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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン5 史上最大の戦い
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第23話 人狼ゲーム㉓「獣の覚醒」


「判明しました。あのポリグラフが、美雷様に反応した理由が」


 小一時間、モニタ画面に目を凝らしていた男が、興奮気味に六郎太を振り返った。


「カメラに何か写っておったのか?」


「今、スローで再生いたします」


 六郎太の第四秘書を務める青年、古賀山がキーボードを叩いた。


 パソコンの画面に例の騒動――処刑投票前、そよぎが配ったグラスによるポリグラフ試験の映像が、十分の一のスピードで流れ始めた。


 この屋敷の公共スペースには、防犯用の監視カメラが設置されている。


 六郎太は、あの不可解な騒動の原因を探るため、食堂のカメラが録画していたビデオをチェックさせていたのだ。


「ここです。紅子様の前に、千堂イルカがグラスを持った時です」


 イルカがグラスを持ち、その色が変わっていく様子がゆっくりと再生されていく。


「この時の、ここで。紅子様の左手が、わずかに動いています」


「そうなのか?」


 六郎太は目を細めてモニタを凝視するが、齢八十の老眼には何も捉えられなかった。


「私にも、スロー再生にしてやっと見える程度です」


「お前でもか。今の紅子はそこまで速いのか」


 古賀山は三年前まで現役のプロボクサーだった男だ。動体視力の良さは図抜けている。あくまでも、常人の中ではの話だが。


「それで、この時に紅子様は何をしたのだ?」


 側に控えていた清水が聞いた。


「これは結果から逆算した推測になりますが……千堂のグラスが変色したことで、動揺した紅子様の手の平は大量に発汗した。それにより紅子様の手もまた変色したのではないかと思われます。そして、紅子様はご自分でそれに気付いた。ほら、ここで紅子様が視線を下に向けて手の平を確認しています」


 古賀山は、映像を一時停止して紅子の顔を指さした。


「そして紅子様は……その、信じがたいことですが……他の皆様が千堂イルカの様子に注視していた、その隙に……隣席の美雷様のグラス(・・・・・・・・・・)に手を伸ばして汗を押(・・・・・・・・・・)しつけた(・・・・)……のだと……」


 その言葉に、六郎太と清水はしばし啞然として固まった。


「……なんちゅう奴じゃ。たしかにあの瞬間は、全員がイルカ君にこれでもかと注目しておった。紅子の動きが盲点になるのは分からんでもないが……」


「し、しかし……卓上には六人の目があって……しかも、美雷様など自分の目の前にあるグラスに細工をされたのですよ……? それを誰一人気付かないなど……そんな馬鹿なことが……」


「それほど馬鹿げたスピードということじゃな、今の紅子は。五輪一族の中にあってなお、群を抜いておる」


「身体能力も当然凄いですが……。こんなことをとっさに思いつく、その度胸と機転に惚れ惚れしますね。やはり紅子様は全てが規格外だ」


 古賀山は本家使用人の半数を占める『紅子推し』の一人なのだ。


「機転とは少し違うな。紅子にそんな頭はないからの。ただ反射的に体が動いたんじゃろう」


「反射、ですか」


「急激な反射神経と運動速度の向上……噂に聞く『覚醒状態(ゾーン)』というやつかの。イルカ君が窮地に陥ったことで、紅子の潜在能力が解放されたんじゃろう。まさに野生の獣のごとき戦闘本能よ」


「『ゾーン』か。私も現役時代に聞いたことがありましたが、ただの与太話だと思っていましたよ」


 古賀山が、はっとして顔を上げた。


「旦那様……! ひょっとして先代の仰った『宮殿』とは、今の紅子様の『ゾーン』のことなのではありませんか……!?」


「……かもしれんの」


「では、やはり紅子様が跡継ぎになると……」


「その結論を出すのは早すぎるじゃろ」


 はやる古賀山を、六郎太はたしなめた。


「勝負はまだ終わっておらん。というか、現状では人狼チームの紅子の方が圧倒的に不利なんじゃからな」


「確かに。汗を美雷様のグラスに押し付けたことは驚愕に値しますが、結果的に意味がありませんでしたからな。上手くいけば美雷様に罪をかぶせて千堂イルカは生き残る事ができたかもしれませんが、結局、天馬様によって阻まれてしまいましたからね」


 清水はさりげなく天馬の功績をアピールする。彼は『天馬推し』なのである。


「意味がない、とまでは言えんぞ。紅子を『人狼』と信じ切っていたそよぎに、一欠片の疑念を植え付けることには成功したからの」


「そうですね。あのポリグラフの結果にそよぎ様が困惑していたのは、傍から見ていても分かりました」


「うむ。……さて、そろそろ時間じゃな」


 パソコン画面の右下に表示された時計は、午後11時30分を示していた。


 あと30分で日付が変わり、人狼ゲームの二日目が始まるのだ。


 六郎太は身をひるがえし、廊下へ歩き出した。清水と古賀山も無言で付き従う。


「知恵袋のイルカ君が消えて、紅子は絶体絶命……。しかし、まだ分からんぞ。追い詰められた猛獣ほど、恐ろしいものはないからの」




◆――――◆――――◆




 午後11時55分。


 部屋の外に誰かが立つ気配を感じて、紅子はベッドから起き上がった。


 ドアを開けると、果たしてその通り、進行役の小田桐がいた。


「今日もあんたが監視役なのね」


「あ、はい。……私が来たことが分かったのですか?」


 ノックをする前に紅子がドアを開いたことを、小田桐は不思議そうに尋ねた。


「なんとなくね。なんか、今のわたし冴えてるみたいなのよ」


 紅子は、己の覚醒をそれとなく自覚していた。

 

 小田桐は昨日同様、部屋に入ってきて説明を始めた。


「あと5分で二日目の『夜』フェイズが始まりますので、これ以降の外出は禁止とさせていただきます。昨夜と同じく、0時10分まではこの部屋で待機。その後、『人狼』である紅子様が行動開始です」


「はいはい」


「なお、イルカ様がゲームから脱落されたので、今後は紅子様一人で襲撃対象を選んでいただくことになります。それと当然ですが、残った紅子様が処刑投票で殺されてしまえば、その時点で人狼チームの敗北となります。ご了承ください」


「分かってるわよ」


 結局。一日目の『夜』の襲撃は失敗し、逆に『昼』の処刑投票ではイルカをやられた。ここまでは惨敗、崖っぷちもいいところだ。


 ここから紅子が勝つには二日目と三日目、二回の襲撃をどちらも成功させて、二回の処刑投票をどちらも生き延びるしかない。その難関を、イルカ抜きで越えなければならないのだ。


「いいわ、やってやるわよ。見てろ、イルカ……!」


 不思議と紅子は落ち着いていた。


 窮地が集中力を高め、五感の全てが研ぎ澄まされていくのを感じる。


 今、紅子の精神テンションは最高潮を突破していた。


「紫凰、天馬、王我、美雷、そよぎ……! 五人全員、わたしがるっ……!」


 人狼ゲーム後半戦。紅子の逆襲が始まった。


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