新世界の幕開けを祝い鳴り響く、復讐を告げる前奏曲(プレリュード)
目が覚めた。そこに広がっていたのは花園。とにかく花しかない。浅い落とし穴に落ちていたあたしは、這い上がりあたりを見回してそんなことを思った。そして、こう悟った。あぁ、あたし死んだんだ。ここは天国だ、って。何せファミレスもコンビニも何もない。多分、ここまで書けば当たり前だけど、あたしが卒論を書くのにずっと通っていた有名コーヒー店もない。はあ。天国ってのは寂しいもんだなあ。
人間は暇になるとろくなことを考えない、なんてよく言ったもんだ 。あたしにとっちゃ半分はずれ、半分当たり。はずれなところは、ろくなことじゃなくて大事なことっていうこと。当たっているのは、悩むところ。あたしはもう一度殺された理由を考え始めていた。でも、何も思い浮かばない。別に自分の行動すべてに自信を持っているわけじゃない。、ただ、自分が殺されるなんてありえない、と思ってるだけだ。まあ、きっと殺される人っていうのはみんなそう思うもんなんだろうけど、な。そんなことを考えていると、無意識にこんなことを呟いていた。
「どっかに復讐の神様とかいねえかな。」
自分でもびっくりしてしまった。復讐を考え始めているとは。そう考えるのも無理はない、と納得する冷静な自分もいた。疑問も尽きないが、大きな要因は絶対に未練たらたらなあたしの人生だ。就職先は既に決まっていた、卒論のテーマも決まっていた(書き上げたとは言ってない)。友達との卒業旅行も計画していた。行ったことのない場所も、今はやりの食べ物の中でも食べたことのないやつはたくさんある。食べ歩きをしてみたかったもんだ。なのに、なのに、なのに。あいつはあたしを殺して笑っていた。あまりにもむかつくその姿に、血が出そうなほど舌を噛んでいた。痛い。
「あいつを殺せたら、あたしは死んでよかったって思えるのかなあ。この未練、どれか消せるのか? あ、あいつが死ねばこの未練、全部消えるんじゃねえか?」
それがあたしの単細胞が出した結論だった。暇を持て余し、大の字に寝っ転がっていたあたしはここに本当に復讐の神、死神の使いがやってくるなんて思いもよらなかった。と、
「女子が大の字に寝るなんて何事だ。」
猫が喋っていた。猫だ。確実に猫だ。しかもぬいぐるみだ。その猫はあたしに近付いていく。
「やめろ猫! 近づいてくるんじゃねえ!」
あたしは無意識にその猫を蹴っていた。ぬいぐるみだから痛いと思わないだろう。
「いた、いたたたた。痛いなおい!」
もう一度近づく猫にあたしは怯えていた。頼むから、頼むから男の声で、近づいてこないでくれ。何でこの猫は男って設定なんだよ! そう文句を心の中で綴っている時に、ピロンとあたしのスマートフォンが鳴った。メッセージが来ている。差出人の名を見るが、あたしは知らなかった。
『お前がわめき俺を蹴るから、近づきたくなくなった。そこで俺はこのメッセージ機能を使ってお前にメッセージを送ることにする。』
『お前が男なのが悪いんだろ』と即座に送り返す。男ってものは信じられない。そして怖いんだ。近づいて欲しくなんてない。体の震えを感じる。しばらくしてまたあたしのスマートフォンが鳴った。
『俺の名はディーナー。この世界の主人、ヘルシャー様のメッセージをお前に伝えるためにここへ来た。今から主人から伝えられたことをここに書いていく。』
『何でまんまの名前なんだ。』
『何か文句あるのか?』
『いや、あの、そのヘルシャーって君主、お前のディーナーは使用人、って意味だろ? あまりにまんますぎて笑えるんだが。』
ちなみにドイツ語で、だ。あいつが私を怖がって遠くへ離れてくれているおかげで、好き勝手メッセージを送ることができる。まああたしがドイツ語専攻だったのが悪かったな。
「そんなこと、お前に関係ないだろ!」と叫ぶ声が聞こえる。
あぁ、叫ばないでくれ、頼む。
『気を取り直して、本当に主人からの伝言を書くぞ。そのままコピーして貼り付ける。』
以下、その本文である。
『ようこそ、柳田千聖。ここは理不尽な殺され方、死に方をした人が必ず行きつく場所、Himmel。ささやかながらお祝いとして、お前が刺された時の動画を添付しよう。』
『やめろ、二度と見たくない。思い出したくない。』
『……む、楽しくないなあ。』
『大体お祝いってなんだ、人が死んだことをそんな風に笑うんじゃねえ。望んで死んだわけじゃない。あたしにはまだ、やりたいことがたくさんあったんだよ。そんなやつが死んで、何が楽しいんだ。こんな世界、もういたくなんかねえ。』
『ま、まあそう怒るな。仕方がない、本題へ行こう。ここへ来た人には必ず、願いを一つだけ叶えてやろうと言うんだ。お前の、願いは何だ?』
あたしの、願い? それはもちろん、
『殺した相手に復讐がしたい。あいつを、あたしの手で殺したい。』
返信がしばらく来なくなる。しかし思いが溢れて止まらず、あたしは続けてメッセージを送ることにした。
『殺したのは、バンドやってた時代のマネージャーだ。必要ないから、マネージャーのことをとやかく説明するつもりはない。ただ、マネージャーのことは信頼してた。でもそあたしは殺された。どうしてあたしは殺されなきゃいけなかったか。それは今でもわからない。あたしは、一刻も早くこの疑問を消し去りたい。現実世界でマネージャーに近付いて、最終的に殺すのがあたしの願いだ。』
返信がくる気配がない事に嫌気がさし、ため息をつく。すると、やっとの思いで既読がついた。返信がくる。
『こ、怖すぎないか?』
この文章が送られてくるまでに三分かかった。どんだけ打つの遅いんだよ。それか、ヘルシャーってやつは凄く考えて返事をするのか? いやそれにしても遅すぎだよ。
『絶対に大丈夫だ。上手くやれる自信は、ある。百パーセントだ。上手くいく未来だって見えてるさ。だから、あたしの願いを叶えてくれないか? あたしの願い、一つ叶えてくれるんだろ?』
温かいはずの世界の中で、そう打つ手だけは限りなく震えていた。ついに自分のスマートフォンを落としてしまうまでに力が入らなくなっていた。いや、大丈夫だあたし。成功する未来はこの胸の中に見えている。しばらくして、返信が来た。所要時間は一時間。さすがに遅すぎやしないか。まあいいか。その返信にはこう書かれていた。今日からお前は柳田千聖ではない。宮沢優希として生きるのだ。そして今から俺が宮沢優希として現実世界に送り出す。……つまり、あたしの願いを叶えてくれる、ってことか?
「なんて頭の悪いやつなんだ、お前は。」
頭上に声が響く。どこからこの声はしてるんだ? 男の声はさらに響いてくる。
「現実世界に送り出すと言っているんだ。お前の願いを叶えてやる、と。」
「男が、男があたしに向かって何か喋るんじゃねえ!」
「おっと怖い怖い。女の子がそんな怖い言葉、怖い顔しちゃだめだって。」
「怖いなんてどうでもいい。男が喋る言葉なんて、聞きたくない……っ!」
誰もいない空間を蹴る。どこにいるんだ、声の主は。あの不気味な猫とは違う、聞きたくもない低く、どこまでも響く声。嫌だ、嫌だ、嫌だ。あたしはもう聞きたくない! ここから今すぐ逃げ出す方法は、逃げ出す方法はどこにある。逃げたい、怖い、やめてくれ。
「大丈夫っ?」
倒れそうになった私を、見知らぬ少女が受け止めてくれた。綺麗な女の子だった。色素の薄い髪、ハーフのような少女。その少女は自分を「夏目エルヴィーラ」と呼んだ。そして、自分を日本とドイツのハーフと言った。よろしくね、と笑顔で伸ばされた手を取る。その手は、復讐の始まりへと繋がっていた。
エルヴィーラちゃんの名前は呼ぶにも書くにも長いので、是非(?)エルちゃんって呼んであげてください(^O^)❤千聖改め優希は彼女のことをどう呼ぶのでしょうか?
エルちゃんの話を少しすると、ハーフということから分かるとおり美人という設定で書いています。私が憧れる、目の大きな女の子です!!!ああいいなぁ、憧れます。私もエルちゃんくらい目が大きくなりたいです(伝わらない)。