第6話 人狼ゲーム⑥「さぐりあい」
「儂はこれでいったん下がらせてもらう。あとはお前たちで好きにせい。本格的にゲームが動き出すのは0時からじゃが、話し合って『人狼』を推理するだけなら今からでもできるしの。もちろん自分の部屋に戻るのも構わんぞ」
そう言い残し、六郎太は食堂を出て行った。
五輪本家の使用人たちも後に続く。
「………………」
残された紅子たちは、なんとなく黙ったまま、ちらちらとお互いの様子をうかがっていた。
「……ねえ、イルカは何のカード引いたの?」
沈黙に耐え切れなくなった紅子は、とりあえずイルカに聞いてみた。
「『村人』です」
イルカはあっさり答えた。
「そよぎは?」
「『村人』だよ」
そよぎもよどみなく答える。
「ふーん。イルカもそよぎも『村人』なんだ」
もちろん、それが本当かどうかは本人にしか分からない。
「お姉ちゃんはどうだったの?」
「……『村人』よ」
紅子は平静を装いながら嘘をつく。
「お兄様のカードはなんでしたの?」
紫凰が天馬に聞いた。
「『村人』だった。紫凰、お前は?」
「もちろん、わたくしも『村人』ですわ」
なにが「もちろん」なのか意味不明だが、紫凰は答えた。
「王我は?」
天馬が王我に顔を向ける。
「『村人』だ。美雷、貴様はなんだ」
「『村人』」
「………………………………」
七人全員が自称『村人』であった。
「ちょっと、嘘ついてんじゃないわよ! あんたら六人のうち二人は絶対『人狼』の筈でしょうが!」
(なーんて。わたしが『人狼』だから本当はあと一人なんだけどね)
紅子は声を荒げながら、心の中でぺろりと舌を出した。
「ま、嘘をつかなければゲームにならないですからね」
イルカが肩をすくめて言った。
「問題は、嘘をついてるのがこの中の誰かってことだ」
「そうよね。それが問題だわ。うんうん、激しく同意」
紅子はこれ見よがしにうなずき、周囲の六人をぐるりと見渡したあと、最初から決めていたターゲットを指差した。
「わたしは紫凰が怪しいと思うわ。明日はこいつを処刑しましょ」
「はあああああああ!? なに言ってますのこのクソ猿! そんなこと言って、本当はあなたが『人狼』なのでしょう!」
「は……ち、違うし! わたしめっちゃ『村人』だし! この炎城寺紅子がそんな卑怯な真似すると思うの!?」
「真っ先に『処刑しろー』なんて言い出す奴ほど怪しいのですわ!」
「そうやってムキになるアンタのほうが怪しいでしょ!」
紅子と紫凰は五輪一族でも特に相性最悪の犬猿の仲だ。理由は単純、同族嫌悪である。
「お嬢様、落ち着いてください。殴ったら即失格ですよ。深呼吸、深呼吸」
そろそろ腕力行使を始めようとしていた紅子を、イルカが諫めた。
「分かってるわよ……ふーー、ふー……うん、落ち着いた。……落ち着いて冷静に考えると、うん……紫凰と王我が怪しいと思うわ」
「まだ言いますか」
「はん。わたくしは逆に紅子が怪しいと思いますわ。さっきまで顔真っ赤でしたもの。それと……美雷ですわね。この二人がきっと『人狼』ですわ」
紫凰は主張する。
「は? なに言ってるのよこのデスワー。怪しいのは紅子と天馬よ」
突然疑いをかけられた美雷が反論する。
「『人狼』は紅子とそよぎだ。この二人を処刑すべきだな」
王我まで言い出した。
「お前ら、嫌いな相手の名前言ってるだけだろ」
天馬が呆れて突っ込んだ。
「お嬢様大人気ですねぇ」
「というか、現時点で誰を処刑するかなんて考える必要はないだろ。処刑投票は明日の夕方なんだからな。それより今夜、まず『人狼』の襲撃がある。これをどうするかだ」
「襲撃を防げるのは『騎士』の能力だけ。それが出来なければ、今夜さっそく村人チームから一人脱落するわけよね」
「『騎士』は誰なの?」
紅子はきょろきょろと周りをうかがう。
「おーい。『騎士』の人、手をあげてー」
誰も反応しない。
「……いや、なんでよ。『人狼』が名乗り出ないのは当然だけど、『騎士』までどうしてコソコソ隠れてんのよ」
「当然だろ。『人狼』にとって最も邪魔になるのは『騎士』の能力だから、自分が『騎士』であることがバレたら真っ先に狙われる」
「『騎士』は自分自身を守ることが出来ないですからね」
天馬とイルカが解説してくれた。
「はーん、なるほどね。『騎士』もいろいろ考えてんのね」
「とか言っておいて、貴様が『騎士』なんじゃないのか」
ふむふむと頷く紅子に、王我が絡んできた。
「あんたさっきわたしが『人狼』だって言ったじゃないの」
「ほう、やはり『人狼』だったのか」
「そーいうのやめなさいよ! ほんっとクソみたいな性格してるわねあんた!」
態度は尊大なくせに、やることは妙にセコイのが王我である。
「ま、『騎士』が誰かってのは我々『村人』にとっては大して意味のないことですよ。『人狼』にとっては大事でしょうけど」
「そうなんだ。じゃあ、わたしは『村人』だから関係ないわ。『村人』だからねー」
「………………」
わざとらしく主張する紅子を、すでにこの場の数人は疑いの目で見ていることに、本人は気付いていない。
「『騎士』が誰かってことはどうでもいいのよ。問題は、『騎士』が今夜誰を守るかってことでしょ」
美雷が頬杖をつきながら言った。
「オレだな。誰が『騎士』かは知らんが、ゲームに勝ちたければオレを守るべきだ」
王我が主張する。
「なに勝手なこと言ってるのよ、このオレ様使い」
「『オレ様』など使った覚えはないわ中二病女」
「王我よりあたしよ。このメンバーでただ一人の常識人である、あたしが生き残るべきよ」
自称常識人の美雷は、五輪一族を「気違いの集団」として嫌悪している。
この後継者決定戦にも本来乗り気ではなかったのだが、いざ勝負が始まれば真剣である。その闘争本能こそまさに五輪一族の血統、戦闘民族の遺伝子なのだが。
「守るのはわたくしに決まってるでしょう! この空峰紫凰がゲーム開始直後に死亡したら村人チームは勝てませんわ!」
「僭越ながらわたしを! 千堂イルカをお願いします!」
「はあっ!? メイドの分際でなんて図々しい!」
紫凰とイルカも我こそはと主張し始めた。
たしかに、今夜早々に『人狼』の襲撃で死んでしまえば、この大勝負にほとんど参加できず指をくわえて見ているだけだ。そんなことは御免、と考えるのは当然だろう。
が、紅子にとってそんな心配は無用である。『人狼』である自分は殺されるのではなく、殺す側なのだから。
(はあー、見苦しい連中。ぎゃあぎゃあ騒いじゃって、どいつもこいつも助かりたくって必死ね。ま、『人狼』のわたしは高みの見物、と……)
ふんぞり返って余裕をかます紅子だったが、ふと気付いた。
(……ん? あれ、でも……ここで何も言わずにいたら……)
紅子の脳内で、にっくき紫凰と王我が因縁をつけてくる映像が展開された。
『紅子のやつ、なぜあんなに余裕なんだ? 自分が今夜死ぬことはないと確信しているようではないか』
『ってことは紅子は人狼ですわ! 処刑! 処刑しましょう!』
『しょーけーい! しょーけーい!』
(……駄目じゃん! 『人狼』だってばれるじゃん!)
慌てて紅子は口を開く。
「わ、わたしを守りなさいよ『騎士』! わたしを守れって! わたし『村人』だし! 襲撃とか超怖いから! いいわね!」
またしてもわざとらしい発言を繰り返す紅子は、ますます疑わし気な目で見られるのだった。