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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン1 キーボードクラッシャー紅
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第6話 SNS必勝法


 炎城寺紅子@Redfaire

『先日ファイトマネーが振り込まれたので、車を買ってきました』

 

 炎城寺紅子@Redfaire

『車種はポルシェの911です。超かっこいい! 十八歳になって運転するのが楽しみです!』

 


「よし、送信っと」


 紅子は上機嫌でTwiterの書き込みボタンを押した。


 二度目のアカウント凍結は、一週間ほどで解除された。一度目の凍結解除には二週間かかったのに、なぜ二度目の方が短いのか、イルカに聞いてみたが、彼女にもTwiterの判断基準はよく分からないとのことだった。


 とはいえ、早めに解除されるなら、それに越したことはない。


 今日の紅子は、契約したばかりの車についての話題を上げていた。


「あとは写真を貼ればオーケーね」


 デジカメをUSBケーブルでパソコンに繋ぎ、ディーラーで撮影したポルシェの写真を取り込む。Twiterの画像アイコンをクリックして、取り込んだ写真を選択すると、みごと真っ赤なカレラ911がアップロードされた。


 パソコン購入から三週間、紅子もこれくらいの操作はできるようになったのだ。


「よーし、今日はどんどんツイートしていくわよ」


 車を買うことを決めた動機や、ポルシェに決めた経緯、カレラ911がいかに素晴らしいかの感想などなど……語りたいことは山ほどある。


 しかし、紅子がツイートするのを待っていたかのように、今日もアンチが現れた。

 


『こんな小娘に、ポルシェのフラット6が理解できるのかねえ……外車を女のアクセサリー代わりに使うのはやめて欲しいよ。あと車じゃなくて、“クルマ”だから』

 

『ポルシェのディーラーも、下品な成金にやって来られて迷惑してるでしょうね。おなじ日本人として恥ずかしいです』

 

『また自慢話かよ。毎日飽きないなお前www』

 


「むっ……早速ゴミどもが湧いてきたわね」


 ネット界一の嫌われ者である紅子のTwiterは、もはや完全な無法地帯と化していた。


 常人ならアカウントを消して引退するレベルの、誹謗中傷の嵐が毎日吹き荒れているが、あいにく紅子に逃げるという選択肢は存在しない。

 


 さくらもち@seeBall7

『あなたのようなお金持ちには想像できないかもしれませんが、いま日本では多くの人が失業して苦しんでいるんですよ。そんな中、札束持ってこれ見よがしに高級車を買いに行くような、贅沢はどうなんでしょうね』

 


「またこいつか。毎日ヒマなやつね」


 紅子のTwiter開設直後から絡んでくる、筋金入りのアンチの一人『さくらもち』だった。


「ふん、けどわたしはもうネット上級者よ。これくらいで取り乱したりしないんだから。さあ、反論をくらえ!」


 紅子は意気込んでツイートを書き込んだ。

 


 炎城寺紅子@Redfaire

『わたしはいつも、ファイトマネーの半分を慈善団体に寄付しています。どうです、これでもまだ文句ありますか』

 

 さくらもち@seeBall7

『お金で名誉を買おうとするなんて浅ましいですね』

 


「はあああああ!?」


 会心の一撃、と思っていたのに相手は平然と因縁をつけてきた。


 他のアンチたちもここぞとばかりに同調する


 

『ほんとそれな。金さえ出せば偉いと思ってるの?』

 

『金で人の心を買えると思っているのが本当に恥ずかしい……』

 


「どーしろって言うのよ!」


 紅子は机を殴りつけて叫んだ。


 さすがにもうキーボード破壊はしなくなったが、腹が立つことには変わりない。


「また煽られてるんですか、お嬢様」


 イルカが、シェイクしたプロテインを持って部屋に入ってきた。


 紅子はシェイカーをひったくって、一気に飲み干す。


「ごくごく……。ふー……よし、タンパク質補充完了。これで少し落ち着いたわ」


「お嬢様に足りないのは、タンパク質よりカルシウムでは? レスバトルは怒ったら負けですよ」


「なに言ってるの。怒りこそわたしの原動力なのよ」


 紅子はシェイカーをイルカに返して、ふたたびパソコンに向き直る。


「くそ、2ちゃねるの連中が下品な小学生男子なら、Twiterは中二病の集まりね。バカのくせに、自分を賢いって思い込んでるから、余計にたちが悪いわ」


「彼らはみな、斜に構えてニヒルな戯言使い(ツイッター)を気取りたいのですよ」


「その言い方も気取っててムカつくんだけど」


 紅子は憮然として言った。


 ともあれ、レスバトルとなればイルカが頼りだ。


「ねえイルカ。わたしのことディスってくる、こいつらを黙らせる方法教えてよ」


「またですか。それにしても、ここまで荒らされるとは、そうとう悪質な相手に粘着されていますね」


「そうなの? Twiterってどこもこんなもんかと思ってたわ」


「そんなわけないでしょう。百合漫画に汚いおっさん出しても、ここまでは荒れませんよ」


 イルカは紅子からマウスを受け取り、Twiterの書き込みを確認した。


「ふむふむ。お嬢様の『ファイトマネー寄付』発言に対し、安易な嘘松認定ではなく、事実を認めた上で、その行動自体をエセヒューマニズム的批判で反撃してくるとは……こやつ、なかなかやりますね」


「なに褒めてんのよ。こいつはわたしを叩いてくる敵なのよ」


「たとえ敵であろうとも、強いものは強いと認めるしかありません。まあ、それでもわたしの相手ではありませんがね」


「イルカってそんなに凄いの?」


「わたしはこれでもネット最強のレスバ王ですよ。恥ずかしながら、炎上のプロを自負しております」


「本当に恥ずかしいわね」


 紅子は呆れて言った。


 イルカは昔から、暇さえあればパソコンやスマホをいじっている少女だったが、二年間見ないうちにとことんこじらせてしまったようだ。



「ま、そんなに言うなら当然こいつらに勝てるんでしょうね。どうすればいいのよ?」


「ふふ、よろしい。今回は特別に、Twiterレスバトルの必勝法をお教えしましょう」


「必勝法!?」


「はい。これはTwiterのみならず、あらゆるSNSで応用可能な必勝法です」


「そんなもんがあるの……それってなんなのよ」


「お嬢様は、この世で最強の力とはなんだと思いますか?」


「そりゃ当然わたしでしょ。わたしのパンチは世界一だもん」


「違います」


 イルカはやれやれと首を振り、その後おごそかに言った。


「この世で最強の力。それは、お金です」


「はあ?」


「お嬢様。先日ポルシェを買ったとき、支払いは現金でされましたよね」


「もちろん。いつも現金一括払いが、わたしの流儀よ」


 紅子にとっての「現金払い」とは、銀行振り込みではなく現ナマのことである。


「さすがお嬢様。ン千万の札束持って外車を買いに行くなんて、全人類の夢ですよ」


「だったら、どうして叩かれるのよ」


「『どうして』ではなく『だから』叩かれるのだとご理解ください。……で、そのときの現金が、いくらか余っていれば都合がいいのですが」


「そこのクローゼットに入ってるわよ」


 イルカがクローゼットの扉を開けると、札束の詰まったコンビニ袋が置かれていた。大金の保管方法としては不用心極まりないが、この部屋には世界最強の自宅警備員が駐在しているので、イルカも特に気にしない。


「ひい、ふう、みい……全部で六百万円ですか。十分です」


「まさか、そのお金でTwiter運営を買収してアンチ共を追放しようっての?」


「いやいや。いかにお嬢様といえど、Twiter社を金で従わせるなんて不可能ですよ」


 もともと資産家の娘である上に、自分自身もトップアスリートである紅子の財力は、常人とは桁が違う。それでも、世を統べる巨大IT企業であるTwiter社の資本に比べれば、チリのようなものである。


「むむむ……じゃあどうするのよ」


「こうするのです」


 イルカは、六百万の札束を写真に取り、メッセージを添えてツイートを書き込んだ。

 


 炎城寺紅子@Redfaire

『わたしの悪口を言っている人達はすぐ謝ってください。謝った人にはこのお金をあげます』


 

「えええっ!?」


 これにはさすがの紅子も面食らったが、イルカは自信満々に胸をそらす。


「これで、今までいきがっていたアンチ共は、即座に手のひらを返してきますよ」


 はたしてその言葉通り、一分と経たないうちに大量のリプライが送られてきた。


 

『ひどいこと言ってすみませんでした! お金ください!」

 

『ごめんない炎城寺さん! 金ほしいです!』

 

『申し訳ありませんでした! 反省してますあやmります! ください!』

 


「な、なによこいつら……!」


 アンチたちのあまりに露骨な態度の急変ぶりに、紅子は喜ぶよりも引いてしまう。


「こいつら、ついさっき『金で人の心を買えると思ってるのが浅ましい』とか言ってたくせに……どんだけ薄っぺらいのよ!」


「その言葉も、まったくの間違いではないですがね。この世には三種類の人間がいるんですよ。金で買いたくても買えない人間を一流、金で買える人間を二流、金で買う価値もない人間を三流と呼ぶのです」


 イルカが解説する。


「三流の連中ってのは、とかく自分を『買ってもらえない人間』ではなく『買えない人間』なんだと強がるものです。……ま、そんな自己欺瞞も、目の前に札束ちらつかせれば、こうなるわけですが。うえへっへ」


 その後しばらく一、二行の短い謝罪ツイートが続いたが、十分ほど経ってからは、言い訳がましい長文が送られてくるようになった。


 

『すみません、どうやら幼い子供がイタズラでスマホをいじって、炎城寺さんの悪口を書き込んでしまっていたようです。私には五人の子供がいて、みんなお腹をすかしています。本当に厳しい状況なのです……どうか助けてください……』

 

『先程までのツイートは、すべて友達がいたずらで書き込んだものです。僕は炎城寺さんの大ファンです。炎城寺さんのことは、デビュー当時からずっと応援してきました。全米トーナメントで優勝された時は、本当に嬉しくて涙を流しました。お金ください』

 

『申し訳ありません、友人が私のアカウントを勝手に使って、炎城寺さんの悪口を書き込んでいたようです。ツイートはすべて削除しておきました。友人が不快な思いをさせてしまったことをお詫びするとともに、お金をもらえますようお願いいたします』

 


「こいつら……友達だの子供だの、人のせいにして恥ずかしくないの!? バレバレの嘘ついてんじゃないわよ!」


「こういう輩にはお仕置きが必要ですね」


 ふたたびイルカがツイートを送信する。


 

 炎城寺紅子@Redfaire

 『嘘をついて他人のせいにする人にはお金をあげません。許してほしかったら、一分以内に土下座している写真をアップしてください』


 

 傍若無人極まりない要求だったが、もはや完全に奴隷と化した紅子アンチ達は、即座に土下座ツイートを連発してきた。

 


『土下座の写真アップします。これで許してください』

 

『すみません、どうしても六百万がほしいんです! この通り土下座しますから!』

 

『申し訳ありませんでした! 謝りますからお金ください!」

 


「あははははは。醜い連中ですねえ、お嬢様。ゴミどもの狂乱する様が愉快でたまりませんよ」


 イルカが腹を抱えてゲラゲラと笑う。


 地獄のように荒れていた紅子のTwiterは、もはや完全に別世界……というより、別の地獄へと変貌していた。


「ご覧ください、アンチどもはすべてひれ伏しましたよ。お嬢様の完全勝利です」


「…………いや、いや!」


 呆然としていた紅子だったが、やがて状況を理解して頭を振った。


「どこが勝利よ! なんでこんな奴らのために、六百万円も使わなきゃならないのよ!」


「ははは。なにを言ってるんですか、お嬢様」


「え……?」


「本当に払うわけないでしょう。こんな連中に、一円もくれてやる必要はありません」


 イルカは平然と言い放った。


「ええええっ!? それっていいの? 詐欺じゃない」


 紅子の頭は極めて単純なので、払うと言ったものを払わないと警察がやって来て逮捕されるのでは、と怯える。いくら紅子でも、国家権力を相手に喧嘩して勝つ自信はない。


「こんな与太話(ツイッター)で、詐欺罪が成立するわけないでしょう。仮にこいつらが警察や裁判所に申し立てたところで、笑いものにされるだけですよ。逆に言えば、この連中はそんなことも分からずに、本気でお金がもらえると信じていたんですから、救いようのないバカどもですよね、まったく」


「そ、そうなんだ……」


「はい。ですから遠慮なく、止めの一撃をツイートしてください。『嘘だよバーカ』と」


 イルカが、パソコンの前から立ち上がって紅子に交代する。


 最後の美味しいところは主人に譲るのが、出来るメイドの嗜みというわけだ。


「よーし! ふふふ、やってやるわ、盛大に煽ってあげる!」


 気を良くした紅子は、腕をぐるりと回して勢いよくキーボードを打ち、ツイートボタンを押した。


「くらえ、金の亡者ども!」

 


 炎城寺紅子@Redfaire

『嘘だよバーカwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww』

 


「これでよし、っと」


「出たー! お嬢様の草四十一連だー!」


 イルカが、太鼓持ちよろしくはやし立てた。


 案の定、金欲しさに媚びへつらっていたアンチ達は、ふたたび手のひらを返して紅子への猛抗議を開始した。


 

『嘘つき』『詐欺だ』『警察呼ぶぞ』『こんなことして恥ずかしくないのか』『最低な金持ち自慢』『親の顔が見たい』『くそ女』『絶対許さない』『払わないと訴える』『貧しい人の心をもてあそんで楽しいか』『日本人の恥』『死んでほしい』『道徳のかけらもない』『幼稚園児かよ』『死ね』

 


 元から荒れていた紅子のTwiterに、さらに倍ほどの勢いで批判が殺到する。


 だが、すでに醜く薄っぺらな本性を露呈してしまった彼らが何を言っても、もはや紅子にはなんのダメージもない。恥だの道徳だの偉そうに語ってくる連中も、つい数分前に金くださいと紅子に土下座していたのだから、当然である。


「はっはっは。カスどもが、今さら正義感ヅラして取り繕っても遅いのよ。いい気味ね」


 紅子はご満悦である。


「イルカ、よくやったわね。さすがわたしの右腕だわ、ほめてつかわす」


「いえいえ恐縮でございます」


「ごほうびに、わたしが免許取ったらすぐポルシェでドライブに連れてってあげるわ」


「あー……いえ、それは……。すぐじゃなく、しばらく練習してからの方が……」


 イルカが口ごもっていると、パソコンから電子音が鳴り、通話の呼び出しウィンドウが表示された。


「あ、スカイプだわ」


 先日、そよぎに勧められて登録した通話アプリだった。


 呼び出しの発信者の名前も『Soyogi』、海原そよぎだった。いまのところ、そよぎ以外にかけてくる相手はいないのだから当たり前ではある。


「はいはい。どうしたのよ、そよぎ」


 レスバトルに勝利して上機嫌な紅子は明るく応答したが、そよぎの方はなにやら深刻な表情で、問い詰めるように話しかけてきた。


「お姉ちゃん、なにやってるの……!?」


「え?」


「Twiterでお金を見せびらかすなんて、駄目じゃない!」


 意外な方面から非難がやって来た。


「な、なんで知ってるのよ。そよぎはTwiterやってないんじゃ……」


「わたしのサイトで話題になってるの! 掲示板が炎上しちゃってるんだよ!」


「ええっ!?」


「お姉ちゃん……お金の写真をアップして、土下座すればこれあげるって言ったんだね」


「うん、まあ」


「本当なんだ……はあ、どうしよう……。ただのでっち上げの書き込みなら削除するんだけど、本当にやったんじゃ擁護できないよ……」


「だって、あいつらが汚い真似して、わたしをバカにしてくるんだもん」


「だってじゃないでしょ。相手がずるいことしたら、自分もずるいことするの? そんなの駄目だよね。自分が卑怯なことをしちゃったら、もう卑怯な相手を批判できないんだよ」


「…………」


「お姉ちゃん、わかってるの?」


「はい」


 なぜ小学生に説教されなくてはいけないのか、と思う紅子。だが反論を思いつかないのだから仕方がない。


 そよぎは、とにかくこれ以上暴れるのはやめて、と言って通話を終えた。


「そよぎ様のサイトというと、以前見た『炎城寺紅子ファンサイト』というやつですよね」


「そうね……イルカ、あんたちょっと様子見てみてよ」


 そよぎの運営する紅子のファンサイトに紅子は出禁になっているので(どう考えてもおかしいと紅子は思っている)、イルカがスマホを使ってサイトを開いた。

 


 162:

『炎城寺選手のTwiter、凄いことやってる……』

 

 163:

『ええっ……なにこれ……』

 

 164:

『こんな人だったなんてショックです』

 

 165:

『たしかに荒らしもひどいけど、だからって札束の写真をアップするなんて、どうなの』

 

 166:

『ひどすぎる。がっかりした』

 

 167:

『ありえないでしょ、これは』

 


 そよぎの言葉どおり、紅子を崇拝するファン達は、今回の騒動に大きく遺憾の意を示していた。


「そ、そんな、わたしのファン達が……! ちょっとイルカ! どうしたらいいのよ!?」


 紅子としては、ほんの火遊びのつもりが、自宅に飛び火して全焼した気分である。


「……早すぎますね」


 イルカが神妙な面持ちで言った。


「え?」


「このような事態を防ぐために、アンチを煽ったあとはすぐにツイートを削除するつもりだったのですが……あまりにもファンサイトへの情報流出が早すぎるのですよ」


「早すぎるって……」


「このような場合は、確実に悪意ある扇動者がいるものです。……おそらく、『炎城寺選手のTwiter、凄いことやってる……』と言って、最初にリンクを張ったこの162番は、お嬢様のTwiterに粘着していたアンチの誰かですね」


「なんですって!?」


「Twiterで共にお嬢様を叩いてた仲間が金で寝返ったので、戦略を切り替えたのでしょう。あえて潔癖な紅子信者達に情報をリークして、信頼を損なわせ炎上させるという狙いですよ。清流転じて毒と成す……元信者がアンチ化するほど恐ろしい事はないと言いますからね」


 ふむふむ、と感心するイルカだったが、紅子はもうそんな講釈など聞き流して、パソコンのキーボードを打ち込んでいた。


「あれ、お嬢様。なにやってるんですか」


「謝罪のツイートを書き込んでるのよ。今回のことは、確かにこっちが悪いんだからしょうがないわ。この度は不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした、と……よし、書き込み――」


「緊急回避ィィッ!!!」


 紅子がツイートボタンを押す直前、イルカがパソコンのコンセントを引き抜いた。


 電源が一瞬で落ち、モニタが暗転する。


「あーー!」


「お、お嬢様! なんて恐ろしいことをするんですか!」


「はあっ!? 恐ろしいのはアンタよ! なんで毎度毎度、強制終了すんのよ! パソコン壊れるじゃない!」


「あんな破滅的なツイートを書き込むくらいなら、パソコンぶっ壊れた方がマシです」


「なにが破滅的よ。ああなった以上、素直に謝るしかないじゃない」


「それはリアルの論理です」


「はあ?」


「レスバトルは謝ったら負けです」


「ええっ!?」


「いいですか、インターネットにおける謝罪とは無条件降伏に等しいのです。一度謝罪すれば、溺れた犬のごとく徹底的に叩かれ続けます。謝ったのだから許してやろう、などと考える人間はネット上に一人もいません」


「じゃあどうするのよ」


「なんとか誤魔化すしかありません。とにかく、自分が悪いと認めることだけはタブーです」


「誤魔化すったって……この状況でどうすれば…………」


 紅子はしばらく悶々と悩みこんだが、ふと思いついた。


「…………あれ? でも考えてみれば、実際わたしは悪くないんじゃない?」


 札束をちらつかせてアンチを煽ったのは、イルカであって紅子ではないのだから。


「そうよ、本当のことを言えばいいだけじゃない」


 紅子はパソコンを再起動して、ツイートを書き込んだ。


 

 炎城寺紅子@Redfaire

『さっきのツイートは、友達がイタズラで書き込んだものです』

 


「これでよし」


 が、やはりと言うべきか、こんなことで納得するアンチではない。

 


 さくらもち@seeBall7

『人のせいにして恥ずかしくないんですか?』

 


「本当だっての! お前らと一緒にするな! うぎいいいーーー!」


 よりによって怨敵『さくらもち』に煽られ、顔を真っ赤にする紅子。


「いや、確かにお金の写真アップしたのはわたしですけどね。『嘘だよバーカ』と書き込んだのは、まぎれもなくお嬢様でしょうが」


 イルカが抗議する。


「それもあんたがやれって言ったからよ!」


「はあ……人のせいにして恥ずかしくないんですか」


 イルカの頭に紅子の鉄拳が直撃した。


「痛い! 暴力ですか! パワハラですよ!」


「うっさい! この駄メイドが! なにがレスバ王よ、あんたの言うとおりにしてレスバトルに勝ったことないじゃない! ほんっと使えないイルカねっ!」


「ああっ、なんてことを! 使えないのは使い手が悪いんですよ! イルカは本当は有能なんです!」


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