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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン3 大炎上
67/138

第31話 大炎上⑮

 夜の首都高を、赤いカレラ911が疾走する。


 助手席のイルカは、初めて乗るポルシェに興奮してはしゃいでいた。


「わはーーー! これがポルシェの走りですか! やっぱエンジンの鼓動が違いますねえ!」


 車のことなどろくに知らないくせに、ネットの聞きかじりで知ったかぶる。


「それにしても、お嬢様。車の運転できるようになったんですね」


「あんたがいない間に十八歳になったのよ、わたしは」


「そうでしたね、おめでとうございます」


 ペコリと頭を下げるイルカ。


「……………………」


 紅子はもどかしい気持ちで押し黙る。下手に口を開けば、二週間前の誕生日をイルカにも一緒に祝ってほしかった、そんな事を言ってしまいそうだった。


 感傷を振り払うように、紅子は眼前の問題へ話を戻した。


「ねえ、イルカ。あの仮面野郎は、どうしてさつきの実家まで特定できたの? それだけじゃなく、はじめとみい子のことまで、なんで知ってるのよ」


「あー……それはね、元はと言えばお嬢様のミスですよ」


「なんでよ」


「お嬢様、ひつじテレビの生放送で『さつきは必ず守る!』とか言ったじゃないですか。カッコつけたつもりでしょうけど、あれネットでは『自分で名前ばらしてんじゃねーかw』って総ツッコミでしたよ。おまけに『みい子の花壇荒らしやがって』って、みい子の名前まで出してましたし」


「あんなの、下の名前言っただけじゃない。それだけでどうして特定されるのよ」


「動画サイトに上げている、みい子の折り紙動画がまずかったんです」


「あれが……?」


 みい子は、たまに動画サイトに折り紙を作製する動画を投稿している。もちろん、ジャスティス仮面のようなインフルエンサーではない。視聴回数一桁が当たり前の底辺だ。


「そうです。あの動画に、一度ライブ放送で九条さんとはじめが出たでしょう。そして、お嬢様は実名のTwiterで、あの動画の宣伝をしていた。そこに『さつき』『みい子』という名の人間が出てくれば、これはもう今回の事件と同一人物であることは明白でしょう」


「それでも……顔と名前だけで、実家の住所までわかるもんなの? さつきはSNSとかは一切やってないのに」


「本人がやってなくても安全とは限らないのが、SNSの恐ろしさです。たとえば、九条さんは前に小学校の同窓会に参加したと言ってましたよね。その時に友達と撮った写真を、誰かがSNSにアップしてたとしたら? これが見つかると、九条さんが卒業した小学校が特定されます。そうなれば、実家はその校区にあることが判明し、あとはジャスティス仮面の信者たちによるローラー作戦で住宅街の表札を調べていけば、さほど苦もなく実家は見つかります。『九条』という名字は珍しいですから、同姓もいないでしょうしね」


「なるほどね……。よくまあ、人を吊し上げて叩くためだけに、そこまでやるもんだわ」


「いやはや、ほんとに怖いですねえ、情報化社会って。まあ、こちらもその情報化社会のおかげで、ジャスティス仮面を追えるわけですが」


「はん、別に怖くなんかないわ。バカバカしいだけよ」


 紅子は前方の道路を睨みつけ、アクセルを踏み込んだ。


 ジャスティス仮面の居場所へ向かって、ポルシェは加速する。


「この世に、わたしより怖いものなんてないってことを、あの仮面野郎に教えてやるわ!!!」


「そうしましょう、そうしましょう! きっちり教育してやりましょう!!!」



 

 目標のインターチェンジに到着し、首都高を降りたところで、イルカのスマホにさつきから着信があった。


「はい、イルカです。こちらは高速道路を今降りました。はい……候補のマンションは、その三つですか。はい、わかりました。あとは我々にお任せください」


 通話を切ったイルカは地図を確認する。


「お嬢様、まずはこのマンションに向かいましょう。ここから五分程度で着きます」


「わかったわ」


 イルカの指示に従い、インターからほど近い、十五階建ての新築マンションの前にやって来た。


「ここか。でも、考えてみればマンションを特定しても部屋番号まではわからないのよね。それに、候補のマンションは他に二つもある……」


 何日もかけてじっくり調べ上げる時間はない。明日になれば、ジャスティス仮面は春奈を標的として攻撃を開始するだろう。注目を集めるために放火までするあの男が春奈を狙えば、悲惨なことになる。


「なんとかなるの、イルカ?」


「もちろんですとも」


 イルカは自信満々に答えた。


「……あんたは、やっぱり頼りになるわ」


「ふふふ。困った時の千堂イルカ、なんでも聞いてねイルカちゃんですよ」


「なら聞くわ。奴の部屋を特定する方法は?」


「大きくクラクションを鳴らしましょう!」


 

 ――――ププーー!!! プップップーーーー!!!


 

 夜九時半の住宅街に、大音量の警笛が響き渡った。


 マンションの住人たちが、何事か、とカーテンを開けて顔を出した。


「なんだ、なんだ」「うるせーな!」「事故か?」……そんなことを言っているように見える。


「めっちゃ注目されてるわよ」


「構いません。お嬢様、もう一度お願いします」


 イルカは、スマホを凝視しながら言った。そこに表示されているのは、ジャスティス仮面の生放送だ。


 紅子もようやくイルカの狙いを悟り、再びクラクションを鳴らす。


 

 ――――ププーー!!! プップップーーーー!!!


 

『ん……なんだか外がうるさいな……。みなさん、ちょっと待っててね』



 動画の中のジャスティス仮面が立ち上がった。


 紅子とイルカに緊張が走る。


「ビンゴ! いきなり当たりですよ! ジャスティス仮面は、このマンションにいます!」


「本当!?」


「お嬢様! マンションをよく見ていてください! 絶対、見落とさないで! 今から数秒以内にカーテンが開く部屋、そこがジャスティス仮面の居場所です!」


 紅子は、獲物を狩る肉食獣のようにマンションを凝視した。


 紅蓮の瞳を最大限に開き、微塵も緩まぬ張り詰めた集中力で、あの男の出現を待ち構え――――そして、見た。


 たった今、カーテンが開かれた部屋に立つ男の姿。


 その男は、ネット上で幾度となく目にした、あのおぞましい仮面を付けていた。


「いた!!!」


 男はすぐにカーテンを閉めて見えなくなった。


 だが絶対に間違いない。はっきりと確認できた。


「見えた! 見つけたわ!! あの仮面野郎がいた!!!」


「部屋はわかりましたね? それじゃあ、ロビーの前に移動しましょう。住人の誰かがやって来るのを待って、一緒に建物の中に……」


「必要ないわ!」


 紅子はポルシェから飛び出し、マンションの壁に固定された排水管に手をかけた。


「え、ちょ。何する気ですか、お嬢様」


「ここを登って、ベランダからあの野郎の部屋に乗り込むわ」


「マジですか」


「あんたは車で待ってなさい!」


 紅子は猛スピードでマンションの壁をよじ登っていく。


「殺しちゃだめですよー」


 イルカが、最後にそう言うのが聞こえた。


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