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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン2 宿命の対決
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第22話 宿命の対決・紅子VSイルカ⑪


 だが、さつきが異議を唱えた。


「お待ちなさい。そよぎ様が犯人だというのは、根本的におかしいでしょう。犯人はこの屋敷のネット回線を使って、紅子様のブログを荒らしていたのですよ」


 もっともな反論である。


「そうですよね。この一週間、そよぎ様は一度もここに来てないんだから。うちのネット回線が使えるはずない」


 はじめも同調する。重蔵も、みい子もうなずいた。


 もちろん、それについても捏造する準備がイルカにはある。


(でもわたしばっかり喋ってると、目立ち過ぎでよろしくないんですよねえ……誰か気付いてくれませんかね……)


 リビングルームのローテーブルの上に、無造作に置かれた(ように見える)新聞の折込チラシ。そこには大手家電量販店が取り扱う、無線LANルーターの最新機種が掲載されていた。


『これ一台で大丈夫』『一軒家の隅々まで電波が届く』『浴室から庭まで安定した通信を』……そんな謳い文句が並んだ広告に、イルカはチラチラ目線を送る。


 そんなイルカの苦労が実ったのか、菜々香が言い出した。


「いや……出来ないことはない……かも」


「え?」


「ここのネット回線は、屋敷の中じゃないと使えないって思い込んでたけど、実際はそうじゃないでしょう。庭でも普通に使えるし……門から出ても、近くなら電波は届いてますもん」


「あ、確かに……。外に出ても、しばらくは4Gに切り替わらずにWIFIのままだよな」


(よっし! よくやってくれましたね、菜々香!)


 イルカは内心でガッツポーズをする。


「どういうことですか」


 スマホを持ってないさつきは、菜々香の言うことが理解できないようだ。


「えっと、つまり……この屋敷の敷地内に入らなくても、塀のそばまで寄ってスマホを使えば、うちのネット回線を使えるってことです」


 菜々香が解説する。


「だが、WIFIのパスワードはどうするんだ?」


 重蔵が異議を唱えた。


「うちのWIFIのパスワードは、無線ルーターのステッカーに書かれてるまんまじゃないですか。そよぎ様は何度もこの屋敷に来てるんですから、それを見て覚えておくだけですよ」


「なるほど……」


「ですが、そよぎ様がなぜそんな事をしなければいけないのです。仮にお嬢様のブログを荒らすにしても、自分の家の回線を使えばいいでしょう」


 今度はさつきが異議を唱えた。これまた、もっともな疑問である。


「それは……わからないですけど……」


 菜々香の推理はここまでのようだった。


「それには、二つの理由が考えられますね」


 イルカが代わって答える。


「ひとつは、お嬢様と同じ回線を使うことでアクセス禁止にされにくくするため。そしてもうひとつは……我々六人の中に犯人がいると思わせ、わたし達とお嬢様を仲違いさせるため」


 捏造である。


「な……」


「まさか、そよぎ様がそんなことを……!?」


「絶対に裏切ったりなどしない、固い絆で結ばれた忠臣であるわたし達が、お嬢様と仲良くしていたことに嫉妬したのかもしれませんね。悲しいことです」


 ぬけぬけとイルカは語る。


「……三日前、お嬢様が怒り狂ったタイミングで荒らしが止んだのは?」


「あの時、お嬢様の怒声は屋敷の外まで響いていたと、九条さんは言っていましたよね。ってことは、そよぎ様が屋敷の近くまで来ていたなら、やはり聞こえたということです。お嬢様の叫び声を聞いて慌てて逃げ帰り、それ以降は怖くなって荒らしを止めたのでしょう」


 もちろん捏造である。


「一応、筋は通っていますね……」


 それ以上は、誰も異議を唱えなかった。


 そよぎが犯人だとしてもおかしくはない、そんな空気が出来上がっていた。


 しかし、紅子は食って掛かった。


「待ちなさいよ! なに勝手にそよぎが犯人だって決めつけてんのよ!」


「べつに決めつけてる訳ではありません。ただ、そよぎ様以外にお嬢様のブログのことを知りえた人はいないのでしょう? 犯人はお嬢様のブログの存在を知っていた人間、それはもう確定事項(・・・・)なんですから」


 何の証拠もない推測を、イルカは図々しくも確定と宣言する。


「だからって、そよぎがそんな事して何の意味があるのよ。動機がないでしょ!」


「……お嬢様のような人生の勝利者には、わからないでしょうね。わたしには意味も動機も、十分あるように思えますよ」


「なんですって……」


「これは、わたしの口からはとても言い難いのですが…………。そよぎ様とお嬢様は、昔からとても仲良しで姉妹のように過ごしてきました。しかし今では、お嬢様は世界チャンピオンとして力と富と名声を手に入れた。それに比べて、そよぎ様はいつまでたっても凡人のまま……嫉妬の衝動に駆られ、お嬢様のブログを荒らすことで少しでも溜飲を下げようと、こんなことをしでかしたのではないでしょうか」


 イルカは実に悲しげに、捏造したそよぎの犯行動機を語る。


「いや、いつまで経ってもって……そよぎ様はまだ小学生だろ」


 はじめが呆れたように突っ込んできた。


「女は十歳すぎれば、もうマウント合戦が日常なのですよ」


 男の子にはわからないでしょうね、といったポーズでイルカは答える。


 次にさつきが突っ込んだ。


「そよぎ様は、今年の小学生模試で全国一位をとった優等生ですよ。どこが凡人だというのです」


 それは知らなかった。


 だが、イルカは即座に切り返す。


「その優等生、というのがガンなのです。真面目で大人しい秀才は、えてしてそのことをコンプレックスに感じ、自由奔放な不良に憧れと憎しみを抱くものです。どうです、九条さんの学生時代にも、そんな風に感じたことありませんか?」


「………………」


 真面目オブ真面目な九条さつきには、心当たりがあるのだろう。そのまま黙ってしまう。


 場の空気は「そよぎが犯人でもおかしくない」から「そよぎが犯人なのでは……?」へと変わりつつあった。


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