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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン5 史上最大の戦い
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第19話 人狼ゲーム⑲「処刑の時間」


 人狼ゲーム一日目。処刑投票の時間がやって来た。


 紅子が食堂のホールへ到着した時、他の六人は既に集まっていた。六郎太や清水、メイドの江藤や小田桐も一緒だった。


「みんな集合早いわね。待たせちゃったかしら?」


「何をぬけぬけとほざきやがるんですの、この猿が。わざとのくせに」


 紫凰がさっそく嚙みついてきた。


 親戚の集まりではわざと遅れて、いとこたち相手に精神的マウントを取りたがるのが紅子の昔からの習性なのだ。


「おう。紅子よ、そこのグラスを取りなさい。とりあえず乾杯じゃ」


 六郎太がテーブルの隅に置かれたグラスを指さした。


 透明な液体の入ったグラスが二つ置かれている。


 見れば、イルカたちも一人一つ、同じグラスを手にしていた。


 紅子は言われた通りグラスを取る。


「もう一つ余ってるわよ?」


「あ、それはわたしのだね」


 そよぎが進み出て、残った最後のグラスを手に取った。


「よし、それでは皆の者。一日目の処刑投票を始める前に、この七人で最後の乾杯じゃ」


 六郎太がうながし、七人はグラスを軽く掲げてから口に付けた。


「かんぱーい、と……」


 紅子もグラスの中の液体を口にする。


 ジュースかシャンパンかと思っていたそれは、なんの味もしなかった。


「なによ、これ。ただの水じゃないの」


水杯(みずさかずき)……ですか?」


 天馬が聞いた。


「なによ、それ?」


「酒の代わりに水をついで乾杯することだ。室町時代に、戦に出る武士が今生の別れとして行った儀式だと言われてる」


「はっはっは。よい演出じゃろ? 今まさに、この中から一人とお別れになるんじゃからの」


「どんだけ劇場好きなのよ、このジジイ。やっぱ五輪の血統はイカれた奴ばっかりね」


 美雷が肩をすくめてグラスを置いた。


「いやいや、これは儂のアイデアではないぞ。そよぎが用意したんじゃ」


「そよぎが……?」


 紅子は自席の左に座っているそよぎに目を向ける。


「えへへ。面白いでしょ」


 少女はいつもどおり控えめに、はにかんで笑った。


 ――ぞくり。


 また、紅子の背に嫌な感覚が走った。


「そんな事より、お爺様。この後の投票の話を聞きたいのですがね」


 王我がたまりかねた様に切り出した。


「うむ。今5時40分じゃな。これから20分後、6時ちょうどに投票を開始する」


 六郎太は食堂の壁にかかった時計をちらりと仰ぎ見て、説明をはじめた。


「時間が来たら全員の投票が完了するまで発言は一切禁止。投票時には儂が配る用紙に名前を書いてもらう。その際、自分の書いた投票用紙を他者に見せることはもちろん禁止じゃ、よいな」


 七人全員が、軽くうなずいた。


「では皆の者。最後の話し合いを始め――――」


「『人狼』は紅子とメイドだ」


 六郎太が最後まで言い切る前に、王我がフライングで声を上げた。


「王我……お前な……まだ儂が喋っとるのに……。なんて奴じゃ……まったく……」


 六郎太はぶつぶつと不満を漏らしながらも、結局ため息をついて黙り込んだ。


 これで、舌戦の主導権はまず王我が握ったことになる。


「『人狼』のカードから紅子とメイドの指紋が検出された。それが全てだ。昼間はそこのメイドがごちゃごちゃ言い出して煙に巻かれたが、『指紋の偽造』など現実的ではない」


 王我の主張に対して、紅子は当然反論する。


「はあ!? なに言ってんのよ! 指紋が偽造できるってことはイルカが実際に証明してみせたじゃないの!」


「それはただ『不可能ではない』というだけの話だ。検出された指紋が本物か偽物かなど、現実の事件なら99パーセント本物に決まってる」


「なら100パーセントじゃないってことでしょうが」


「馬鹿が。そもそも人狼ゲームは100パーセントの確信を持って処刑する相手を決めるものではない。相対的に最も疑いが濃い奴を殺す、そういうゲームだ」


「うぐ……ぐ……」


 紅子の旗色が悪くなる。


 そよぎが王我に同調して口を開いた。


「そうだよ王我さん。わたしもそう思う」


「貴様の意見など聞いておらんわ!」


「ええ……」


 せっかく味方を得ておきながら、王我はそよぎ憎しで撥ねつけるのだった。


「カードの指紋ですか。結局はそこに戻って来るのですねぇ」


 紅子と同列に『人狼』扱いされているイルカが、のんきな声で言い出した。


「そうだよ。イルカさんは指紋は捏造だって言ったけど、それこそ捏造、でっちあげだよ」


 そよぎが断言する。


「そのことなんですがねえ。どうも、わたしには腑に落ちないことがあるんですよ」


「……なにが?」


「そよぎ様の行動には、決定的におかしい矛盾があるんですよ」


 場が不穏な気配に包まれた。


 そよぎがわずかに眉を寄せる。


(出た! イルカのやつ、また捏造する気だわ!)


 紅子は、ほくそ笑みながらテーブルの下の拳を握りしめた。


「矛盾? なんのこと?」


「そよぎ様。あなたは今朝、カードの指紋を調べてわたしとお嬢様を『人狼』と指摘されましたよね。まだ一日目の朝に『人狼』の正体を二人とも暴いてしまう。決まっていればまさに高速決着、1ターンキルでした。…………けどねぇ、これはおかしいでしょう」


「なにが?」


「なぜ、あなたは昨日のうちにそれをしなかったんですか?」


「えっ……」


「昨日の夜。カードが配られ、それが回収され、当主様がゲーム開始を宣言された直後。まだ誰も単独行動をとっていない、カードに細工をしようがない状態で、指紋を調べれば。これは全く疑う余地のない明白な証拠であり、完全勝利の0ターンキルだったんですよ」


 イルカはゆっくりと語り、そよぎに問いかけた。


「なぜ、そうしなかったんです?」


「……そんなことされたら、泣くぞ……儂……」


 六郎太がぼそりと言った。


「それは、ただあの時は気付かなかっただけだよ」


 そよぎが答えた。


「違いますね。あなたには、それでは都合が悪かったからです」


 イルカの捏造が始まった。


「あなたには、一晩の時間が必要だった! みんなが眠りにつき、食堂からも厨房からも人がいなくなり、カードに細工ができる時間が必要だったから! そう、あなたが『人狼』だったからです!」


 イルカはまるで正義の名探偵のごとき態度で、そよぎに指を突き付けた。


「だから違うよ。昨日はゲームが始まったばかりで、指紋を調べることを思いつかなかっただけ。今朝になって思いついたの」


 そよぎはあくまで冷静に反論する。


「どうして昨日の夜思いつかなかったことが今朝は思いつくんです? 人間の脳がもっとも活性化するのは午後6時から10時、まさにゲームが開始された時間ですよ? そのとき出来なかったことが朝の寝起きの頭で出来るなんてあるはず無い! そよぎ様の行動には一貫性がないんです! そう、明らかに矛盾しています! どう考えても不自然! おかしいんですよ!」


(イルカすげえええー! 言ってること無茶苦茶なのに、なんか勢いだけはすごい! 脳の活性化の時間とか、それ絶対適当でしょ!)


 紅子は内心、大喝采である。


「そう言われてみれば……おかしいような……?」


「確かに、初日に実行していれば即決着だったのは間違いないし……それが出来なかった……いや、しなかったとすれば……」


 紫凰と美雷が、ぶつぶつと言いながら頭をひねっている。


(よしよし。いいじゃん、いい流れよ……!)


 この二人をこちらに引き込めば、紅子とイルカを合わせて四票。過半数の票を押さえてそよぎを殺せるのだ。


 そう思ったのもつかの間。


「あははは。それだけ?」


 そよぎが笑い出した。


「え……それだけ……とは……?」


「あなたが用意してきた作戦はそれだけなの、イルカさん?」


「な……」


「ちょっとガッカリしたかなぁ。イルカさんってもっとスマートだと思ってたから。なのに、そんなゴリ押しの力技でくるなんて」


「…………」


 そよぎの余裕の態度に呑まれたように、イルカは口を閉ざした。


「脳が活性化するゴールデンタイムは夜じゃなくて朝。起きてから3〜4時間以内だよ。スマホで調べればすぐ分かるよ」


「い、いや。それは要点ではありません。わたしが言いたいのは、初日に指紋の調査を実行しなかったのは不自然だということで……」


「それならイルカさんも不自然じゃない」


「えっ」


「わたしが今朝カードの指紋を調べた時、どうしてその場で『不自然』を指摘しなかったの?」


「それは……あの時は気付かなかっただけで……」


「へえ。わたしが同じこと言ったとき、イルカさん『おかしいー!』『矛盾だー!』って騒いだよね?」


「いや……それは……」


「脳が活性化する朝に気付かなかったことが、どうして夕方の今になって気付くのかな? おかしいよね?」


「…………う……ぐ……」


(なによこれ……)


 イルカとそよぎのレスバトルを、紅子は呆然と見つめていた。


(そよぎがレスバトルしてるの初めて見た……。けど……でも、まさか……。レスバトルでも、そよぎの方がイルカより上なの……!?)


 学校のお勉強ならともかく、こと屁理屈合戦においてイルカを超えるものなどいないと思っていた。


 それがまさか、お上品な平和主義者のそよぎにあげ足を取られて言い負かされるとは。


「そこまでにしとけ。これ以上はただの水掛け論だ」


 天馬が仲裁に入った。


 助かった……と紅子は思う。そう思ってしまう時点で、そよぎに完全に押されているということなのだが。


「そうだね、無意味な口喧嘩で時間を無駄にできないよね」


 そよぎは壁の時計を見上げた。針は5時45分を指していた。


「……これからが本番なんだから」


 意味ありげに、そよぎは言った。


「本番? 貴様、またなにか始める気か」


 王我が聞いた。


「うん。『人狼』を見つけ出す実験をしてみたいんだけど、皆付き合ってもらえますか?」


 そう言ったそよぎに、誰も反対しなかった。王我ですら。


 いまや場の空気は、完全にそよぎがリードしていた。


 ぞくり、とまた紅子の背に鳥肌が立つ。


 そよぎは目の前のグラスを持ち上げ、皆を見回して言った。


「ごめんなさい。実は、わたしが用意したこのグラスには、ちょっと仕掛けがしてあるんです」


「仕掛け? それが『人狼』を見つける実験ってやつか」


「まさか、自白剤を盛ったとでも言うんじゃないだろうな」


「えええっ!?」


「ちがうよ。中に入ってるのは本当にただの水。仕掛けはグラスの外側(・・)にあるんです」


「いちいちもったいぶるな。さっさと話せ」


 王我がイラつきながら続きをうながす。


「このグラスの外側には、ある試薬が塗ってあります」


「試薬?」


 確かに、グラスをよく見ると水滴が薄っすら紫に色付いている。


「何よこれ。やばい毒薬とかじゃないでしょうね」


「別に毒性はないから安心して。厨房にあったナスビから抽出して作ったの」


「は? ナスビ?」


 そういえば、そよぎが食材を探しに厨房に訪ねてきたと岸本が言っていた。紫キャベツか、ぶどうか、ナスが欲しいと。


「アントシアニン色素…………PH測定液か……?」


 天馬が眉を寄せてつぶやいた。


「うん」


「おい、まさかお前……これ、ポリグラフか……?」


「そうだよ」


「本気かよ……」


 天馬は呆気にとられたようにそよぎを見つめている。


 しかし、というか当然、紅子には二人が何を言っているのか理解できない。


「ちょっと、何よそのポリなんとかって」


「ポリグラフ……いわゆる『嘘発見器』、だ……」


「はあぁあぁっ!? そよぎ、あんた正気なの!?」


 これまで何千何万と、自分が言われてきたその台詞を、紅子は初めて人に言った。



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