第24話 人狼ゲーム㉔「食うか食われるか」
10月6日。
日付が変わり、人狼ゲームの二日目が始まった。
「0時になりました。これより『騎士』が動き出します」
小田桐が時計を見て告げた。
「…………」
「先ほど申し上げたとおり、0時10分まではこの部屋で待機。その後、『人狼』である紅子様の行動開始です」
「…………」
「紅子様。聞いておられますか」
「ちょっと黙ってて」
「……失礼しました」
紅子は、少ない脳を振り絞って考えていた。
(今夜、誰を狙う……?)
もうイルカはいない。この後の選択は、全て自分自身で考えていかなければならないのだ。
(昨日と同じ、そよぎ? でも『騎士』は今夜もそよぎを守るかもしれないわよね)
この期に及んでまた襲撃失敗なんてことになれば、終わりだ。今度こそ、確実に村人チームを抹殺しなければならない。そのために狙うべきは、そよぎではなく――
「……『騎士』。今夜の襲撃で『騎士』をぶっ殺さなきゃ駄目よね。『騎士』はそよぎが『村人』だって知っているんだから。『騎士』が生きてる限り、そよぎは実質二票持ってるようなもんなのよ。だから、今夜中に『騎士』を消しておかないとジリ貧……そうよね、小田桐?」
「そのような質問にはお答えできません」
「分かってるわよ。……で、『騎士』を狙うにしても、それが誰かって事よね。そよぎ以外の全員に可能性はあるわけだけど……」
紅子は首をひねりながら、らしくもない論理的思考に没頭していく。
「『騎士』は、いったい誰? 天馬……ありそう。そよぎの意見に同調してるあたり、かなりそれっぽいわ。美雷……ありそう。『騎士』が名乗り出ずに護衛した対象を知らせる『十円玉ゲーム』を言い出したのは、あいつ自身がそれを皆に教えたかったからじゃないの? 紫凰……まあ、あるかもね。王我……こいつはないわね。王我がそよぎを守るはずないもん」
「あの。そういうお考えをいちいち口に出されると困るのですが」
小田桐が居心地悪そうに抗議してくる。
「わたしが勝手にしゃべってるだけだから気にしないでいいわよ」
「気になりますって。言っておきますが、私も『騎士』が誰かは知らないのですからね。喋りながら私の反応を伺っても無駄ですよ」
「はいはい。……ま、こう考えてみると天馬か美雷あたりが『騎士』の可能性が高い……と思うのよね……」
「…………」
小田桐はもう、紅子の言葉を無視することに決めたようだ。
「ただ、ここで美雷を消すのはマズイわよね。美雷は今のところ、わたしの唯一の命綱……っていうかスケープゴートになってくれてるんだから……」
となれば、狙いは一人に絞られるわけだ。
「消去法で……天馬かしらね……。うん、我ながら論理的な思考ね。でしょ、小田桐?」
「はあ。成否はわかりませんが、まあ考え方自体は筋道だったまっとうなものだと思いますよ」
「そうよね……うん…………」
◆――――◆――――◆
六郎太の書斎のドアがノックされた。
「入りなさい」
六郎太が声をかけ、昨夜同様『騎士』が入って来る。
「こんばんは、『騎士』よ。昨日は見事に人狼チームの襲撃を阻んだの。今回も期待しておるぞ」
「………………」
「では今夜の護衛対象を指定をしてくれ」
「空峰天馬を指定します」
「ふむ。理由を聞いてもいいかな?」
「この状況で『人狼』が一番狙う確率が高いのが天馬だからです」
「そうか。あいわかった。戻って良いぞ」
『騎士』は、軽く頭を下げて書斎を出て行った。
「さーて、結果はどうなるかの」
◆――――◆――――◆
「……やっぱ違うわ、これ」
紅子は首を振り、ため息をついた。
「こんなふうにごちゃごちゃ考えてみたところで、わたしはイルカとは違う。どうせ大ハズレなのよ」
天馬を狙うとした結論を放り投げ、紅子は立ち上がった。そのままドアの方へ歩いていく。
小田桐が声をかけてきた。
「紅子様。まだ部屋から出てはいけません」
「分かってるっての」
紅子はドアの前に立ち、このフロアの構造を思い出した。
この部屋から出て右隣にはイルカの部屋がある。その右に、そよぎの部屋。その先には階段があり、屋敷の一階へと続いている。逆に、この部屋の左隣には紫凰の部屋。さらに先には天馬、王我、美雷の客室があり、その先は行き止まりだ。
「………………」
時刻は0時5分。
おそらく、六郎太のもとを訪れた『騎士』が、そろそろ自室へ戻ってくる頃だ。
紅子はその場で横たわり、耳を床の絨毯に押し付けた。
「あの……何をしていらっしゃるのですか……?」
五輪一族の奇行には慣れているはずの小田桐も、さすがに面食らっていた。
「ちょっと黙ってて」
紅子は意識を集中して耳を澄ませる。
「え……まさか……。その、ひょっとして……廊下を戻ってくる『騎士』の……足音を聞こうとしているのですか……!? こ、この部屋の中から……!?」
「黙ってろって言ってんでしょ。次に音たてたら殺すわよ」
小田桐は慌てて両手で口を塞いだ。
「……………………」
それから数十秒。
静まり返った部屋の中で、紅子は獲物を待ち構える狼のように身を伏せ、息を殺し、待ち続け……。
そして、聞いた。
部屋の外、階段の方からやって来て、通り過ぎていく、かすかな足音を。
「よし。もういいわよ小田桐」
そう言いながら、紅子は立ち上がった。
小田桐は身を弛緩させ、ほっと息を吐いた。
「……どうだったのですか?」
「ばっちり聞こえたわ」
「ほ、本当に……? この屋敷は元々ホテルですから、防音設備は完璧なはずで……廊下を歩く足音など、聞こえるはずが……」
「ふふん、凄いでしょ」
紅子は誇らしげに胸を反らす。
「おみそれしました。さすが紅子様です。ですけど、足音が聞こえたからといって、それがなにか意味があるのですか?」
「ふっ。やれやれね。分からないのかしら」
「恥ずかしながら」
「この客室フロアからお爺ちゃんの書斎に行くには、右手の階段を通って行くしかないでしょ。戻って来る時も当然同じ。自分の部屋に戻る『騎士』の足音がこの部屋の前を通りすぎて行ったってことは、つまり『騎士』の部屋はここより左にあるってことなのよ」
「そうですね」
「ってことは、ここより右に部屋のある、そよぎは『騎士』じゃない。残る四人のうち誰かってことよ!」
「………………」
「………………」
「………………」
「……って! そんなことはハナから分かってんのよ!」
苦労して手がかりを掴んだかと思いきや、結局なんのヒントにもなっていなかった。紅子にとって、客室の並びが悪かったのだ。
「残念でしたね。まあ、それはそうと、もう0時10分です。当主様の書斎へ向かってください」
「いや。まだよ」
「は?」
「あんたも一緒に来て」
紅子はドアを開けて、小田桐と共に廊下に出た。
廊下で紅子は再び横たわり、先ほどと同じように耳を床に押し付けた。
「小田桐。ここから隣の客室の前まで歩いてみて」
「え……」
「なによ。たかが歩くだけなんだから、べつにいいでしょ」
「は、はい。まぁ……」
小田桐は言われた通り、紅子の部屋の前から左隣の部屋まで歩き、止まった。
そこは紫凰の部屋だった。
「……違うわね。さっき聞こえた足音は、もっと遠くまで歩いて行ったわ」
紅子は首を振って言った。
「もう一度、今度は二つ隣の客室まで歩いてみて」
「……あの。冗談……ですよね……? いくら紅子様でも……こんな……足音の伸びていった先の部屋を特定するって……そんなこと、できる筈が……」
「いいからさっさとしろ」
常軌を逸した紅子の発想と聴覚に、小田桐はもはや恐怖していた。
震えながら、紅子の命令通り二つ隣の部屋まで歩いて行く。
「まだね。あともう少し……」
三度目の検証。
紅子の部屋から三つ隣まで、小田桐は歩く。
「そう、これだわ……! さっきの足音は、こんな感じだった……!」
紅子は起き上がり、小田桐が立ち止まっている部屋の前へ駆け寄った。
紅子の聴覚に間違いがなければ、ここが『騎士』の部屋だ。
その部屋の主は――――。