第13話 人狼ゲーム⑬「動き出す天才」
「お爺ちゃん」
食堂のバルコニーでくつろいでいた六郎太のもとへ、そよぎがやって来た。
「おや、どうした。皆は和室に集まっていたようじゃったが。何か分かったのか?」
「『騎士』が昨夜誰を守ったか調べようとしたんですけど、分かりませんでした。それで結局、解散になったんです」
「そうか、残念じゃったのぉ。まあまだゲームは始まったばかりじゃ、この段階でそうそう上手くはいかんだろう」
「はい……。でも……」
「ん?」
「ひょっとしたら、分かるかもしれないんです」
「ほうほう、お前になにか考えがあるというのかな。面白いのお」
「それで、あの飾ってある人狼ゲームのカード……あれを見せてもらっていいですか?」
「別に構わんが。もうゲームであのカードを使うことはないぞ」
「うん。ただ、興味があるんです」
「ほう……」
六郎太は興味深げにうなずくと、食堂の中に戻った。
若い使用人を呼んで、壁に飾られたカードを額縁ごと取り外し、テーブルの上に広げる。
「ほれ、どうじゃ。このカードの絵柄は全部儂がデザインしたんじゃぞ。カッコいいじゃろ?」
日本の政財界の頂点に立つ老人が、トレーディングカードではしゃぐ小学生のように自作のカードを手に取り、自慢する。
「お爺ちゃんて本当に凝り性ですね。わざわざカード特注したり、満月の日にゲームの日程合わせたり」
「その方がカッコいいからじゃ。いくつになってもカッコよさを求めるのは大事じゃぞ。美学というやつじゃ」
「はい。そうですね」
美学――カッコよさを求めることが人を強くする。妥協すれば、人は弱くなる。
五輪一族は皆、それを本能的に理解しているのだ。
「お前のいとこたちもそれぞれの美学を追求しておる。紅子と紫凰は戦い、王我はビジネス、天馬は文学、美雷はゲーム……か……」
六郎太はなんとなく『人狼』のカードを取り上げた。
その正体が、目の前の少女が姉と慕う人物であることを、六郎太は知っている。
「そよぎ、お前の美学はなんじゃ?」
「わたしは……」
そよぎは『村人』のカードを取り上げた。
「この五輪一族の後継者を決める大勝負で……ノーマークのダークホース、最年少の養子が圧勝する……そういうのがカッコいいと思います」
「ほうほう、それはたしかにカッコいい。できれば、じゃがな」
「…………お爺ちゃん。この人狼ゲーム、暴力以外はなんでもありなんですよね」
「そうじゃ」
「さっきの朝食に使ったグラスって、まだ洗わずに残ってますか?」
「は……グラス……?」
予想外なそよぎの言葉に、六郎太はぽかんとして口を開く。
「まあ、多分まだ食洗機を動かしてはおらんと思うが」
「それを貸してください。あと、小麦粉を少し分けてもらえますか」
「グラスに小麦粉って……一体何をする気じゃ? それで何が分かるんじゃ」
「すべて、です」
「すべて……?」
「『人狼』が誰と誰なのか。それに『騎士』が誰なのかも。上手くいけばすべてが分かります」
◆――――◆――――◆
ちょうどその時。
紅子は、自室でおぞましい戦慄を感じていた。
――ぞくり。
(なによ……今の……!?)
それは、紅子が初めて味わう感覚だった。形容しがたい不安感、嫌悪感が、全身を総毛立たせる。
(凄く……嫌な予感がする……! 危険が……危険が近づいてる……!)
紅子の持つ野生の獣のごとき第六感、危険察知能力が大音量で警報を鳴らしていた。
(誰かが、わたしに牙を剥いている……誰、誰よこいつは……王我、天馬、紫凰!? ……違う……! 美雷……? それとも…………そよぎ!?)
そのまま五分か十分、悶々とした後。
ドアがノックされた。
「失礼します」
メイドの小田桐の声だった。
「なによ……十円のことなら、わたし知らないわよ。文句なら美雷に言ってよ……」
ドア越しに紅子は答える。
「いえ、そうではなく。そよぎ様がお呼びです、食堂に来てほしいと」
「そよぎが……わたしを……?」
「紅子様を、というかゲーム参加者の皆様全員を呼んでいます」
「なんで……?」
「『人狼が誰か分かった』と、おっしゃっています」
「!?」
「みなさん、集まってくれてありがとうございます」
紅子が食堂に行くと、他の六人は既に集まっていた。六郎太もいる。
テーブルの上には、額縁から取り外された人狼ゲームのカードと、そしてなぜか七つのグラスと皿に盛った小麦粉が置かれていた。
「……そよぎ。『人狼』が誰か分かったんだって?」
「そうだよ。これから、それを皆に伝えたいと思って」
「分かった人狼はひとり? それとも……」
「二人とも、だよ」
「………まさか」
そよぎの言葉が本当なら、今この時点で人狼チーム――すなわち紅子とイルカの敗北が確定したことになる。
(そんなこと……あるわけないじゃない……)
そもそも、そよぎは今日ほとんど誰とも話していない。
誰が怪しいかなど判断する材料はないはずだ。
「それで、関係者全員を集めてすべての真実を公表しようって? まるで推理小説のラストみたいね」
「推理小説にしては、まだ誰も死んでないけどな」
紅子以外の面々も、そよぎの言葉に懐疑的だった。
だが、そよぎは静かに断言する。
「みんなに納得してもらえるだけの証拠もあるよ」
「……そんなに言うなら、聞かせてよ。あんたの考えを」
そう言いながら、紅子の悪寒はますますひどくなる。
「うん。まず、わたしが用意したのは……」
「説明は後でいい。結論から言え」
王我がふんぞり返りながら口をはさんだ。
「誰が『人狼』なんだ」
「『人狼』は…………」
(無理無理! 分かりっこないわよ! 無理だって!)
背中に冷や汗をかきながら、紅子は必死で平静を装う。
だが、そよぎはゆっくりと視線を紅子に向け、言った。
「炎城寺紅子」
(――――!?)
そして今度は、壁際に素知らぬ顔で立つメイドに顔を向ける。
「千堂イルカ」
(はああああああっ!!!???)
「この二人が『人狼』だよ」
全員の目が、紅子とイルカを交互に見据える。
あまりの衝撃に、紅子は息が止まりそうになる。早鐘を打つ心臓の鼓動を、他の者にも聞かれてしまいそうだった。
そよぎは再び紅子の顔を見つめ、静かに言った。
「そうだよね? お姉ちゃん……」