第1話「転校生」
歓声も何も聞こえなくなった。聞こえるのは水の音だけ。そして俺はピストルの音と共に飛び込んだ。
「ペンギンって陸じゃぁボーっとして何もしてないように見えても、海に入ったらすごい速く泳ぐんだよ。健ちゃんってペンギンみたいだね」
「ほな行って来るわ」
俺はそう言って家を出た。
春の日差しは暖かく、風はまだ冷たい。通りの桜の花びらがチラチラ舞っている。登校中の小学生が騒ぎながら登校している。真新しい学ランを着こなし歩いている中学生。春は何もかも新鮮である。
俺は無事進級することができ高校2年生になることができた。昔から勉強もあまりできず、学校もサボり気味だった俺は進級を危ぶまれていたが、追試も見事やりこなし進級することができた。追試の合格を聞きに言ったとき先生が
「お前はやればできるんだから来年はちゃんとやれよ」
その言葉が頭に残ってた。やればできるとかただの決まり文句だ。やってもできない事はたくさんあるし、俺は多分できないことの方が多い。おそらく先生のその言葉は、「来年はこんな面倒かけさせるなよ」という意味が少しながらでも入っていたのだと思う。大人とはそんなものだ。
「おはよーさん健二」
俺が歩いていると後ろから声が聞こえた。俺より20センチほど高い位置から見下ろすこの男は橘惣介だ。俺は惣介と呼んでいる。
「何回も言うが俺を見下ろすなあほ」
俺は身長が小さい。高校生にして165しかない俺はちょっと身長をコンプレックスにしている。165という数字はそんなチビというわけでもないのだが、何分見下ろされるのは好きじゃない。
「お前が小さいんが悪いんやろーが」
「うるせぇ」
そう言って惣介は俺の頭をポンポンと叩いた。俺はその手を振り解きあいつのスネを蹴ってやった。
「い、いてッ!」
惣介はは道にうずくまった。自業自得だ。
「そ、それより健二、お前もいい加減部活は入れよ。ほらバスケでもええからさ、俺が先輩に言っといてやるし」
惣介はバスケ部だ。中学からずっとやっていて、その身長もあってか1年からずっとレギュラーだ。
「お前は俺を馬鹿にしてるんか?チビがバスケやってどないすんねん」
運動神経もとびっきりいわけじゃない俺がバスケなんてやってもうまいこといくはずがない。
「ほな水泳部でもええしさ。お前泳ぐの得意やったやんけ。部活もせんとブラブラしとったら碌な事ないぞ?その顔の傷、また喧嘩したんやろ?」
「ちゃうわあほ。昨日階段でこけただけや」
惣介は呆れたような顔をして、
「そんなことばっかりやっとったら美穂が悲しむぞ」
そう言い歩き出した。
「お、お前そのことはッ!」
「あ、悪かったな。お前の前では禁句だったか?」
そう言い放ち惣介は歩いて言った。
この顔の傷はこけたんじゃない。惣介の言った通り喧嘩でついた傷だ。昨日隣の高校のやつらに呼び出された喧嘩した時のものだ。俺も何度もちゃんとしたことをやろうと思ったことはある。でも抜け出せないのが事実だ。俺が大人しくしていても喧嘩は吹っかけられるし、周りの目は変わらない。俺の頑張りが足りないんだって思うこともある。けど俺もそこまで強い人間じゃない。気がつけば喧嘩喧嘩の毎日だ。こんな生活、絶対いいはずじゃない。それは俺の心の中だけのモノで行動には現れない。
「よ〜し今日も全員出席やな。お前らももう2年生。中弛みがあるかもしれんが、来年は受験や。高校生っちゅう自覚を持って行動するように」
正に俺へのあてつけのような言葉だ。行動に現れないといったが、俺はひとつ決意したことがあった。毎日休まず学校へ行く。それはちゃんとやろうと思った。まぁ当たり前のことなのだのだが。
「今日は皆に新しい仲間を紹介する」
教室がざわついた。転校生が来るらしい。
「入ってきなさい」
入ってきたのは女だった。肩まである黒髪を靡かせながら入ってきた。そして教卓の前に行き自己紹介を始めた。
「神田川 香織です。父の仕事の都合で転校することになり、この学校へ来ました。東京から来たのですが、小さい頃はこの近くに住んでいたらしいのですが全く覚えてなくて。なので皆さんいろいろ教えていただけるとうれしいです。よろしくお願いしますね」
そう言って満面の笑顔でニコりと笑った。
盛大な拍手が送られた。その大半が男子の拍手だ。それもそのはずだ。かなりのレベルの高い可愛さだ。東京ってのは普通にこんな可愛い子がいるもんなんだなと俺は感心した。
「それでは神田川はそうだな・・・。桂の横に座ってくれ」
そう言って転校生は俺の横の来た。
「健二の横なんかに座ったら喰われてまうで」
誰かがヤジを飛ばした。
「あほか、初対面の女喰ったりするか」
「初対面じゃなきゃ喰うのか?」
先生がツッコミをいれた。みんなは笑い出した。
「よろしくね、桂君」
転校生はニコっと笑って俺の横に座った。
「健二でええわ。みんな健二って呼ぶしお前だけにだけ桂とか呼ばれたらきしょく悪いわ」
「じゃぁ私も香織でいいよ、健二君」
いちいちニコニコするやつだ。俺はちょっと恥ずかしくなって窓の外を見た。
「可愛い女の子がとなりに来て照れとるんか桂?」
そう先生が言ってきたのを俺は無視して外を眺め続けた。