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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン2 宿命の対決
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第8話 転売屋を追いかけろ②

「って、わけなのよ」


 帰宅した紅子は、イルカに向かって事のあらましを説明した。


「……………………」


 イルカは呆然として聞いていた。


「イルカにあげるはずだったチケットはなくなっちゃったけど、あんたも文句はないでしょ? 可哀想な兄妹の人助けをしたんだからね」


「……お嬢様って本当にアホですね」


「はあ!? 誰がアホよ!」


「お嬢様。パソコンでオークションサイトを検索してみてください」


 イルカは言葉で説明するのも馬鹿らしいといった体で、机の上のパソコンを指さした。


「オークション? なによ急に……」


 ぶつくさ言いながら、紅子はパソコンを起動する。


 紅子とて、利用したことはなくともオークションサイトの存在くらいは知っている。とりあえずネット最大手のオークションサイトを開いてみると、トップページには『現在の目玉商品』として、様々な商品が紹介されていた。


「ふーん。現在の目玉商品は『イベントチケット』『格闘技』……こんなのもオークションで売られてるのね。誰の試合かしら………『炎城寺紅子VSリア・モンド』スペシャルマッチ……最上級VIP席チケット……現在の入札額四十万円……」


 はて、このチケットどこかで見たようなと紅子は首をひねる。


「……………………………………」


 数十秒ほど考え、ようやく紅子は状況を認識した。


「あのクソ野郎がああああぁぁぁぁ!!!」


 怒りの絶叫が炎城寺邸に響き渡った。


「あ、あ、あいつーーー! 全部ウソだったの!? わたしを騙したのね!」


「当たり前ですよ。そもそも、そんなベタな浪花節を信じる方がどうかしてます」


「こいつの家に突撃して、チケット取り返してくるわ!」


「どうやって? 住所わかるんですか?」


「…………………………」


 怒りくるい、今にも家を飛び出しそうだった紅子は、イルカの問いで途端に沈黙してしまう。


「…………いや、でも……なんとか…………あ、いいこと思いついたわ! わたし凄い!」


 圧倒的閃き、とばかりに紅子が胸をそらして解説を始める。


「まず、わたしが四十万でも四百万でもブチ込んで、このオークションを競り落とすのよ。それで、この嘘つき野郎にわたしのところにチケットを送らせる。そうすれば、宅配されてくる小包には、差出人の住所が書かれてるはずだわ!」


「その時点でチケットはお嬢様の手元にあって、相手は大金を手にしてますよね」


「…………払った金を取り返せば同じことよ!」


「それ強盗ですよ」


 どこまでも紅子は短絡的で暴力的である。


「そもそも、こんな奴はまともに住所公開して荷物のやり取りしませんよ。匿名配送かバーチャルオフィスを使って秘密にしてるはずです」


「うぎいいいいいいーーー! 悔しいーーー!」


 バンバン、と机を殴りつけて紅子は身悶えする。


 そうしている間にも、本日の目玉商品であるチケットの値段は上昇を続けていた。


「あ、また値段が上がりました。五十万ですか。さすがVIPチケットですね」


「く……ごめんねイルカ……あんたにあげるはずだったチケットが、こんな事になっちゃって……」


「まったくですよ。本来ならこの五十万は、わたしのものになる筈だったのに」


「あんたも売るつもりだったんか!」


「冗談ですよ」


 イルカは、本当に冗談なのか嘘なのかわからない口調で言った。


「ってゆーかさあ。オークションの運営も、なんでこんなのを野放しにしてるのよ。こいつ犯罪者じゃないの」


 紅子としては、そっちの方にも怒りを感じる。


「犯罪なんですか?」


 イルカがけろりとした顔で問い返す。


「当たり前でしょ、転売は犯罪よ。転売したやつは刑務所に行くのよ。特に、チケットを転売したやつは重罪で、死刑になるって今日マネージャーが言ってたわ」


「わたしはお嬢様のマネージャーに会ったことはありませんが、絶対その人そんなこと言ってないですよ」


 紅子の脳内では、犯罪者は全員逮捕されて刑務所に行くものだと設定されているが、もちろん実際にそんなことはない。


「たぶん、そのマネージャーさんは『チケット不正転売禁止法』のこと言ったんじゃないですかね」


「ああ。それよ、それ。チケットの不正転売は、法律で厳しく規制されているって言ってたわ。なんだ、やっぱり死刑になるんじゃない」


 紅子の脳内では、厳しい法律イコール死刑なのである。


「しかもこいつは、チケットをわたしから騙し取ったんだから詐欺罪も追加ね。転売と詐欺のコンボで確実に死刑よね」


「さて、どうでしょうかね」


「は? どういうことよ、こいつが死刑にならないっての?」


 紅子はどうあっても、この転売屋を死刑にしたいらしい。


「死刑どうこうでなく、そもそもこいつのやったことは罪にならない……法律になにも違反していないんですよ」


「はあ!? んなわけないでしょ!」


「お嬢様。『チケット不正転売禁止法』とは、その名のとおり『不正』な転売を禁止する法律なんです」


「転売は全部不正に決まってんでしょうが!」


「一概にそうとは決まってません。……えーと、ちょっとパソコンを使いますよ」


 イルカは紅子のパソコンで『チケット』『転売』をキーワードに検索し、とあるサイトを開いた。


「ああ、これです。ここに不正転売の定義が書かれているでしょう」


 と言われても、画面には小難しい文言がずらずらと並んでいるだけなので、紅子には一体なにが書かれているのかさっぱりわからない。


「ええと…………うん。……なるほど、うん。よくわかったわ…………」


「一体なにが書かれているのかさっぱりわからない、という顔ですね。解説いたしましょう」


 イルカがいつもの早口で語りだした。


「法律で禁止される転売とは、主に、以下の三つの条件のいずれかを満たしている必要があります。ひとつ、『販売元が転売禁止を明言していること』。ふたつ、『利益目的で、元の販売価格を超える値段をつけて転売すること』。みっつ、『最初から転売を目的として入手したこと』」


「全部当てはまってるじゃない!」


 やはりあいつは死刑だ、と紅子がいきり立つ。


「どこがですか?」


「ほら、公式サイトのこの注意書き見なさいよ! 『試合のチケットは転売禁止です』って書いてあるでしょ!」


「それは、公式サイトで販売しているSS席からB席までの一般チケットについての注意事項でしょう。お嬢様が渡したVIPチケットにも、同様の但し書きが記されているんですか?」


「それは……たぶん、なかったと思うけど」


「なら『販売元が転売を禁止している』という条件は満たしませんよ」


「そ、それでも元の販売価格を超える値段で転売してるじゃないの!」


「元々、売っているものではないんですから、販売価格を超えるもなにもないでしょう」


「だからってチケット一枚五十万円は異常でしょ! こんな値段で売っといて、利益目的じゃないなんて言わせないわよ!」


「その値段は、オークションの買い手が提示した値段であり、この転売屋がつけた値段ではありません」


「な……な………」


 次第に唖然として、紅子の声がふるえ出す。


「イルカ……あんた、わたしをやり込めていい気になってんじゃないわよ……」


 いつのまにか、レスバトルのごとく論破される形になっていた紅子は、怒りの対象をイルカに向け始めた。


「い、いまのはこの転売屋の思考の代弁であって、わたしの主張ではありませんよ」


 身の危険を感じたイルカは慌てて弁解する。


「……まあ、いいわ。それでもさ、こいつは最初から転売する目的で、わたしからチケットを騙し取ったのよ。それは誤魔化しようがないでしょ」


「それについては全くお話になりませんよ」


「はあ!?」


「この転売屋は、お嬢様に対して『チケットをくれ』とは一言も言ってないんですからね。あくまでも、お嬢様のほうから自発的にチケットをあげたのですから。騙すもなにもありません」


「ぐ…………ぐが……ぎ……」


 歯ぎしりして悔しがる紅子。


「なにか反論ありますか?」


 黙っていればいいのに、イルカはついそんなことを言ってしまう。


「イルカあああああああああ!!! あんたやっぱりわたしを馬鹿にしてるわねっ!!!」


「ち、違います! 違いますって! ひええええっ!」


 押せば爆発するボタンとわかっていても、押してしまうのがイルカの悪癖だった。


「そのへらず口、一生叩けなくされたいの!? そうなのね!?」


「すみませんすみません! 許してください!」


 今にも世界最強のパンチを叩き込もうと掴みかかる紅子を、イルカは必死でなだめる。


 さいわい紅子の真の敵は転売屋の方なので、イルカが十回謝罪したところで手を離して、パソコンの方に向き直った。


「あーくそ、まあいいわよ。とにかく、問題はこの転売野郎よね。絶対こいつは殺す! 法律がどうであろうと関係ない、わたしが法律なのよ!」


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