第7話 人狼ゲーム⑦「紅子とそよぎ」
「はー……疲れた……」
客室としてあてがわれた部屋のベッドに、紅子は倒れ込んだ。体力なら無尽蔵の紅子だが、頭を使うことは苦手なのだ。
結局あの後、話し合いに進捗のないまま解散となった。イルカも今は付き人用の部屋に引っ込んでいる。
『騎士』が誰か、そして『騎士』が今夜誰を守るのかも謎のままだ。そして紅子以外のもう一人の『人狼』が誰なのかも。
「ま、もう一人の『人狼』はすぐ分かるわよね」
スマホを見ると時刻は9時半だった。
あと2時間半で最初の夜フェイズが開始する。この勝負のパートナーとなるもう一人の『人狼』には、その時に会えるはずだ。
「なるべく頭のいい奴と組みたいわね。紫凰とかだったら最悪よ」
超絶バカの紅子と紫凰の二人チームで残りの五人と頭脳戦、なんてことになれば絶望的である。
「…………」
手持ち無沙汰になった紅子は、スマホのブラウザを立ち上げ『人狼ゲーム』のキーワードで検索を開始した。
『検索結果:53,000,000件』
「うわ、いっぱい出てきた。やっぱ有名なのね、このゲーム」
紅子はブラウザ上に表示されたリンクの一番上、『人狼ゲームとは?』と書かれたページへ飛んだ。
“■人狼ゲームの基本ルール”
“1ターンに1人『人狼』が『村人』を食い殺し、1人が多数決の投票により処刑される”
“投票により処刑されたものが『人狼』か『村人』かは分からない”
“相手の陣営を全滅させれば勝ち”
「ふんふん。このへんはお爺ちゃんの説明どおりね。さすがに一回のゲームに三日かける物好きはいないみたいだけど」
“■基本的な役職”
“人狼ゲームは基本的に以下の役職で構成される”
“『村人』『占い師』『霊媒師』『騎士』『人狼』『裏切り者』”
「ここが今やってるゲームと違うところね。このルールには『占い師』『霊媒師』『裏切り者』ってのがないわ。こいつら特殊能力持ちがいないぶん、ゲームの難易度が上がってるって話だけど……」
紅子は表示された六つの役職のうち、上から五番目の『人狼』をタップした。
“『人狼』はゲームの主役といえるポジション”
“村人チームのフリをして推理を混乱させるのが基本的な立ち回りだが、あまり主張が強すぎると逆に疑われることになりかねない”
“『人狼』は推理する必要がないが、推理していると演じることはとても大切である”
“誰を食い殺すかは慎重に選ぶべし。『人狼』に殺されたプレイヤーは『人狼』でない事が確定するからである”
「ふんふん。『人狼』はゲームの主役かぁ。わたしに相応しいポジションね」
紅子は次いで『騎士』、『村人』と役職の説明を見ていった。
“『騎士』は一晩に一人、プレイヤーを守ることが出来る”
“護衛が成功した、つまり夜のフェイズで誰も死ななかった場合、『騎士』が指定したプレイヤーが『人狼』ではないことが確定する。ただ、『騎士』がそのことを伝えても他のプレイヤーが信じてくれるかは別問題である”
“『村人』は能力を持たない。己の頭脳だけが、人狼を殺す唯一最大の武器である”
「ふーん。『村人』は頭脳だけが武器、か……」
頭脳という点では、紫凰と並んで五輪一族の最下位に位置するのが紅子である。
いつもならそこはイルカが補ってくれるのだが、今回は彼女も敵チームかもしれないのだ。
「………………」
スマホの時計を見ると、午後10時を少し過ぎたところだった。
夜フェイズが開始される0時まで、まだ時間はある。
「ちょっと散歩でもしてくるか」
ベッドから起き上がり、部屋を出る。
紅子はじっとしているのが苦手である。マグロのように動き続けていないと死んでしまうのだ。
◆――――◆――――◆
屋敷の中庭には、美しく整備された花壇と小さな噴水、そしてベンチが設けられていた。
そのベンチに、そよぎが腰掛けていた。スマホで電話中のようだ。
「うん、うん。そう、人狼ゲームだって。そっちに戻れるのは明々後日くらいになると思う。うん……大丈夫、頑張るから。じゃあね」
そよぎが電話を切るのを待って、紅子は話しかけた。
「そよぎ」
「あ、お姉ちゃん」
「おじさんたちと電話?」
おじさん、というのはもちろん海原家の当主、そよぎの義理の父のことだ。
「うん、そうだよ。外泊の時は毎晩、電話するように言われてるんだ。わたしもう五年生なのにね」
そう言って、そよぎは肩をすくめる。
「そよぎのことが心配なのよ」
「うん」
紅子の知る限り、そよぎの義両親は厳しくも優しい愛情を持ってそよぎに接している。血の繋がりはなくとも、本当の親子と何も変わらない。
だったら何も問題はない、めでたしめでたし、いい話…………では済まないのが、日本最大の財閥たる五輪一族に連なる者の宿命である。
「あー、ぶっちゃけ聞くけどさ、そよぎの役職はなんなの?」
「『村人』だよ。さっきも言ったじゃない」
「そら、表向きはそう言うしかないわよね。でも本当は『騎士』だったりするんじゃないの?」
紅子はじっとそよぎの表情を伺いながら尋ねた。
探りをいれてそよぎの顔に動揺がないかを見極めようとしたのだ。
……が、紅子にそんな洞察力があるはずもなく、そよぎがボロを出すはずもなかった。
「なんで『騎士』なの?」
「え」
逆に聞き返された。
「普通ならここは『人狼じゃないの?』って聞く場面だよね。どうして『騎士なのか』って聞いたの?」
「え、いや、べつに……深い意味はないって! なんとなくよ!」
「ふーん。まあ、お姉ちゃんだもんね。普通と違う言動をしても全然不思議じゃないか」
「そう、そうよ。わたしの知り合いの九割はわたしのこと気違いだって言うわよ。普通なわけないじゃない」
紅子は慌てて立ち上がり、空を見上げて話題をそらす。
「あ、あー! 夜空が綺麗ねー! 今夜は満月……いや、まだちょっと欠けてるかなーー!」
「今日は月齢十二くらいだよ。満月はしあさって、三日後だね」
「ああ、そういえば今年の十五夜は10月7日だってね。天気予報で見たわ」
「すごい演出だよね」
「え、なにが?」
「人狼の伝説では、彼らは満月の夜にだけその正体を現すって言われてるんだ。三日後の10月7日……ゲームが決着して人狼が誰か明らかになる日が、ちょうど満月なんだよ。お爺ちゃん、これを計算してゲーム開始日を今日にしたんだよ」
「呆れた、そこまでやるか。次期当主だの選抜試験だの言って、本音は自分が楽しみたいだけでしょ、あのジジイ」
「お姉ちゃんたちにそっくりだよ、そういうところ。やっぱり遠縁でも同じ一族だよね」
「あんただって五輪一族でしょ、そよぎ。わたしたちと何も変わらないわ」
「………………」
そよぎは答えなかった。
「あんただって五輪一族でしょ、そよぎ。わたしたちと何も変わらないわ」
「いや、べつに聞こえてなかったわけじゃないから。繰り返さなくていいよ」
「なら『うん』とか『はい』とか『イエス』とか、ちゃんと答えなさいよ」
「肯定すること前提なんだ……」
「王我の奴が言ったことなんて気にするんじゃないわよ。あの野郎め、この勝負が終わったらボコボコにしてやるんだから」
「駄目だよ、喧嘩は」
「喧嘩じゃないわよ。これは正義の戦いなんだから」
戦争を引き起こす独裁者の常套句である。
「わたしが認めてもらえないのは仕方がないんだよ。わたしはお姉ちゃんたちと違って、何の力も持ってないんだから」
そよぎは私立の名門小学校に通う、成績優秀な少女である。
だが、五輪一族に対して周囲が求めているのは「大人しい真面目な優等生」などではない。人知を超えた圧倒的な天才、狂気と紙一重の怪物的な精神性――――すなわち紅子のようなカリスマなのだ。
五輪の血統である他の五人に比べて、そよぎは雑種の凡人。それが十一歳の彼女に突き付けられている評価だ。
「そよぎ、そういうのやめなさいよ。わたしが自虐かまってちゃんが大嫌いだって知ってるでしょ」
「うん。分かってる。わたしはまだ認めてもらってないからこそ、今回の勝負はチャンスだと思ってるの。この人狼ゲームで勝って、五輪の血を引かないわたしにも出来ることはあるんだって……それを証明するために頑張るんだよ」
「うんうん、その意気よ」
ただの悲劇のヒロインではない。
紅子はそよぎのこういう所が気に入っているのだ。
「一緒に頑張って人狼チームを倒すわよ、そよぎ!」
「……とか言って、お姉ちゃんが『人狼』なんじゃないの?」
「ち、違うっての!」