サーチ・アンド・デストロイ
「こんなところ誰かに見られたら………」
────校舎裏の建物の陰に二つの影。
「────構うもんか、ヨシコさん………僕は君の彼氏になりたいんだ!」
「なりたい………じゃないもん。ヨシオ君、私の中では………」
男子生徒の熱のこもった告白に女子生徒が答えようとしたその時だった。
『───ちょっと待った、そこの二人!!ピィ─────』
拡声器が軽くハウリングを起こす。
『───君達はぁ!学生の本分が何足るか~それを知っているかぁ!?』
二人が声の主を探してキョロキョロする。
『───僕を探しているのかい?誰かと話をするときは、相手の目を見て話しましょうという教えを守ろうとしているのかな!?───その考えや良し!ピィ─────────』
男女の後ろからゆっくりと靴音が近づいてくる。
片手には拡声器、グレーのパーカーに白い腕章。
アイマスクをつけて素顔は隠していたが、端正な顔立ちなのは見てとれた。
だが、異様な姿形であるのには変わらなかった。
「───なんか変な人が……逃げようよ………」
小さな声で女子生徒が男子生徒の袖をひっぱった。
「俺達はもう高校生だ!周りにとやかく言われる筋合いはない!それにこの学園は自由な校風が売りなんじゃないのか!?」
ヨシオが拡声器男に食って掛かった。
愛米学園は自由な校風から、決まった制服は存在しない。実際男子生徒と女子生徒も制服ではなくカジュアルな服装であった。
男女に片手に拡声器を持った男がゆっくりと近づいてくる。
『この学校は確かに君が言うように自由だ!だが、自由とは義務を果たしたものが与えられる権利だということを忘れてはならないピィ─────』
度重なるハウリングに嫌気がさしたのか、男は拡声器を使うのを止めた。
「────も、もしかして生徒会長………?」
拡声器男の顔をまじまじと見た男子生徒が半信半疑ながら問いかけた。
「───自由とは好き勝手なことをやって良いと言うわけではないのだあ!」
拡声器男がそう言いながら、くいっと腕章の位置を直した。
左腕に付けられた腕章には「Love is a mistake ~ちょっと待て、その一瞬が勘違い」と何やらそれ自体が勘違いではないかという標語の様なものがプリントしてある。
これはどうも今月のスローガンらしい。
正体をばらされそうになり大声でごまかそうとしたのがバレバレだ。
「────二人ともC組だな。ふむ、二人とも元々入学当初は特進クラスに入れるレベルの成績だったのにどんどん落ちてきているじゃないか」
「───なんでお前がそんな事わかるんだよ!?」
「────私は何でも知っている!!根拠は特に無い!!」
「───なんだ、カマをかけたつもりか!?」
「教科毎に順位から推測される点数は全校生徒の分把握はしている!そんなのは一般じょ~しきだぁ!」
「───適当な事をいうな!その手は食わないぞ!」
「いやいや、適当な事なんかじゃな~い!特に君の方は入学当初は上位10%にいたというのに、今は下から数えた方が早いじゃないか………」
「────え?どうしてそれを!?」
「───え、ヨシオ君、そんなに成績悪かったの………?」
女子生徒が少し距離をとる。
「お、おいヨシコさんにでたらめ吹き込むな!」
男子生徒が拡声器男に掴みかかろうとしたが、軽々と避けられて空を掴んだ。
「君、色恋にうつつを抜かしてる場合か?」
拡声器男が一気に距離をつめ、男子生徒の耳元で囁いた。
「世界は広い!僕らは今その世界に羽ばたく準備をしなければならない時間なのに───それなのに君は広い世界に出る前に、この狭い学園内で将来の伴侶を決めてしまうのかい?」
拡声器男が大袈裟に両手を広げて演説の真似事をする。
「───将来の伴侶!?そんな大袈裟な!!」
思わず男子生徒の口から言葉が飛び出る。
「────ふーん、君は彼女の事をそんな軽く考えているのね」
どこから現れたのか拡声器男とは別のマスクをつけた長髪の女がヨシコの肩をさりげなく抱き抱えていた。
「あ、貴女は………?」
突然現れた長髪の女に驚きながらも女子生徒が口を開いたが、長髪の女はその唇に人差し指を当てて言葉を制止する。
「私達女は安売りしちゃだめよ。特に貴女の様なチャーミングで頭の良いタイプはね!」
そう言いながら女子生徒の髪の毛に指を通す。
「さぁ、もう行きなさい、仔猫ちゃん………」
「───は、はい」
催眠術師に暗示をかけられたようにフラフラと女子生徒は教室の方に戻っていった。
茫然と見送る男子生徒。
「────こんどは副会長………?」
「────ヨシオ君、私達のお陰で助かったわね」
長髪の女は男子生徒の言葉は完全に無視した。
「助かったって何がだよ………俺の邪魔しやがって………初めての告白だったのに……」
「あら────彼女はかなり移り気な性格の女子よ。1ヵ月後には新しい相手が出来て、貴方きっと捨てられてたわ」
「え?」
「君は将来有望なんだ、そんな事で大事な将来を棒に振ってほしくないと思ってのお節介さ」
「うぅ……とは言ってもお節介が過ぎるぜ………まだ何にも始まってすら無かったのに………」
ヨシオはガックリ肩をおとした。
「───まぁそうガッカリするなよ」
拡声器男がポンポンと肩を叩き男子生徒の耳元で誰にも聞こえない音量で小さく何か囁いた。
「───え?マジ!?」
「このタイミングで嘘なんかつくかよ」
「───わかった!俺また頑張るぜ!」
死んだ魚の様になっていた男子生徒の目が、拡声器男の囁きで一瞬で素晴らしい輝きを放った。
「───じゃ俺もう教室に戻るよ!ありがとう!」
そう言い残して男子生徒は走り去った。
校舎裏にはマスクをつけた男女が残された。
「────また悲劇は未然に防ぐことが出来たようだな」
拡声器男がしんみりと呟きながら仮面をはずした。
「───私と貴方が手を組んだら百年の恋も覚めるでしょう」
そう言うと長髪の女もマスクをはずす。
─────そこで僕と二人の目があった。
はい、ここで僕が登場です。
僕は愛米学園二年の二毛作 研二です。
はい、微妙に回文に失敗した名前とよく言われます。
でも僕の特徴はそんなモノではございません。
はい、そうです!みんなからは空気みたいな存在だとよく言われます。
常にインビジブル、得意なのはハイドインシャドウ、クラスでは幻の40人目と言われます。
今日も誰にも気づかれず授業を抜け出して校舎の裏で早弁してました。
男子生徒の告白を横目に早弁してましたが、全く気づかれませんでした。
その後に来た生徒会長と副会長も僕の存在に気づかずになんか面白いことやってましたね。
───もうお茶の間でテレビ見てる感覚でしたよ。
「──────!?」
声にならない叫びを上げる二人。
「────い、いつからそこにいたのだ!?」
「ず─────っと居ましたよ。僕に気づかす
にさっきの二人が告白し始めたんで、困っちゃいましたけど、とりあえず早弁しながら見てました」
「じ、じゃ、私達のことも………」
「はい、生徒会長と副会長があの二人に因縁つけるところから今の今まで………」
「───い、今の今まで?」
「はい」
「───変なマスクですね!あと二人とも嫌な趣味してますね!ちなみにアブノーマルな趣味の変態ですか?季節の変わり目だからかなぁ。あ、でも気を付けた方がいいですよ!昔から人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじゃうらしいですから」
「───────────!!」
声にならない生徒会長と副会長の叫びが校舎裏に響いた。