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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン3 大炎上
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第8話 小説家になる方法④

「どうしました。天馬くんはファンタジー小説が嫌いなんですか?」


「そっちじゃねーよ! なんでそんなエロシーン書かなくちゃいけないんだってことだ!」


「エロゲのシナリオなんだから当然でしょう」


「先に言えよ!」


「言わなくても気付いてくださいよ。同人ノベル作品なんて九割方エロに決まってるじゃないですか。それ以外にシナリオライターの需要なんてないんですから」


「需要ないって……ひょっとして俺に来た仕事依頼って……」


「十八禁ボイス作品のシナリオ作成、十八禁ダンジョン探索ゲームの凌辱シーンのテキスト執筆……全部エロですよ」


「なんでそんな依頼ばっかり来るんだよ」


「そりゃ天馬くんから預かった小説の、セックスしてるシーンだけ抜粋してサンプルに上げましたからね」


「他の部分も公開しろよ!」


「そんなの誰も読みませんし、読んだとしても仕事の需要がないんですって」


「…………はあ……」


 天馬は深々とため息をついて、ソファに背を投げ出した。


「なんですか、その態度は。まさか今更やる気なくしたとか言わないでしょうね。もう仕事は受注して前金も受け取ってるんですよ」


「だから先に仕事の内容を言えよ」


「先に聞かないあなたが悪いんでしょう。……あのねえ、天馬くんはまだ小説家としては駆け出しなんでしょう。仕事をより好みできる立場だと思ってるんですか? どんな世界も新人は汚れ仕事からですよ。はあ……これだからお坊ちゃんは根性がない……」


「やめろ。俺はその嫌味を、生まれたときから百回は聞かされてきたんだよ」


「だったら結果を出しなさい。手を動かしなさい。どっちにしろ、お金が稼げないと今月の家賃も払えないんでしょうが」


「はあ。わかったよ」


 天馬は渋々とノートパソコンを開き、テキストエディタを起動した。


「で、まずはエルフがゴブリンに暴行されるシーン書けばいいんだな」


「そうです。『ゴブリンの太い毛むくじゃらの腕がエルフを捕らえ、おぞましい獣の口から滴るよだれがボトボトと……』みたいなかんじです」


「それはゴブリンじゃなくてオークだな」


「そうなんですか?」


「獣の顔と体毛を持つ怪物がオーク。ゴブリンは人間の半分くらいのサイズの子鬼だ」


「へえ。なんだかんだ言って詳しいですね」


「ファンタジーは嫌いじゃない」


「なら、この仕事向いてるんじゃないですか」


「エロが好きとは言ってないだろ」


 それから、天馬の執筆作業が始まった。


 嫌々ながらも、天馬は一度作業を開始すると尋常でない集中力を見せた。始めて一時間たっても、天馬の姿勢が崩れることも、よそ見をすることすら一切なかった。


「うん……まあ、こんなもんかな?」


 天馬がようやく手を止めて顔を上げたのは、一時間半後だった。


「お疲れさまです。それではさっそく見せていただきましょう」


 イルカは暇つぶしにいじっていたスマホを脇に置いて、天馬のパソコンを引き寄せてテキストを読みはじめた。


「うん、いい感じですね…………ほうほう……いいです、いいですよ天馬くん。すごいエロくて、エルフの美少女の屈辱と絶望がよく表現されています。これならクライアントもきっと喜ぶでしょう」


「そうかい。まあ、向こうが満足するならそれでいいよ」


「天馬くんも、昨日のお堅い小説より、美少女がエッチな目に合うシナリオのほうが書いてて楽しいでしょう」


「いや、楽しくないから。俺はもっと真面目な文章が好みだから」


「無理しなくていいんですよ?」


「してねーよ」


 その後、二人で夜食のカップラーメンをすすりながら小休止となった。


「こんなものしかなくてすみませんね」


「別にいいさ。シーフード好きだし」


「百二十円です」


「金取るのかよ」


「こっちもお金に余裕がないもので」


 二人そろって貧乏な若者というわけだ。もっとも、天馬はその気になればいつでも御曹司としての生活に戻れるのだろうが。


「天馬くんを見ていると、前の職場のお嬢様を思い出しますね。あの人も喧嘩は無敵だけどITには疎くて、わたしが色々と教えてあげてました」


「そのお嬢様は大変だったろうな。千堂のボケをいちいち相手しなきゃいけないんだから」


「どっちかというと、わたしがツッコミ担当だったんですけど」


「マジかよ……」


 天馬は驚愕に震えた。


「それで、この仕事は他にどんなシナリオ書けばいいんだ?」


「えーと……スライムに服を溶かされるシーンと、ゾンビの群れに犯されるシーンと、触手に種付けされて孕むシーンと……」


「……もうすこし、まともなエロシーンはないのかよ」


「純愛ラブラブえっちが書きたいんですね」


「どちらかと言えば、な」


「そういう依頼案件もありますよ。ほら」


 イルカはタブレットを操作して差し出す。


「十八禁同人ボイスドラマのシナリオ作成です。『陰キャでぼっちで情けない主人公が学校一の美人に惚れられてエッチする』って話です」


「なんで学校一の美人が、陰キャでぼっちで情けない主人公に惚れるんだ?」


「優しいからじゃないですか」


「美人には誰でも優しいだろ」


「そういう作品の根本的な部分を否定しないでください。……で、この仕事はテキスト三万文字で納期は一か月、報酬は三万五千円。どうしますか?」


「やるよ。承認するって返事しといてくれ」


「おや、案外素直ですね。なんだかんだ言って、男はこういうベタな萌えラブコメが好きなんですねえ」


「好きだからじゃなくて、生活に必要だからやるんだよ。糊口を凌ぐってやつだ」


「嘘つかなくていいんですって。本当は萌え萌えーな美少女が好きなんですよね。素直になってください。わたしは天馬くんの味方ですからね、笑ったりしません。好きなものは好きといいましょう」


「なんで俺をそういうキャラにしたがるわけ?」


 その後、天馬は凌辱ファンタジーをひとまず置いて、学園ラブコメの執筆に取り掛かった。


「あー、駄目ですよそれ。ボイスドラマなんだから、主人公の台詞や地の文をいれるのは駄目です。ヒロインの台詞だけで書いてください」


「ヒロインの台詞だけ? そんなんでどうやって話を作るんだ?」


「『膨張した亀頭が私のあそこの肉壁をかき分けて、ぎちぎちに挟まれたペニスが強引に出たり入ったりしてるわ! 何度も何度も打ち込まれて、おかしくなりそう! きゃあ! すてき!』……みたいに言わせるんですよ」


「お前には恥じらいってもんがないのか?」


「わたしが好きでこんなこと言ってると思うんですか」


「かなり楽しそうに見えるんだが」


 図星だった。


「というか、そんな実況みたいなこと言う女いるわけないだろ」


「だから、そういう作品の根本的な部分を否定しないでくださいって。あなたはあくまで雇われの立場なんですよ」


「へいへい」


 天馬がボイスドラマの原稿を一区切りつくまで書いたところで、時計の針は十二時を指していた。


「もうこんな時間か。そろそろ帰るよ」


「別に泊まっていっても構いませんよ。そのへんのソファで寝ればいいでしょう」


「さすがにそれはまずいだろ」


「なにがまずいんですか? あなたが今考えていることを、具体的に、詳細に、説明してください。ねえねえ、なにがまずいの?」


「黙れ」


「じょーだんですよ。そんなにムキにならないでください」


「……お前って変わったやつだよな、千堂」


「これでも前の職場では、常識人のポジションだったんですがね。ま、とにかく、お疲れさまでした。また原稿が一区切りしたら見せに来てください。わたしがチェックしてあげますからね」


「ああ。分かったよ」


 結局、天馬は素直にうなづいた。

 

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