで、紅子は満足そうに頷いた。


「よしよし、これでスッキリしたわ。このレスバトル、わたしの勝ちね」


「あんまり汚い言葉を使うと、ここでもアカBANくらいますよ」


 イルカが忠告したが、紅子は涼しい顔だった。


「いいわよ別に。こんなボランティアの仮面かぶった偽善者の巣窟なんて、二度と利用しないから。さー、リビングでDVD見よっと」


 だが、紅子がDVDを持ってリビングルームへ向かうと、テレビの前には先客が座り込んでいた。


「ちょっと重蔵(じゅうぞう)、なにしてるの?」


 炎城寺家の家令、黒須(くろす)重蔵が振り返った。


「おや紅子様。申し訳ありませんが、故障して動かないのですよ。これからメーカーのサポートに連絡します」


「聞いてるわよ。でもDVDデッキは修理に出して戻って来たんじゃないの」


「そっちは治ったのですが、今度はテレビが故障したのです」


「はあ!?」


 デッキが治ったと思ったら今度はテレビとは、どういうことだ。それでは結局、DVDは見られない。


 紅子は憤懣やるかたなく自室へ戻った。


「くっそー! デッキも、テレビも、キーボードも、どいつもこいつも軟弱すぎるわよ! これだから機械は嫌いなのよ! 高機能だのスタイリッシュだの宣伝しても、すぐ壊れたら意味ないでしょうが!」


「それで、どうなさるんですか、お嬢様?」


 イルカが聞いた。


「……もういちど知恵フクロウでDVDの使い方を聞くしかないわね」


 つい一分前に、もう二度と利用しない、などと捨て台詞を吐いたサイトに舞い戻り、紅子は再び質問を投稿した。


 

 ベニコ:

『パソコンでDVDを再生する方法を教えてください。DVDはブルーレイじゃなくて、リージョン2で、パソコンはWindows10です。お金がかからない方法でお願いします』

 

 もろきゅう:

『あなたはさっき私に暴言を吐いた人ですね。それと、ここでは同じ質問板を複数立てるマルチポストは禁止されています。合わせて運営に通報します』

 


「げ! さっきのゴミがまた粘着してきたわ! てゆーか、ろくに相談に答えもせずにパワハラかましてくる、こいつの方こそ通報されるべきでしょ!」


 しかし、ここでまたレスバトルを開始してもDVDを見ることは出来ない。


 紅子は怒りと屈辱を押し殺して、頭を下げる。


 

 ベニコ:

『すみませんでした、本当にごめんなさい。反省してます。ですから、どうか再生する方法を教えてもらえないでしょうか』

 


 だが、その直後にイルカがスマホを見て言った。


「再生方法、調べたら分かりましたよ。『パワーフルDVD』っていうフリーソフトを入れれば見れるみたいです」


「マジ!? でかしたイルカ!」


 再び紅子が手のひらを返す。

 


 ベニコ:

『やっぱお前いらねーよドヤ顔説教デブ! お前なんかに聞かなくてもわかったもんね! やーいやーい! わたしの勝ちー!』

 


「あ、やっぱ駄目です。リンク先のページが無くなってます。このソフトはもう手に入らないみたいですね」


 

 ベニコ:

『まことに申し訳ありません。やはり再生方法を教えていただけないでしょうか。先程のコメントは友人が悪ふざけで書き込んだものです』


 

「ああ、他にもフリーソフトありますね。『BLCメディアプレイヤー』ってのは、今でもちゃんとダウンロード出来ますから、これ使えば見れますよ」

 


 ベニコ:

『しねしね死ねパワハラ野郎! お前なんか誰も必要としてねーよゴミ!」

 


 再三にわたる手のひら返しと暴言を連発する紅子。


 とはいえ、最終的にはイルカの落としたフリーソフトのおかげで、「超熱戦! 炎城寺紅子の伝説激戦メモリアル2 初回限定特別版」は無事に再生されたのだった。

 

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[一言] 紅子バカだわ、見て思った。 リアルにこんなのいるの?
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