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白色セカイ

作者: 兎紙きりえ

少女はいた。白の世界に。

一面の白に覆われた世界で、少女は一人、駅のベンチに座っていた。

少女は自分が何者なのかは知らなかったが、どの電車に乗ればいいのか、それだけは識っていた。

だから、少女は電車を待った。


電光掲示板に次の電車の案内が流れた。

少し経って、ガタンゴトン……と、ゆっくりと電車がやってきた。


電車からは、80歳くらいに見える、おばあさんが降りてきた。

「隣、いいかしら」

おばあさんはそう言って少女を見た。

少女が快諾すると、よっこらせ、とベンチに座った。

ベンチに座ったおばあさんは、駅を見回しながら呟いた。

「ここはキレイな場所ね」

キレイ、とそう呟いた。

「そうですか?」

少女には疑問だった。

ここには白しかない。何もない。

キレイだと、そう感じたことを少女は一度もなかった。

「確かに、ここには欠点も多いわ」

おばあさんは苦笑しながらも続けた。

「でもね、それでも美しいわ。それに、欠点がないのは不気味じゃない?少しくらい、欠点があってもいいのよ」

自分が納得出来ればね、おばあさんはそれだけ言って立ち上がった。

次の電車が来ていた。

電車に乗り込む前、おばあさんは鞄から一枚の紙を取り出して、少女に見せた。

紙は、スケッチブックから切り離されたものだろうか、端が破れていた。

「これは?」

「それはね、私が昔、描いたものよ」

おばあさんは、少し恥ずかしそうにしていた。

「絵……?」

それは、少し黄ばんだ絵だった。

駅に立つ女性の絵だった。

絵の中の女性は、長い栗色の毛を風に靡かせていた。

お世辞にも上手いとは言えない絵だった。

それでも、何故だか惹かれるものがあった。

「あんまり上手じゃないでしょ」

おばあさんは、照れながら、その絵を見つめていた。

「でも、私、好きです。この絵」

少女は口を開くが、拙い言葉しか出てこない。

「ありがとう。とっても嬉しいわ。でも、その言葉は次に来る人にかけてあげてね」

どっても喜ぶだろうから……、おばあさんはそう言うと電車に乗り込んでいった。



少女は今日も駅のベンチに座っていた。

少女の待つ電車はまだ来ない。

カレンダーがめくられた。

電車が来た。

少女の待つ電車ではなかったが、その電車からは、妙齢の女性が降りてきた。

女性はやつれ気味の顔で少女の隣に座った。

「貴方、ここにいて疲れない?」

女性がいきなり話しかけてきた。

少女は少しだけ戸惑った。

少女の沈黙をどうとったのかは分からないが女性は言葉を続けた。

「ほら、ここには何も無いじゃない。この駅以外の全てが真っ白。なんだか息苦しくて、まるで全部塗りつぶした後みたい」

それは少し羨ましいけど、と言った女性の横顔には複雑そうな感情が見え隠れしていた。

「私は、ずっとここにいますから。白色の世界以外見たことないですから」

少女は正直に言った。

「そう」

女性は、短く息をついて、鞄から一冊のスケッチブックを取り出した。

「?」

少女が不思議がっていると、女性はスケッチブックを開き、その中から、片面に破られた跡のあるページを開くと、スラスラと絵を描き始めた。

みるみるうちに、少女の見たことのない世界が描かれていった。

「これが私のいた世界よ」

それは、ここではないどこかの絵。

上手とは言えないが、どこか惹かれる絵。

少女は、目の前の女性こそ、あの駅の絵を描いた人なんだと気が付いた。

「素敵な絵……」

少女の口から素直な感想が漏れた。

その感想が耳に入ったのだろう、少し気を良くした女性は次の電車が来るまで、絵を描いては少女に見せてくれた。


電車が来た。

女性が席を立つ。

ドアが開き、電車に乗り込む女性に少女は声をかける。

「私、貴方の絵、好きです」

その言葉に女性は答えなかった。

けれど、ドアの向こう、女性がまた絵を描いてるのを少女は見た。

それは、まるで何かを思い出したみたいで。

それは、楽しくて仕方ない様子で。

やつれ気味だった顔はどこへ行ったのか、女性の瞳の奥にキラキラと光るものを少女は感じた。

だから、これでいいか、少女はそう思ってベンチに戻った。



少女は今日も駅のベンチに座っていた。

少女の待つ電車はまだ来ない。

影が伸び、影の向きが変わった。

電車が来た。

少女の待つ電車ではなかったが、電車からはセーラー服を着た女子高生が降りてきた。


女子高生は、物珍しそうに駅を見回すと、

「ここ凄い!とっても面白い!」

女子高生は、嬉しそうに飛び跳ねたりしながらも少女に声をかけた。

少女は、女子高生の行動に呆気に取られながらも言葉を返す。

「そう?白いだけの世界がそんなに面白いの?」

少女の疑問の根幹には、もう電車に乗ってどこかへ行ってしまって女性の絵があった。

女性に見せてもらった別の世界のことを思い出せば思い出すほど、少女にはこの世界が淡白なものに思えた。

だから、目の前の女子高生がこんなにはしゃぐほど、この世界が面白いものではないと少女は思っていた。

「面白いよ!確かに、突き抜けるような青い空もいっぱいの星空も見えない、赤い夕日に映える山の影も烏の黒も見えないけど、他が真っ白だからこそ、まるでこの駅だけ別の世界から切り取ったみたいに見えて……そう考えると面白くない?」

テンションの上がった高い声で話す女子高生を見ながら、少女はそういう見方もあるんだな、と思った。


「あー!決めた!私、この世界を忘れないうちに描いとく!」

女子高生は、慌ただしく鞄から一冊のスケッチブックを取り出すと、ペンを走らせた。

数分の時が経った。

電車が来た。

「じゃーん!描けたよ!見て見て!」

自信満々に見せた女子高生の絵に少女は既視感を覚えた。

いや、より正確に言うならば、少女はこの絵を見たことがあった。

いつか見た駅の絵が、自分の目の前で描きあがった瞬間というのは少女に、一種の感動を与えるには充分だった。

「いい絵だと思うよ」

少女は正直な感想を述べた。

女子高生はその感想に満足したのか、スキップ混じりの軽い足取りで電車の中に乗り込んで行った。



少女は今日も駅のベンチに座っていた。

少女の待つ電車はまだ来ない。

カレンダーがめくられた。

電車が来た。

少女の待つ電車ではなかったが、幼い、小学校一年生くらいの子が降りてきた。


不安そうな、自信なさげな小学生の女の子だった。

オロオロとしながら、少女の隣にちょこんと座った。

「あのあの、お姉さん」

お姉さん、そう呼ばれるのは初めてだったので、少女は一瞬、自分が呼ばれてることに気づかなかった。

けれど、ここには女の子以外は自分しかいないことに考えつくと、少女は言葉を返した。

もちろん、怖がらせないように優しく。

「どうしたの?」

「お姉さんは、ずっとここにいるのですか?」

女の子は、少女をじっと見て問いかけた。

少女はどう答えるか迷いはしたが、結局、答えは一つしか思い浮かばなかった。

「うーんとね、私は電車を待ってるんだ」

少女が答えると、女の子の表情がぱぁーっと明るくなった。

「おんなじ!おんなじなのです!」

どうやら、少女と同じように女の子も電車を待っているようだった。

電車を待っているのが、自分一人かもしれないと、女の子は不安だったのだろう、と少女は考えた。

そこで少女は、これまで駅で出会った人達の話をした。

話しているうちに、電車が来ていたようで、話を聞き終わった女の子が乗り込んでいった。

電車のドアの向こうで、笑顔で手を振る女の子の姿があった。



少女は今日も駅のベンチに座っていた。

少女の待つ電車はまだ来ない。

少女のお腹がくぅ〜と鳴いた。

電車が来た。

少女の待つ電車ではなかったが、栗毛の長髪が目立つ女性が降りてきた。


「あら、可愛いお嬢さん」

隣、失礼するわね、と言って女性は少女と隣に座った。

女性の長い栗毛が少女の手に触れた。

その感触を、少女は何故だか覚えていた。

記憶を辿っても、この懐かしさの正体は少女には分からなかった。

だが、不思議と安心する感触と匂いを少女は無視出来ず、女性をじっと眺めた。

その時、少女は女性のお腹が少し膨らんでいることに気が付いた。

女性は、少女の視線に気付いたのか、

「この子、もうすぐ生まれてくるの。お嬢さん、ちょっと撫でてみる?」

女性は優しく微笑んだ。

少女が女性の言葉に従って、優しく、優しく女性のお腹を撫でた。

トクン……。

生命の音が聞こえて、その音が少女には懐かしく思えた。

少女はやっと自分が何者なのかを識ったように感じた。

少女がもう一度、女性のお腹を撫でていると、電車が来た。

少女の待っていた電車だった。

少女は撫でていた手を止め、立ち上がった。


行ってきます。

そう言って少女は汽車に乗り込んだ。

ドアが閉まり、閉ざされた世界の向こう、駅に立つ女性の口が動いた。

いってらっしゃい。

少女にはそう聞こえた。


汽車が動き出し、間もなくトンネルに入った

暗い、暗いトンネルを眺めていると、その先に光が見えた。

白い光を目指して汽車はレールの上を走っていた

トンネルを抜ける。

途端に広がった視界はまず、一面の赤い光に飲まれた

少女が光の次に感じたのは、温度だった。

ちゃぷんと水音と共に全身を包み込む温かさを感じた。

暖かく、心地良い。

少女は心地良さに浸っていた。

暫くして、うっすら目を開けると、少女は抱かれていた。

栗毛の長髪が目立つ、綺麗な女性の腕に抱き抱えられていた。

おかえり。

女性の口が、そう動いた。

ただいま。

少女はそう言おうとして、泣いた。

言葉が口から出る前に、泣いていた。


嬉しくて泣いた。

少し悲しくて泣いた。

でも、やっぱり嬉しくて泣いた。

そして、何故だか懐かしくて泣いた。


泣き疲れたからだろう。

少女は睡魔が襲いかかってきてるのを感じた。


微睡みの中、うっすら溶けていく思考に少女は考えた。


白の世界のことを。


少女はその時初めて、白には新たな始まりという意味も存在するのかなぁ、と思った。


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