第12話 人狼ゲーム⑫「十円玉ゲーム」
「では、改めて聞くとしようか。『騎士』は誰だ。答えろ」
王我がふんぞり返って他の六人に問いかけた。
紅子としても『騎士』が誰かはぜひ知りたいところだ。今夜殺すために。
「そうね『騎士』の人は手を上げなさいよ。ほらほら、恥ずかしがってないでさー」
……が、誰も手を上げようとはしない。
「チッ。『騎士』はあくまで黙秘するつもりらしいな」
「大事なのは『騎士』が誰かってことより『騎士』が昨夜誰を守ったか、でしょ。それさえ分かればいいのよ」
美雷が言いだした。
「同じことじゃないですの。『騎士』が誰を守ったか知るためには、まず『騎士』が名乗り出なければいけないもの」
「そうとは限らないわ。やりようはあるわよ」
「え?」
美雷は、傍に控えていたメイドの小田桐を振り返った。
「ねえ。たしか和室にはこたつがあったわよね」
「あ、はい。ちょうど昨日から出しております」
「よし。なら和室に移動するわよ。全員来て」
美雷は立ち上がり、食堂を出て行った。
紅子たちも、とりあえずぞろぞろと着いて行く。
食堂から廊下を少し歩いたところにある和室の中央には、小田桐の言った通り大きなこたつが設置されていた。
「誰か、コイン持ってない?」
和室に入った美雷が六人を振り返って聞いた。
「コイン?」
「十円玉とか百円玉とか。なんでもいいわよ」
「コインねえ……」
紅子はスカートのポケットを探ってみるが、あいにく何も見つからなかった。
他の者も同様のようだ。
「この島で現金を使うことなんてないからな。んー……俺も持ってないな」
天馬は特にポケットの多いジャケットを着ていたが、内外すべてのポケットを探り、結局首を振った。
「紫凰、あんたはどうなの」
「おあいにく様。わたくしの服にポケットなんて野暮なものは付いていませんのよ。おーほっほっほ」
「なにわけ分かんないマウント取ってんのよ」
オシャレ系インスタグラマー紫凰が身に付ける高級ブランド服は、利便性のためにスタイルを崩すようなデザインはされていないのだ。
「わたし、部屋に戻って財布を取ってこようか?」
そよぎが申し出たが、紅子が止めた。
「そよぎがそんな事する必要ないのよ。えーと、小田桐だっけ? あんたちょっとコイン持ってきてよ」
「かしこまりました」
小田桐は礼をして和室を出て行った。
「そよぎ。つまんない雑用は使用人にやらせればいいのよ。立ってる奴は親でも使えって言うでしょ?」
「う、うん」
微妙に使いどころを間違えたセリフだが、そよぎは訂正せず素直にうなずいた。
「フン。その雑種がせっせと働きたいと言っているのだから、やらせてやればよかろうに」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!??」
「やめろ」
またしても王我の言葉に激昂する紅子。即座に止める天馬。
「くだらない騒ぎを起こすなと何度言わせるんだ。いい加減にしないと二人とも殺すぞ」
「はあ? 誰が誰を殺すって?」
「ひょっとして貴様、今でも自分が一番強いと勘違いしているのか?」
「あ゛……?」
紅子と王我の怒りが天馬へと向かい、結局、三人が睨み合う。
成り行きを傍観していた紫凰は、肩をすくめてこたつに座り込んだ。
「はーあ。わたくし休んでますので、話が進んだら呼んでくださいな」
が、こたつに足を入れようとした紫凰を、美雷が蹴とばした。
「アンタの汚い足を突っ込んでんじゃないわよ! 紫凰!」
「ハアアアアッ!? こたつは足を突っ込むためのものでしょうが! てゆーか、この超美少女インスタグロマーShionに向かって足が汚いですってぇ!? わたくしの二十万のフォロワーの中には、わたくしの足なら百万円払っても舐めたい人間が山ほどいますのよ!」
「アンタの汚くて臭い足舐めたい奴なんて汚くて臭い変態親父だけでしょ。そんな底辺共にチヤホヤされてネットアイドル気取ってんだから笑わせるわ」
「なぁぁんですってぇええーーー!?」
「や、やめてよ皆……」
狂気の血統を持つ五人が殺気を巻き散らし、そよぎだけがそれを止めようと試みる。
イルカは既に逃げ出す態勢を整えていた。
「あの……コインをお持ちしましたが……」
和室が悲惨な戦場へと変わろうとした直前、小田桐が財布を持って戻ってきた。
「ああ、来たわね。んじゃ十円玉を一枚貸して」
美雷がけろりとした顔で振り向いて手を出した。
「一枚だけでよろしいのですか?」
「そうよ」
「で? そのコインで一体何をする気だ」
「ちょっとしたゲームよ」
「ゲーム?」
「なんなのです、それは。いい加減、もったいぶってないで教えなさいな」
五輪一族の血は、沸点が低いぶん冷めるのも早い。
乱闘寸前だった五人はあっさり怒りを放棄し、美雷の持つ十円玉に注目した。
「名前はそのまんま、『十円玉ゲーム』よ」
「十円玉ゲーム……? なんか合コンでやるとか聞いたことあるわね」
「そうよ。アンタらと違って普通のあたしは、合コンとか行くのよ」
「お前の普通アピールはどうでもいいけど。それで、どうやって『騎士』の護衛対象を見つけるんだ?」
「まずこたつの中、中央にこのコインを置くのよ」
美雷はこたつの掛布団を跳ね上げ、言った通りに十円玉を設置して、再び布団をかけ直した。
「で、全員でこの中に手を突っ込む。こたつに手を突っ込んだら、『騎士』のやつは昨夜護衛対象に選んだ相手の前にコインを移動させるのよ。そして他のやつは何もしない。十秒後に一斉に手を抜く、ってわけ」
「おお、なるほどー! 素晴らしいアイデアです! さすが美雷様、まっとうな頭を持った常識人ならではの発想ですね!」
「ふふ、分かってんじゃないのメイド」
イルカの歯の浮くようなお世辞に対し、美雷はご満悦であった。
「んじゃ、アンタらこたつに手を入れて」
「ふむ……」
「ま、やってみるか」
美雷の号令に対し、特に誰も異議を唱えることもなく、こたつを取り囲んで手を差し入れた。
紅子も仕方なく従う。だが、内心冷や汗ものであった。
(え……ちょ、これ、やばくない……?)
悔しいが美雷のアイデアは名案に思える。
これでは『騎士』が誰だか分からないまま、そよぎが護衛対象だと明かされてしまう。つまりそよぎの『村人』が確定するのだ。
「そんじゃ、十秒数えるわよ。一、二、三…………」
美雷がカウントを始めた。
(やばいやばい! どーすりゃいいのよ! ……あ、そうだ!)
切羽詰まった紅子は、手探りでコインを探す。
さいわい、コインはまだこたつの中央に置かれたままだった。そのコインを、ガバリと握りしめた。
「じゅーう。……よし、みんな手を抜いて。コインの位置を確認するわよ」
美雷の号令で全員が手を引き抜いた。
「さて、コインの位置は……」
布団が開かれる。
……が、どこにもコインは見当たらない。紅子が取ったからだ。
「………………」
「あれーないわねー? コインどこ行っちゃたのかしらねー?」
コインを袖の中に隠した紅子は、そ知らぬふりでとぼけた。
「えっと、これは……どういうことですの……?」
「『人狼』が持っていったんだな」
「はあ!? くそ、おい! ふざけんじゃないわよ泥棒が!」
自分の金でもないくせに、美雷が地団駄を踏んでわめく。
(ふー、危なかった……でも、わたし冴えてるわね。ファインプレーよ、これは)
実際のところ、わざわざコインを盗まなくても適当な人間の前に移動させるだけでも良かったのだが、とっさにそこまで考える頭は紅子にはない。
(ん……あれ、でも……ここで誰かが『身体検査してコイン持ってる奴探そうぜー』とか言い出したらやばいんじゃ……)
紅子は、今さらそこに思い当たった。
イルカが口を開いた。
「あのー、今『人狼』がコイン持ってるんですよね。それなら身体検査すればいいんじゃないでしょうか?」
(イルカァァァァーーーーー!!! なんでよりによってあんたが言い出すのよ!!!)
紅子は慌てて反対する。
「そ、それは駄目よ!」
「なんで駄目なんですか?」
「えと……その……」
(わたしがコイン持ってるからに決まってんでしょうが! 分かってるくせになんでかき回すのよイルカアアああーーー!!!)
「身体検査って服を脱いで、下着の中まで調べるということでしょう。そんなの絶対イヤですわ」
(紫凰ーーー! バカのくせに珍しく良いこと言ったーーーー!)
「そう、そうよ! 身体検査なんて恥ずかしいもん! ヤダヤダ!」
「この人数だ。ちょっと目を離した隙にそのへんに放り投げるか、いっそ飲み込むくらいは簡単にできるからな」
王我も反対意見を示した。
「それに、この場に男はオレと天馬の二人だけだ。身体検査でコインが出てこなかったからといって、くだらん疑いをかけられるのは御免だ」
「え? 男二人だとなにか問題あるの?」
「男女で身体検査はできないから、仮にオレと天馬が『人狼』だった場合はコインを持っていても簡単にごまかせるということだ。……こんなことも分からないなんて、本当に貴様は頭が悪いな。もはや哀れみすら感じる」
(うっぎいぃぃぃぃいいい!!! お前、今夜襲撃してやるからな!!!)
とはいえ紫凰と王我の反対により、身体検査はしないということで収まった。
……おそらくイルカはこうなることを見通して、わざと提案したのだろう。
「それで、どうするんですの。もう一度やりますの?」
「多分何度やっても同じだろ。『騎士』が正しい護衛対象のもとへコインを移動したところで、『人狼』は邪魔をする。さっきみたいにコインを盗むか、その位置を動かすかもしれない」
「仮に『人狼』が邪魔しなくても、その結果が本当かどうか、オレたちには判別できんしな」
「ふうむ。残念ながら、この『十円玉ゲーム』もあまり意味はないということですか」
という意見にまとまった。
発案者の美雷は不機嫌に肩をすくめた。
「ちっ……。あーもう、分かったわよ! じゃあね!」
「どこ行くんだ、美雷」
「休憩よ。部屋に戻ってソシャゲのスタミナ消化でもしてるわ。18時の投票までまだ時間はあるんだし、一旦解散でいいでしょ」
そう言って、美雷は和室を出て行った。
「わ、わたしも! ちょっとトイレ行ってくるわ!」
ここがチャンスとばかりに紅子も脱出した。
もちろん本当の目的はトイレではなく、今も袖の中に隠しているコインの処分である。