第29話 大炎上⑬
【炎城寺紅子】
“おい仮面野郎。なんでこんな事をするんだ。なにが楽しい?”
『はい? 誰?』
“なにこいつ?”
“ここは正義マンお断りなんですけどw”
“こいつのハンドルネーム、炎城寺紅子じゃん”
“本人? マジで?”
“まさか。信者の成りすましでしょ”
【炎城寺紅子】
“ボサボサの長い前髪。ジーンズに黒のスニーカー。緑のリュックサック。シャツは今着ているのと同じ”
『は? なに言って…………あーーー、はいはい! あの事故の時の、俺の服装ね。え、てことはマジで本人じゃん!』
『みなさーーーん! 炎城寺さんがこの生放送に来てくれましたーーー!!!』
『ありがとう炎城寺さん! あんたのおかげで、また動画のPV伸びそうです!!!』
【炎城寺紅子】
“わたしに勝てないから弱い年寄りを狙うのか。なんでこんな事する?”
『こんな事ってなに? 火事が俺の仕業とか言ってるわけ? 証拠ないよね? はい論破!』
【炎城寺紅子】
“わたしがお前になにかしたか?”
『なにこの自意識過剰女。お前なんかと関わったことねーよ』
【炎城寺紅子】
“なら、なんでこんなことする。なにがしたいんだお前は”
『お前みたいな調子に乗ったバカが嫌いだからでーす! で、そんな調子に乗った奴に天誅くだすのが俺の仕事ね。ぎゃはは、死ね死ね、死んでくださーーーーーい』
【炎城寺紅子】
“死ぬのはお前だ”
『へー、それで? どうやって俺を殺すの? お前んちに押しかけた馬鹿なマスコミどもとは違うよ、俺は』
『ねえねえ、どうやって殺すの? 世界とったパンチで殴り殺すの? それとも魔女が刺しに来る? 無理だよねーーー! お前は、俺がどこの誰かも知らないんだもん!』
『はい、何も言えなくなっちゃった! みなさーーーん! 炎城寺が涙目ですよーーー!』
“ぎゃはははははははははははは!!!”
“炎城寺ざまああああwwww”
『あ、ちなみにー、お宅の根岸みい子ちゃん、蜂谷はじめくん、この二人のこともよーく知ってますんで。ばっちり、取材リストに入ってまーす』
「な……!」
ジャスティス仮面に名指しされ、はじめは思わず後ずさる。
「なんで、はじめやみい子のことまで……!?」
「ふえ……」
みい子は、ただ怯えていた。
「いや……そもそも、さつきのこともだ。なぜ実家の住所までわかったんだ、こいつは」
重蔵の疑問に、答えられる者はいなかった。
『みい子ちゃんのクラスメイトに、街頭インタビューしよっかなー? それとも、はじめくんのお姉さんの職場に押しかけようかなー?』
【炎城寺紅子】
“そうやって、弱い人間だけ狙っていじめるのかお前は”
『はいはい、負け犬の遠吠えきたよ。プゲラ』
『まーでも、やっぱり。次のターゲット……じゃなくて取材対象は矢島春奈かなー。あいつは被害者のくせにお前に取り入って味方したんだしねー』
『はたして、炎城寺と矢島の間にどんな取引が交わされたのか! 真実を明らかにするために、ジャスティス仮面は矢島春奈への突撃取材を敢行します!』
“いいぞー! やれやれ!”
“これは期待www”
“待ってました”
【炎城寺紅子】
“やめろ。殺すぞ”
『矢島の職場も、子供預けてる保育園もわかってるからねー! とりあえず明日から取材開始でーす!』
【炎城寺紅子】
“春奈さんの会社にはわたしが張り込む。お前がやって来たら速攻で捕まえて殺してやる”
『ほんっとーに馬鹿だね、お前は。取材なんて直接行かなくても、電話かければ済む話なんですけど?』
【炎城寺紅子】
“そんなことしたら春奈さんは会社にいられなくなるのがわからないのか”
『いや、わかってるから。知っててやるんだから』
【炎城寺紅子】
“やめろ”
『とりあえず明日の朝、会社が開くと同時に鬼電開始しまーーす! 番号はこちらになるんで視聴者のみなさんも協力してね! 電話回線がパンクするまでかけまくりましょう!』
『さあ、矢島はいつまで会社にいられるかなーーーー?』
【炎城寺紅子】
“やめろって言ってんだろうが!!!”
『やめませーーーーん! だって楽しいから! ぎゃはははははははははははは!!!』
「………………」
それきり、紅子は何も言わなくなった
「………………あの……お嬢様……」
パソコンの前に座っていた菜々香が振り返る。
「紅子様……」
「お嬢……」
さつきもはじめも、紅子を見る。
なんだかんだ言っても、今この家の主は紅子であり、彼らのリーダーなのだ。
「……………………」
だが、その紅子は今、怒りも希望も燃やすことなく、ただ呆然と途方に暮れていた。
「……みんな…………わたし……どうしたらいいの…………?」
自分の口から、こんな弱々しい声が出たことに紅子は驚いた。
「このままじゃ……春奈さんが……はじめも、みい子も…………」
彼らはみな、さつきと同じように、ジャスティス仮面の餌食になる。それがわかっていて、どうにもできない。紅子にどれほどの力があっても、あの卑怯者には届かない。
何百キロの鉄塊を背負ったように、全身が重く感じる。気を抜けば、膝が崩れ落ちそうだった。
「でも……わからない。こんな……こんな奴、どうしていいのか……」
紅子は首をうなだれ、焦点の合わない視線を床に落とした。
胸の中が空っぽになったようだった。
紅子のこれまでの人生で、およそ感じたことのない敗北感が、暗い闇となって広がっていく――――
「お困りのようですね」
懐かしい声がした。
「久しぶりに戻ってきたら、なんか凄いことになってますねえ。チャイム押したんですけど、誰も気付かないんですもん。合鍵で入ってきちゃいましたよ」
紅子は顔を上げた。さつきも、重蔵も、はじめも、菜々香も、みい子も、リビングルームの入り口を見つめている。
その視線の先には――――炎城寺家の六人目の使用人、紅子の親友が立っていた。
「イルカ!!!」
二ヶ月ぶりに目にした、彼女の名が衝動的に口に出た。
「大丈夫。まだ勝てますよ、お嬢様」
千堂イルカは、涼しい顔で笑っていた。
「今、ここに! あなたの右腕が帰って来たのですからね!」




