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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン5 史上最大の戦い
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第18話 人狼ゲーム⑱「別れの挨拶」

「ズルズル……水平線に沈む夕日が綺麗ですねえ……。もぐもぐ……この寒さでは海で泳ぐのは無理ですが……それでも結構バカンス気分を味わえますね……ズルズル……」


「ズルズル……のんきな奴だな……」

 

 初日の処刑投票を1時間後に控えたこの時。


 イルカはまた天馬と二人、バルコニーでカップ麺を食べていた。


「もぐもぐ。……ごちそうさま、と。いやぁ、こんな時間にカップ麺食べちゃって、夕食が入りますかねえ」


「夕食にありつけるとは限らないだろ。お前も、俺もな」


「そういえば、脱落者は夕食抜きなんでしたっけ」


 脱落者。すなわちこの後の処刑投票で殺される生贄。


 それがイルカにならないとも限らない。……というか、現状で最も処刑の票を集めそうなのはイルカか紅子だろう。


「千堂、午後はずっと一人でいたのか?」


「ええ。昼食のあとは部屋にこもって『人狼は誰かなぁ?』って考えてたら寝落ちしちゃって。さっき天馬くんがドアをノックする音で目が覚めたんですよ」


 天馬は、またカップ麺を分けてくれないかと頼んできたのだ。


「それにしても、お腹が空いたなら自分のとこのメイドさんに頼めばいいでしょうに」


 イルカ同様、空峰家のメイドも付き人としてこの島にやって来ている。


「あまり、あいつらには頼りたくないんだよ」


 天馬は苦い顔で答えた。


「はあ、なるほど。実家住まいだからってお家の人に借りを作っちゃうと、出て行きづらくなりますもんね」


「そうだ。今回にしたって、俺は付き人なんていらないって言ったのに、勝手について来て……」


「天馬くんにずっと家にいて欲しいんですね」


「俺に紫凰のお守りを押し付けたいだけさ」


「いえいえ、そんなことありませんって。皆さんきっと天馬くんの事が好きなんですよ」


 イルカは、天馬の肩越しにバルコニーの入口に目をやった。


 背を向けている天馬は気付いていないが、柱の陰からメイドが二人、ちらちらとこちらを伺っている。空峰家のメイドだった。


 二人は天馬を見守りながら、時折イルカのことを憎々しげに睨みつけている。彼女たちも紫凰同様、天馬となれなれしく話すイルカの事が気に食わないようだ。


 イルカは軽く息をついて、話題を変えた。


「天馬くんは、誰が『人狼』だと思っていますか?」


「まだ言わない。確証はないし、言えばまた水掛け論だ。……そういうお前はどう考えてるんだ、千堂」


「わたしはやっぱりそよぎ様かなって気がしますね。あんな指紋のトリックで潔白のわたしを陥れようとしたんですから。ただ、仮にそよぎ様だったとして、じゃあもう一人の『人狼』は誰かってことがまた問題ですよね」


「そうだな」


「わたし、案外そよぎ様と紅子お嬢様が『人狼』じゃないかと思ってるんですよ。そよぎ様が紅子お嬢様を『人狼』だと指摘したことがそもそもお芝居であって、ああしておけば二人が結託してることが盲点になる……って。どう思います、この推理」


 イルカは心にもない嘘を並べ立て、天馬の反応をうかがう。


「ま、可能性はあるかもな」


 天馬の答えはそれだけだった。言葉からも表情からも、その内心は読み取れない。


「やれやれ。その様子だとわたしのこともかなり疑ってますね」


「まあな」


「友達がいのない人ですねぇ……くしゅん!」


 夜が近づき、外気はますます冷え込んできた。


 イルカはぶるりと身震いする。


「うー、寒い……昨日より一段と冷えますねえ……」


「なんか上着持ってきてないのかよ」


「伊豆の島だからもっと暖いと思っていたんですがね」


 薄手のメイド服姿で震えながら、イルカはジャケットを羽織った天馬に羨望の視線を向ける。


「天馬くんは高そうなジャケット着てますね。名古屋にいた頃は毎日ボロ着だったくせに、家に戻ればお坊ちゃんですか、まったく」


 いかにも高級そうな生地を掴んで、ぐいぐいと引っ張ってみる。


「やめろ。これカシミアだから破けやすいんだよ」


「かー、このブルジョアめ! お嬢様みたいにユニクロ着なさいよ、このこの!」


 そんなやり取りをしていると、先ほどからこちらを伺っていた空峰家のメイドたちが殺意の視線を向けてきた。


「……なんなのあいつ……! 天馬様に向かってなんて馴れ馴れしい……! 天馬様も……なんで笑って許すのよ……!」


「あの子……炎城寺家のメイドってことは九条の後輩でしょ……慇懃無礼でふてぶてしいところ……そっくりだわ……!」


 そんなひそひそ声が風に乗って聞こえてくる。


(あらぁ。なんか滅茶苦茶嫌われてますね、わたし)


 イルカと天馬が仲良くしていると、紫凰も、小田桐や江藤もいい顔をしない。空気を読めるイルカは当然、そのことに気付いている。


(ふーむ…………)


 だが千堂イルカは、炎上の種を見つけると大喜びで燃料を投げ込む人間なのだ。


(…………ここでキスとかしたら、どうなるんでしょうか?)


 イルカは天馬のジャケットを掴んだまま、彼の整った顔をまじまじと見上げた。


(……………………)


 しばらく逡巡したあと、切り出した。


「天馬くん、ちょっと目をつぶってください」


「は? なんでだよ?」


「いいから、いいから。わたしがオッケーって言うまで開けちゃ駄目ですよ」


「なんだよ一体……」


 天馬は訝しがりながらも、素直に目を閉じた。


 イルカは、不意打ちのような真似をすることにわずかに罪悪感を感じる……なんてこともなく、一歩進み出て天馬に身を寄せた。


 先ほどから掴んだままのジャケットの襟をそっと引き寄せ、開いた胸元に手を伸ばし。


「………………」


 そして…………。


 唇を重ねた。


「――――っ?」


 その感触で、天馬は当然目を開く。


 ほんの一秒か、二秒の口付け。


 それでイルカは身を離した。


「千堂………お前………」

 

 天馬はただ茫然としていた。


 イルカは、唇に残った初めての感触をゆっくりと反芻する。


 そのキスの感想は…………。


「ラーメンくさっ」


 だった。


「おまっ……なんて言いぐさ……ってか、いきなり何すんだよ……」


「いや、つい爆弾のスイッチを押してみたくなって」


「わけわかんねーよ」


 イルカとしても、自分がなぜこんな行動をしたのか合理的説明ができない。


 なのでとりあえず、もっともらしい言い訳をすることにした。


「まーまー。お別れの挨拶とでも思ってください」


「お別れ……?」


「わたしが五輪一族の皆さんと対等でいられるのは、この人狼ゲームの間だけ。もし、この後の処刑投票でわたしが脱落したら、その時点でわたしはただの使用人です」


「………………」


「そうなれば、もう天馬くんと友達として話せる機会もなくなりますからね。お別れってことです」


 その言葉を聞いて、天馬は笑い出した。


「……く……くくっ……ははは……」


「なにがおかしいんです?」


「千堂。お前は恩人で親友だ。本気でそう思ってるぜ。……けど、まさか俺がそんなセンチメンタルな感情で、お前を蹴落とすことを躊躇する……なんて考えてないだろうな?」


 天馬の青い瞳が、紅子と同種の闘志を燃やしてぎらりと輝いた。


「ふふ。さすが。それでこそ空峰天馬ですよ」

 

 イルカは、本心からそう言った。



 赤い夕日が水平線へと差し掛かかったころ、江藤がやってきた。


「失礼します。5時30分となりました。処刑投票の前の最後の話し合いの時間を設けますので、二人とも食堂へお越しください」


「最後の話し合いですか」


「実質、話し合いというより騙し合い、足の引っ張り合いになるんだろうけどな」


「あはは。そうですねえ」


 天馬とイルカは、顔を見合わせて笑った。


 こうして笑い合うのも、これが最後になるかもしれない。


「じゃ、行くか」


 歩き出そうとした二人に、江藤が言った。


「あ、それと。入口で空峰家のメイド二人が気絶して倒れていたのですが、あれは何ですか?」


「ええ? 何やってるんだ、あいつら……」


「おやおや。ちょっと刺激が強すぎましたかね」


「はあ?」


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