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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン3 大炎上
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第9話 小説家になる方法⑤

 それから、イルカと天馬はしばしば会うようになった。


 天馬は閉店後の「アサミ」に三日に一度は訪れ、執筆したシナリオをイルカに見せて感想を仰ぐ。イルカは小説のことはろくに分からないが、同人作品についてはそれなりに詳しいので、その経験から天馬にアドバイスをするのだった。


「ここは『処女膜』と直接的に描写するより、『純潔の聖域』あたりに変えたほうがいいですね」


「だから、もう少し恥じらいを持てって……」


 天馬は呆れながらも、イルカの指示通りにシナリオを修正する。


「ふむふむ……うん、いいでしょう。これで学園ラブコメのシナリオは完成ですね」


 イルカは天馬の作成したボイスドラマのテキストを依頼主に送信する。


「この仕事は完了ってことでいいのか?」


「向こうが書き直しを要求しなければね。まあ、大丈夫でしょう。このクオリティならクライアントも大満足で、気持ちよく報酬を払ってくれますよ」


「そりゃよかった。なんとか今月と来月の家賃は確保できそうだ」


 天馬がほっとため息を付く。


「ところで、この前納品したファンタジー作品の件ですがね。クライアントの『へんたいランドセル』さんが次回作もお願いしたいって言ってきてるんですよ。いやあ凄いですね天馬くん、大人気じゃないですか」


「どうせまた十八禁なんだろ」


「もちろん。当たり前じゃないですか」


「まあ……納期に余裕があれば受けてもいいけどな」


「その点は大丈夫です。前回と同じ文章量で納期は一ヶ月ですから」


「それなら今書いてる新作と並行して進められるな。分かった、オーケーだ」


「じゃあ承認の返事を出しときますね」


 イルカはタブレットを操作して、クライアントにメールを送る。ここ数週間、イルカはすっかり天馬のマネージャーとなっていた。


 その傍らで、天馬はまた執筆作業を再開していた。


「それが今書いてる新作の小説ですか?」


「ああ。出版社のコンクールに出すつもりだ」


「コンクールって、選考が終わるまで何か月もかかるんでしょう。それより先にWEBの投稿サイトに出しませんか」


「投稿サイト?」


「『小説家であろう』とか『コクヨム』とかですよ」


「ああ、そりゃ駄目だ。このコンクールは未発表作品限定だから、WEBで公開したら応募資格がなくなるんだ」


「そんなもん黙ってれば分かりゃしませんよ。まずWEBに上げてみて、人気が出なければ削除して、改めてコンクールに出せばいいんですから」


「もしバレたらどうすんだ。せっかく受賞しても規約違反で取り消しになるぞ」


「今から受賞した時の心配ですか。図々しいですね」


「俺はいつだって勝つことしか考えていない」


 紅子が言いそうなセリフだった。


「不安ならタイトルとキャラの名前だけ、ちょこっと変えればいいんですよ。それでもう完全に別物、グーグル検索の目も誤魔化せます」


「ほんとかよ……」


 半信半疑の態度ではあったが、天馬はそれ以上反対しなかった。


 さっそくWEB投稿サイトを開いてアカウントの作成を始める。


「これが『小説家であろう』か、ちゃんと見るのは初めてだな」


「投稿だけじゃなくて、読んだこともなかったんですか」


 ほとんどの投稿サイトは、読むだけならアカウント不要なのだ。


「しょせん素人の遊び場だと思ってたからな」


「あなたも連載打ち切られたんだから、今は素人でしょうが」


「あれは正当な評価じゃないと言っただろ」


 アカウントの作成が完了し、天馬は『小説家であろう』の投稿作品に目を通す。


「ふーん……今のランキング一位の作品は……『勇者パーティーから役立たずと追放された魔術師の俺は実は転生した神の一族でレベル999の雷魔法で魔王を倒し嫉妬した勇者達も楽勝で返り討ちにして9999人の美女ハーレムを築いて田舎でのんびり暮らしました』……これ、タイトルなの? あらすじじゃなくて?」


「そういうのが今のトレンドなんですよ」


「どういうトレンドだよ」


「『一日に何百件も新規の小説が投稿される大手サイトにおいて、読者はいちいち本文やあらすじなんか読まない。だから、少しでも興味を引くためにタイトルであらすじまで説明した方がいいんだ』……と、一般的には言われています」


「一般的には?」


「ええ。この通説、わたしはちょっと違うと思ってるんですよ。わたしとしては、この長文タイトルは、一種の内容証明ではないかと考えています。作品の説明書というより保証書・・・なんですよ。『この小説は無双・ざまあ・ハーレムで、読んだあなたをちゃんと気持ちよくさせてあげますよ』ってことをタイトルで保証しているんです。現代のオタクは、自分の好みに合わない作品を読んで時間を無駄にすることを、非常に嫌いますからね」


「ふうん。そういえば、『無料のコンテンツが氾濫したことで、現代人の娯楽に対する価値観はコストパフォーマンスからタイムパフォーマンスに変化した』とかいうコラム記事を読んだことがあるな」


「おお、分かってくれましたか。さすが天馬くんですね」


 これがもし紅子なら、イルカの早口長文解説は半分も理解していなかっただろう。


「……なんだ、このサイト横書きなのか」


 投稿作品に目を通した天馬が不満を漏らす。


「このサイトっていうか、ネットの小説投稿サイトなんて、みんな横書きですよ」


「小説はやっぱり正統の縦書きで書かないと、気がのらないんだけどな」


「いちいち意識高い男ですねえ。何様ですか」


「俺は自分を天才だと思っている」


 天馬は大真面目に断言した。


「……よし、とりあえず序章は投稿したぞ。これでいいんだよな」


「はい、ちゃんとアップされてますね。これで人気が出てランキング入りすれば、出版社から書籍化のお声がかかりますよ。天馬くんが本当に天才なら、それくらい軽いものでしょう」


「当然だ」


 天馬は平然と言うが、イルカとしては極めて懐疑的である。


 元々、ネットへの投稿はダメ元で提案したことであって、天馬の小難しい小説がWEB小説の世界で人気を博すのは難しいだろう。


 そう考えていたのだが――――。




 意外にも、天馬の小説はイルカの想定をはるかに超えた絶賛で迎えられた。


 

『塩天丼さんの作品、すっごく面白いです! 一話から一気読みしちゃいました!』

 

『二章のラストでボロ泣きしました……今一番好きな作品です……!』

 

『続きはよ!』


 

 初投稿から二週間、毎日山のような感想が寄せられ、PVも評価ポイントも凄まじい勢いで増え続けていた。


「こんなに注目されるなら、もう少しまともなペンネーム考えればよかったな」


 『塩天丼』こと天馬はコメント欄に目を通しながらぼやく。


「凄いですね。また日間ランキング一位を取ってますよ」


「そりゃそうだ、俺はプロ作家だぞ。アマチュア相手に負けてどうする」


「元、プロでしょうが。いやしかし、たとえプロ作家でも千人単位のアクティブユーザーがいるWEB小説の世界で、ランキング入りするのは簡単じゃないんですがねえ」


 一般小説のベストセラー作家がWEB小説に投稿したものの、鳴かず飛ばずで終わる……なんてことが普通にある世界なのだ。

 

「ああ、そうだ。依頼を受けてた同人ゲームのシナリオ、仕上げてきたぞ」


「はい。後でクライアントに送っておきましょう」


 天馬がUSBメモリを差し出して、イルカが受け取る。


「『へんたいランドセル』さんからまた新しい依頼が来てるんですけど、どうしますか?」


「今でも三件抱えてるんだぜ。これ以上はさすがに無理だよ」


「報酬は前回の倍出すからなんとか頼む、と言ってますよ」


「うーん。まあ取り掛かれるのは来月からになるけど、それでもいいなら……」


「じゃあ、とりあえずそう返事しておきますね」


 同人の世界でも、天馬は大人気だった。


 活字に馴染みのないイルカにとっては、天馬の作品のどこがいいのか理解しがたいのだが、この界隈の人間は口を揃えて彼を絶賛する。


「ひょっとして、天馬くんって本当に天才なんですか」


「多分な。結果が証明している」


「才能も家柄も容姿も、みんな持ち合わせて生まれてきたわけですか。この世はなんて不公平なんでしょうかね……。せめてお嬢様のように頭が狂っていれば、可愛げがあったのに」


「どういう人間なんだ、そのお嬢様は」


 その時、天馬のパソコンにメールの通知が届いた。


 メッセージを読んだ天馬が、はっとして顔色を変える。


「どうしたんですか?」


「光弾出版の編集部からメールが来た。今WEBに投稿してる小説を書籍化しないかって……」


「ええっ」


 天馬の人気なら、いずれはそういうオファーが来てもおかしくないとは思っていた。しかし、投稿を始めてまだ二週間で連絡がくるとは、さすがにイルカも予想外であった。


「ネット小説の書籍化は大ブームで青田買いが進んでいるとは聞いてましたが……いやあ、想像以上ですね。それで、どうするんですか?」


「もちろん受けるさ。よろしくお願いします……と」


 天馬は上機嫌で了承の返事を出した。


 光弾出版の編集者は、社内で調整したうえで詳細を明日連絡する、と伝えてきた。


「どうだ千堂。これでもう俺を『元』プロとは呼べないだろ」


「二発屋ですね」


「三発目がないみたいな言い方やめろよ」




 だが、次の日。


「どういうことだよ!」


 天馬は、パソコンの画面を睨みつけて声を荒げた。


 光弾出版から『やはり昨日の話はなかったことにしてほしい』と連絡が来たのだ。


 天馬が理由を尋ねても『事情が変わった』と答えたきり、メールの応答はなくなった。


 イルカは考え込む。


「一度ならず二度までも、ですか……。以前に天馬くんの言っていたこと、あながち妄想でもないようですね…………」


 すなわち、天馬が小説家として成功することを阻む、なんらかの政治的圧力が存在する、ということだ。


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