第7話 小説家になる方法③
翌日。
天馬は自転車に乗って、待ち合わせの時間通りに閉店後の「アサミ」へとやって来た。
「いらっしゃい。そのへんのテーブルに座ってください」
「ああ、お邪魔します。……今さらだけど、勝手に部外者が入っていいのか?」
「店長から許可は貰っていますから」
天馬がテーブルにつき、イルカは厨房で昨日と同じインスタントコーヒーを入れてやる。
だがコーヒーを持ってフロアへ戻ると、天馬は電話中だった。深刻な声で、なにやら相手と揉め事らしい。
「……だから、俺は家に戻る気はない…………やっと認められてきたところで……べつに家督を継ぐのは長男じゃなきゃいけないことはないだろ……あいつも乗り気で…………」
声をかけるわけにもいかず、イルカは手持ち無沙汰で立ちつくす。
そんなイルカに天馬も気付いたようだ。強引に会話を打ち切ろうとする。
「今、人といるから切るぞ……いや、出版社の人じゃなくて………………おい、ちょっと待てよ、まさか連載打ち切られたのは……親父が……ああ、もう、とにかく切るぞ!」
天馬は電話を切り、ご丁寧にスマホの着信拒否まで設定してから、顔を上げた。
「悪い。待たせたな、千堂」
「いえ、おかまいなく」
イルカは手にしていたマグカップをテーブルに置き、天馬の対面に座った。
「家督がどうとか言ってましたけど、天馬くんってひょっとして、いい家の人なんですか?」
「……まあな」
「へえ。そういえば『空峰』って聞いたことありますね。貿易関係の事業をいくつも経営してる、すごいお金持ちの……あの空峰家ですか」
「親はな。俺にはもう関係ない話だ」
「ははあ、なるほど。天馬くんのお父さんとしては、息子が跡継ぎの立場を放棄して小説家になるなんて許せない、と。だから、親に進路を反対された天馬くんは家を出て、貧乏な生活をしてるわけですか」
「まあ、そんなところだ。馬鹿なやつだと思うか?」
「いえいえ、素晴らしいじゃないですか。生まれつきの恵まれた生活を捨てて、徒手空拳で夢を叶えようと頑張ってるなんて」
「そりゃあ、どうも」
天馬は拍子抜けしたように言った。イルカが素直に褒めたことが意外だったらしい。
「それで昨日、天馬くんの連載が打ち切られたのは、お父さんが出版社に圧力をかけたってことなんですか?」
「いや……俺もさっきはそう思ったんだが、多分違うだろう」
「なぜです?」
「確かに親父の力ならそれくらいの事はできるだろうけど、俺が英秋社で連載していたことを親父が知るはずないからな。ペンネーム使ってたんだし」
「ふうん」
イルカには引っかかるものがあったが、とりあえずうなづいた。
「ところで千堂、その格好はなんだよ」
「分かりますか。最近、髪が痛み気味でして。ドライヤーの品質が悪いんですかね」
「そんなこと言ってねーよ。昨日もそうだったけど、店が終わってからもメイド服着てるのか?」
「昔からずっとこの格好してるんで、もう慣れちゃってるんです。これが一番楽なんですよ」
イルカはコーヒーを一口すすり、タブレットを取り出した。
「さて。昨日言った通り、天馬くんのためにお仕事を受注してきましたよ」
「マジかよ。どうやったんだ?」
「これですよ、クラウドソーシングサイトです」
イルカはタブレットに表示されたWEBサイトを天馬に見せる。
「クラウドソーシングって……エンジニアがホームページ作製とかシステム開発を請け負うサイトじゃないのか」
「クラウドソーシングは別にエンジニア限定というわけではありませんよ。単なる事務職とか、音楽家とか絵描きに対する依頼もあります。そして、小説家のような物書きへの依頼案件も少なからず存在します」
「へえ。知らなかったな」
天馬はネット社会にあまり詳しくはないようだ。もちろん、紅子ほどのIT音痴ではないが。
「で、小説家……というかライターを募集しているいくつかの案件に、天馬くんの小説をサンプルとして応募してみたんですが……いやあ驚きました、大好評でした。すぐにでも仕事を頼みたい、って人が何人も出ましたよ。『俺の小説は滅茶苦茶面白い』って言葉、嘘じゃなかったですね」
「そうかそうか。ふふ、やっぱりな」
天馬はご満悦である。
「で、とりあえずピックアップしてきた案件なんですが……『同人ビジュアルノベルのシナリオを書いてくれ』というものです。納期二週間で五万文字、報酬は八万円。半分は前金でもらえます。二週間で五万文字はかなり特急納期らしいですが……どうですかね、これ」
「十分だ。前金で四万円もらえるのはありがたい」
「それでは、この仕事受けるってことでいいですね」
「ああ」
「じゃあ受注決定、と」
イルカはタブレットを操作してクライアントからの提案を承認する。
「報酬引き出すために、後で銀行の口座番号教えて下さいね」
「分かった。いや、助かったよ千堂。ありがとうな」
「お金もらっただけで満足しちゃダメですよ。ちゃんと仕事もしっかりやらないと」
「もちろん。俺の小説を評価してくれたクライアントのためにも、傑作を仕上げてみせるさ」
天馬は意気揚々と、リュックからノートパソコンを取り出した。
「で、具体的にどんなシナリオ書けばいいんだ?」
「まずは、エルフの美少女がゴブリンにレイプされるシーンです」
「なんでだよ!!!」




