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炎城寺紅子の炎上  作者: 秋野レン
シーズン5 史上最大の戦い
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第1話 人狼ゲーム①「大戦開幕」

 伊豆半島の離れ小島に、その洋館はあった。


 高級リゾートホテルと見まごうほどに巨大で豪奢な館。だが実際には、とある老人の私邸である。いや、館だけではない。一万坪を超えるこの島自体が、老人の私有地なのだ。


 その老人の名は、五輪(ごりん)六郎太(ろくろうた)。日本最大の財閥組織「五輪グループ」の頂点に君臨する総帥、この国の実質的な最高権力者とすら呼べる男である。




 10月4日、午後8時。


 数日前から急速に冷え込み始めた秋の風を齢八十歳の身体に受けながら、六郎太は館のバルコニーに立ち、海岸を見下ろしていた。


 海岸線の船着き場には、今しがた到着したばかりの私有クルーザー。そして何やらわめき合っている若者たちのおぼろげな姿が、照明の中に浮かび上がっていた。


「旦那様」


 背後から声をかけられ、六郎太は振り向いた。


 初老の男――六郎太の側近、五輪家の家令である清水しみずが立っていた。


紅子べにこ様が到着されました」


「ああ、見ておったわ。これでやっと全員揃ったな」


 六郎太は館の中へと戻っていく。


 バルコニーから入った部屋は賓客をもてなす食堂だった。六郎太は巨大なテーブルの一番上座に腰を下ろし、一息つくと清水へ顔を向けた。


「この食堂に集合するよう子供らに伝えてくれ」


「はい」


 一礼して出て行こうとする清水を、六郎太が呼び止めた。


「ああ、出迎えには手の空いている男ども総出で行け」


「え、なぜですか?」


「どうせ喧嘩しとるに決まっておるんじゃ、あいつらは。止めるための人手がいるじゃろう」


「かしこまりました」


 クスリと笑って、清水は退出した。


「やれやれ。儂の呼び出しを無視する奴、平気で遅刻する奴、喧嘩する奴、家督を放棄する奴。本当に問題児だらけじゃ、あやつらは」


 今、船着き場に集まっている若者たちは六郎太にとって曽姪孫そうてっそん――姉のひ孫という関係である。


 六郎太自身にひ孫はいない。そもそも未婚であり、子供がいないのだから。


 巨大財閥組織の長に子供がいない……となればお決まりのトラブルが後継者争いである。その争いを避けるため、五輪グループの次期総帥を指名することは、六郎太の生涯最後の大仕事だ。


 そして彼が後継者候補にと考えているのが、まさにその問題児集団なのだ。


「素行に問題は山ほどあれど、やはり奴らの才能の輝きは歴代の五輪一族でも群を抜いておる。まさに狂気と天才は紙一重じゃな」


 次期総帥候補として六郎太が招集した六人の若者たち。五輪一族の黄金世代。


 彼らの名が、食卓の上に置かれたネームプレートに記されている。


 炎城寺(えんじょうじ)紅子。


 空峰(そらみね)天馬(てんま)


 空峰紫凰(しおん)


 土橋(つちはし)王我(おうが)


 天津風(あまつかぜ)美雷(みらい)


 海原(かいばら)そよぎ。


 六郎太は六つのネームプレートを見渡し、ぽつりとつぶやいた。


「さてさて。この中に『宮殿』へ到達するものは現れるかの」




◆――――◆――――◆




 五輪一族の黄金世代の一人、炎城寺紅子。十八歳。


 彼女の名を知らないものは、日本にほとんどいないだろう。


 それは決して、五輪一族の令嬢だからという七光りが理由ではない。


 紅子は男女混合の全米総合格闘技トーナメントで優勝した天才、世界最強の呼び声高い格闘家なのだ。おまけに容姿端麗。日本人でありながら金髪をなびかせ、紅い瞳を輝かせるその様は、トップアイドルとしても十分通用する美少女である。


 六郎太が次期総帥候補と考える若獅子たちの中でも、実績と知名度という点ではナンバーワンの存在だろう。


「はっはっは。いよいよ勝負開始ね。戦争よ戦争! 腕がなるわー!」


 紅蓮の瞳に炎を燃やし、紅子は高らかに笑う。


「あのー。はしゃいでないで、荷物を解くのお嬢様も手伝ってくれませんか」


 トランクの荷物を整理しながら突っ込んだのは、紅子が最も信頼する腹心にして幼馴染のメイド、千堂せんどうイルカである。今回、イルカは紅子の世話係として同行しているのだ。


 この島に着いたばかりの二人は、とりあえず紅子に割り当てられた客室に案内された。


 三十畳を超える豪華な洋室には、浴室にトイレ、テレビ、ミニ冷蔵庫、内線電話などが備え付けられている。この別荘は、元は高級ホテルだったものを六郎太が買い取り改造したのだ。


 ここよりは小さいが、イルカにも個室が用意されているとのことだった。


「それとですね、お嬢様。これからするのは殴り合いではないんですよ。次期総帥を決めるのは知力を競うゲームだと、聞いてたでしょうが」


 今回、紅子たちは五輪六郎太の八十歳の誕生日パーティーという名目でこの島に集められた。


 だが、その本当の目的が彼の後継ぎとなる五輪本家の当主――ひいては五輪グループの次期総帥を決めることだというのは、もはや周知の事実であった。


「正直言って、頭脳戦でお嬢様が勝ち残れる見込みはゼロに等しいと思いますがねえ」


 紅子の唯一最大の欠点、それは頭が絶望的に悪いことだった。身体能力と美貌に突出しすぎた代償――紅子の周囲の人間はそう思っている。


「頭脳戦だろうが殴り合いだろうが、真剣勝負となったら結局は魂と生命力のぶつけ合いなのよ。だったらわたしは強いわよ」


「ふうむ。まあ、土壇場になればお嬢様は妙に冴えることがありますからねえ。例の火事場の馬鹿頭が上手くはまれば、勝ち目はある……かも……?」


 イルカは半信半疑で首をひねる。


「まあ、それより。そろそろ食堂に行きましょう。多分、他の皆さんはとっくに集まってますよ」


 割り当てられた客室に荷物を置いたらすぐ集合するよう、家令の清水から伝えられているのだ。


「よっし。じゃあ出陣よ!」


 常日頃からやかましい紅子だが、今日はいつにもましてテンションが高い。それはもちろん五輪グループの次期総帥の座がかかった勝負だから――ではない。


 紅子にとって、興味があるのは跡継ぎの座ではなく勝負そのものだ。


 赤子の頃からの腐れ縁であり、事あるごとに顔を合わせいがみ合ってきた、同族にして嫌悪の対象であるいとこ達――正確にはみとこ(・・・)であるが――と決着をつける。


 それが紅子の心を掻き立てるのだ。






「お待たせー!」


 イルカを引き連れ、紅子は食堂のホールに足を踏み入れた。


 ホールの壁際には、五輪家の使用人が数人、そして紅子同様に招待客たちが連れてきた各家の付き人達がかしこまって佇んでいる。イルカも、そっと彼らに混じった。


 ホールの中央に置かれた食卓に座っているのは当然、五輪一族の者たちだけだ。紅子の五人のいとこ、そして今回のパーティーの主催者、五輪六郎太。


「……?」


 紅子は、ふと六郎太の背後の壁に目を止めた。


 そこには豪奢な装飾に彩られた額縁が掲げられ、その中に二十枚ばかりのカードが収められている。カードに書かれた絵と文字は様々だ。


『占い師』『霊媒師』『村人』『裏切り者』『騎士』……そして、『人狼』――――。


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