第3話「水泳」
俺は朝から鬱だった。転校生と初日から気まずくなってしまったからだ。昨日は言い過ぎたかもしれない。それに神田川は間違った事を言っているわけでもない。俺は登校しながらがっくりしてた。
2年生になって3週間が過ぎた。順調に毎日学校に通っている俺は、自分から見ても素晴らしいと思う。当たり前のことを当たり前にするというのは、昔の俺にはなかった言葉だ。なんでもめんどくさがり、1日中ボーッとしている俺は、いわば怠け者であった。「めんどくせぇ」が口癖で、ほんとやる気のない人間だった。そんな俺も今じゃ毎日学校行って授業受けているんだから、人間変わろうと思えば変われるのだ。
教室のドアを開けると神田川が男子に囲まれて座っていた。神田川はこちらをチラッとみたがすぐに男子との会話に戻った。やはり昨日の事を怒っているのだろうか。俺は何事もなかったように自分の席に座った。そして窓の外を眺めた。青い空に白い雲が漂っている。雲は自由でいい。流れに逆らわず、身を預けて浮いている。それを誰にも邪魔されることなく。
「健二君」
神田川が俺を呼んだ。俺は振り向き神田川の顔を見た。別に怒っているのではなさそうだ。
「健二君って何部に入ってるの?」
「なんも入っとらへん」
そう言うと神田川はクスッと笑い、
「めんどくさいから?」
と言った。なんでこいつが俺の口癖を知っているのか気になったが、大方クラスの野郎が言ったんだろうと納得した。
「運動得意やないし、何よりめんどくさいからな」
「でも健二君、泳ぐの得意なんでしょ?橘君から聞いたよ」
俺はそれを聞いた瞬間惣介を見た。惣介は何事もないように授業の予習をしている。
「水泳部に入ったらいいのに…。私も中学では水泳部だったから水泳部に入ろうかなって思ってるの」
神田川が水泳部に入ろうが俺には関係ない。
「どーぞご勝手に」
俺はそう言ってまた窓の方を向いた。神田川は不満そうな顔をして前を向いた。ちょうど先生が入ってきたのだ。また長い長い6時間が始まる。
昼休みになり俺は惣介と二人で売店に飯を買いに行っていた。
「お前いらんこといろいろ言うなや」
俺は朝の事を惣介に正した。
「お前が泳ぐん得意やっちゅうことか?ええやんけ。神田川がお前の事聞いてきたから答えただけや」
「いらんこと言わんでええねん。あいつなんかメンドクサイ奴やしやめてくれ」
「誰がメンドクサイ奴だって?」
神田川が割り込んできた。
「あ、いや別に…」
「こいつがお前のことメンドクサイ女やってさ」
ホント惣介はイチイチ俺に嫌味な事してくる。
「ひっどーい!私そんな風に見られてたんだ健二君に!」
そう言って神田川は俺を殴って来た。ホントめんどくさい。
「あ!健二先輩!」
誰かが俺の名前を呼んだ。振り返るとそこには1年生がいた。赤みがかったサラサラヘアーの靡かせ満面の笑みでこっちを見ている。
「先輩この学校だったんですね!!うあーなんか嬉しいなぁ。先輩に会えるなんて!」
こいつは小学校の時の後輩の長瀬 誠だ。一つ下で俺の事を慕ってくれている。
「誠もこの学校やったんやな。お前の噂は聞いてるで。優勝おめでとうな」
誠は去年全中100M自由形で優勝したらしい。
「ありがとうございます!あ、そうだ先輩。昨日水泳部の見学行ったけど先輩いませんでしたけどどうしたんですか?それに中学の時も全然先輩の名前聞かなかったですし…」
俺は黙り込んだ。すると惣介が、
「こいつは水泳部には入ってないねん。悪いな、俺ら飯食いに行くしまたな」
そう言って俺の肩をもちその場を立ち去った。
「なんでッスか先輩!なんで水泳部入ってないんですか!」
俺と惣介は誠の言葉に振り返ることもせずその場を去った。
「あ、多分健二君にもいろいろあるんじゃないかな?ほら、怪我とかさ」
「先輩が水泳辞めてるなんて…」
「悪いな惣介…」
俺はサンドイッチを食べながら謝った。
「別に気にするな。それより、お前本気でもう水泳はせん気なんか?」
「…」
俺は黙り込んだ。
「無理にとはいわん。せやけどお前ほどのやつが、怪我とか以外の理由で辞めるんは勿体無いって思うだけなんや」
「…」
「一生、陸におるつもりか?」
俺は惣介の言葉に何も言い返せなかった。