第10話 人狼ゲーム⑩「鉄壁」
「さて、ご覧の通り『人狼』はこの二人じゃ。奇しくも紅子とイルカ君が共闘することになった」
六郎太が机の前に揃った二人を仰ぎ見て言った。
「ま、敵味方に分かれていたらゲームが終わった後に『わざと負けた』『内通していた』などと因縁をつける者が出るかもしれんから、結果的によかったの」
「よしよし、イルカが味方ならこっちのもんよ。村人チームを殲滅してやるわ」
「そうしましょう、そうしましょう。全員パクリと食べちゃいましょう」
テンションを上げる二人に対し、六郎太は一息ついて厳かに問いかけた。
「では、二人で話し合って決めてくれ。今夜、人狼が襲撃するのは誰じゃ?」
「………………」
「どうします、お嬢様。今のところ、誰が『騎士』かの判断材料はありませんけど」
「……『騎士』が誰かは関係ないわ。狙う奴はもう決めてる」
「ほう」
「海原そよぎを、襲撃するわ」
「えっ……」
紅子のその選択は、イルカにも想定外だったようだ。
「意外ですね。お嬢様なら、最初からそよぎ様を狙うのは躊躇すると思っていましたが」
「これは遊びじゃない、勝負なのよ。わたしが勝負で手を抜くわけ無いでしょ」
「しかし、なぜそよぎ様を? そよぎ様が『騎士』だと考えてるわけではないんでしょう?」
「そよぎが一番危険だから。あの子は真っ先に殺さなきゃだめなのよ」
「ほう、紅子。お前はそよぎをマークしておるのか」
六郎太が興味をひかれたように口をはさんだ。
「そよぎ様はたしかに賢い子ですが……なにせ、まだ小学生ですよ。わたしは天馬くんや王我様の方が手強いと感じますがねえ」
「賢いとか、まだ小学生とか、そんな次元で計れる人間じゃないの、あの子は。五輪一族は世間じゃ天才だの怪物だの言われてるけど、海原そよぎは怪物すら殺す超天才よ。唯一の欠点は平和主義者だってことだけ」
「それは欠点ではなく美点では?」
「戦わなければ馬鹿にされるのよ」
紅子独特の歪んだ思想……だが、五輪一族の中においてはそれがコモンセンスなのである。
「そよぎは今まで争いを避けてきたから、その実力を示すことはなかった。だけど今、あの子は本気になってる。ここで戦って、勝って、五輪一族の一員として認められたいと思ってる。養子だ、拾われっ子だ、雑種だ、なんて悪口言われてきたそよぎにとって、何より欲しいものは自分の居場所なの。それを手にするために、心の底からこの勝負に勝ちたいとそよぎは願っている。…………だから殺すのよ」
「ひえっ。そこまで分かっていて容赦なくぶっ殺すとは、やっぱ恐ろしいですね、お嬢様は」
「当然の選択でしょ」
「……分かりました。お嬢様がそこまで言うなら、わたしも反対しません。そよぎ様には悪いですが、ここで死んでもらいましょう」
「決まりね」
紅子は六郎太に向き直った。
「お爺ちゃん。襲撃の指定は、海原そよぎよ」
「ふむ、それで良いのじゃな。ファイナルアンサー?」
「「ファイナルアンサー!」」
紅子とイルカは声をそろえて答えた。
「ドゥルドゥルドゥル…………」
六郎太がうつ向いて、もごもごとつぶやき出した。
「なにしてんのよ、それ」
「きっとクイズ番組とかの溜め音のつもりなんですよ」
「ドゥルドゥル…………………………」
「……………………」
「……………………」
たっぷり十秒、もったいぶった後。
六郎太は顔を上げた。
「…………残念!」
「え?」
「襲撃は失敗じゃ」
「はあっ……!?」
「襲撃失敗……ということは……」
「そう、『騎士』がそよぎを守っておったのじゃ」
「な……!」
紅子も、冷静なイルカも絶句する。
「初日でいきなりガード成功って……そんな……。確率六分の一以下ですよ……」
「どういうことよ、これ。『騎士』はわたしたちの狙いをお見通しだってこと?」
「……ありえない……ことでもないかもしれませんね……」
「なんでよ」
「ぶっちゃけ、今晩カードが配られた後のお嬢様の振る舞いはけっこう怪しかったですからね。何度もキョドってましたし。『人狼』確実とはいかなくても、疑っている人はいたでしょう」
「そんなことないわよ」
「ありますって。……ただ、『騎士』がお嬢様のことを『人狼』と疑っていたとしても、そよぎ様を狙うことまでは読めないと思うんですがねぇ。わたしにすら予想外だったんですから」
紅子とそよぎの仲がいいことは、五輪一族の全員が知っている。
紅子が怪しまれているとしたら、むしろそよぎ狙いは盲点になる筈なのだ。
「『騎士』はお嬢様がそよぎ様を危険視しているのを知っていた? あるいは……『騎士』自身が、そよぎ様を人狼チームを倒すキーマンだと考えている……? 推測できるのは、そんなところでしょうかね」
「なんかごちゃごちゃ言われて頭こんがらがってきたわよ」
「ああ、すみません。お嬢様の頭では難しかったですね」
「そうよ、もっと分かりやすく言いなさいよ」
イルカの発言に腹を立てない紅子は、ある意味大物である。
「そうですね。とりあえず、そよぎ様は『騎士』ではなく『村人』だってことだけは判明しました。『騎士』は自分自身を守ることが出来ないですからね」
「それだけか……」
「今のところは」
「…………」
会話が途切れたところで、六郎太が声をかけてきた。
「おーい、もういいかの? そろそろ0時30分になる。自室に戻らんとお前たちが『人狼』だとバレてしまうぞ」
「しかたありませんね。今は別れて部屋に戻りましょう、お嬢様」
「そうね。続きは明日の朝に相談しましょ」
「ダメです」
「え?」
「相談は毎晩の人狼タイム、この部屋に集まる20分だけにしましょう。それ以外の時間は、たとえどんなに人目がないと思われる場所でも、『人狼』としての会話はやめましょう。万一、誰かに聞かれたらおしまいですからね」
「……分かったわ」
まあ直接話せなくてもラインで連絡すればいいか……と、紅子は考える。
「ラインやメールでの連絡もだめですよ。スマホをどこで覗かれるか、分かったもんじゃありませんからね」
「そ、それくらい分かってるわよ。……そんなの常識よね、常識。うん」
「お嬢様。今のそれがキョドるという態度です。くれぐれも今後は気を付けてくださいね」
紅子の心中など、イルカには完全にお見通しなのである。
つくづく、敵に回さなくてよかったと思う紅子だった。
紅子が部屋に戻ってすぐ、0時30分となった。
監視役の小田桐は退出し、これ以降は自由に動ける。
とはいえ、この時間ならもう寝るしかない。もともと早寝早起きを習慣とする紅子は、照明を消してベッドにもぐり込んだ。
「はあ……きっついわ。いきなり襲撃失敗とはね」
暗い天井を見上げながら、紅子はこれまでのゲーム展開に思いをはせる。
「六分の一を当てた『騎士』はいったい誰なのよ。そよぎじゃないなら天馬か、美雷か、王我か、紫凰……この四人の誰かよね」
四人の顔をぐるぐる思い浮かべるが、今の段階で誰が『騎士』かは分かるはずもない。
「……明日の夜もそよぎを狙うべきかしら? でも『騎士』だって、またそよぎをガードするかも知れないし……うーん……」
紅子は悪い頭なりに、今後の戦略というものを考えてみた。
「あ、そうだ、処刑で殺すって手もあるじゃん。上手くそよぎを『人狼』に仕立て上げれば……。わたしとイルカで二票……あと、王我なんかはそよぎを殺そうって言えば賛成するかもしれないし……これで三票……うんうん、この作戦いいかも」
普段の紅子なら、王我とつるんでそよぎを貶めるなど反吐の出る行為だが、勝負に勝つためなら話は別だ。
「あ、でも『騎士』はそよぎの処刑に反対するかも? うーん……」
結局考えはまとまらず、悶々と悩みだす。
「あーもう、頭沸騰しそう! いいや、とりあえず今日はもう寝る!」
わずか一分ほどで、紅子は思考を放棄した。
「そよぎ! 明日こそはぶっ殺してやるからね!」
最後にそれだけ口にすると、紅子は頭からシーツをかぶり、眠りに落ちていった。