その6 くだされた王命:前編
レースで装飾されたリボンに、バルーン型のスカート。ふわりと揺れる裾から覗くセシリアの足が、妙になまめかしいなとオリヴェルはガン見する。
「…………」
セシリアはそんな視線には気づかなかったことにして、着替えさせられるままに何着者ドレスを着ていく。
「お似合いですわ、セシリア様。肌の色がとても白いから、可愛らしいドレスがとても合いますわ」
「うん。可愛いね。どんな服も似合うから、逆に困るくらいだ」
オリヴェルと仕立て屋の楽しそうな笑い声が、オリヴェル邸に響く。
午後になり、仕立て屋がオリヴェルの屋敷を訪れていた。
セシリアは全身を採寸されて、オリヴェル専用の着せ替え人形のようになっている。何を着ても、それをオリヴェルが大絶賛する。その繰り返しだ。
「可愛い系も、綺麗系も、セシリアは何でも似合うね」
儚い雰囲気をまとうセシリアは、レースや可愛らしいものがよく似合う。が、魔王という威厳も持っているため、それ以外の服も華麗に着こなしてしまうのだ。
もちろん、本人は似合っているなんてこれっぽっちも思ってはいないけれど。それどころか、勇者は自分をおだてていったい何を企んでいるのだろうと思う次第だ。今日もオリヴェルは、まったく報われそうにない。
呆れてなにも言えないセシリアは、されるがままとなっていた。
可愛い、いいね、似合う! とオリヴェルが言ったものは、セシリアの意思とは関係無しにすべてお買いあげだ。
何もかもあきらめているセシリアとは裏腹に、オリヴェルはひどく楽しそうにしている。無表情なのは、セシリアくらいだろう。
「あとは、可愛い夜着も何着かあるといいね。ラフな部屋着とかも」
「さようでございますね。可愛らしいものを何着かご用意しております」
今日は既存の服を買い、後日オーダーメイドで頼んだものを届けてもらうという予定になっている。こんなに服はいらないというセシリアの意思は、もちろん汲まれることはない。
「帽子も可愛いかもしれないな。あとは――ん?」
「どうなさいましたか?」
仕立て屋の言葉に「予定変更だ」と告げ、オリヴェルは指示を出していく。もっと可愛いセシリアを堪能していたかったけれど、中断しなければいけない理由ができてしまった。
「少し所用ができてしまったから、今日はもう終わりでいい? セシリアが着た服は買うから、そのままで。オーダーメイドのものは、何着か作って持ってきてくれ」
「かしこまりました」
先ほどのにやにやしている態度とは一変して、オリヴェルひどく面倒くさそうな顔をしている。
壁に立てかけてあった自分の愛剣を手に取り、セシリアの手を引いてふかふかのセシリア専用のソファへ座らせる。
仕立て屋が片付けの準備をしているのだが、オリヴェルはそれを気にすることなくセシリアの髪を楽しそうに撫でている。
「ごめんね、少し席を外すからここで待っていて。本当は離れたくないんだけど、放っておくわけにもいかないし」
「…………」
その言葉に、セシリアはこくりと頷いた。
オリヴェルはぷくっと頬を膨らめて、「もう少し寂しそうにしてよ」と拗ねる。十九歳が何をやっているんだと突っ込みたいところだが、セシリアはそんなことを気にはしない。
離れるのが嫌で嫌で仕方がないのはオリヴェルだけで、セシリアは特に気にしたりはしていないのだ。悲しいことに、果てなくオリヴェルの一方通行だ。
「じゃぁ、行ってくる」
最後にぽんとセシリアの頭を撫で、オリヴェルはリビングを後にした。
「…………」
――どうして勇者は、私に触れるの?
手を取ってソファまでエスコートしたり、頭を撫でたり。魔王である自分にそのような媚を売っても、オリヴェルには何の得にもならないのに……と、セシリアは思う。
オリヴェルが出て行ったドアをぼんやり見ていると、仕立て屋がくすりと笑う。セシリアの下に何着か服を持ってきたので、それを受け取る。
「オリヴェル様がいらっしゃらないと、お寂しいでしょう?」
「……いえ」
穏やかな口調で話しかけてくる仕立て屋に、セシリアは素直に返事を返す。
否定的な言葉で返すセシリアに、なんて健気な令嬢だろうと仕立て屋は思う。もちろんセシリアの本音そのものなのだが、誰もそうは思わない。
ふうと一つ息をついてから、口を開く。
「…………裏から、帰るのがいいと思います」
「はい?」
今まで簡単な返事のみだったセシリアからの言葉に一瞬驚くも、次の言葉を聞いて仕立て屋は頷いた。
「表は立て込んでいるみたいだから」
「ああ、オリヴェル様ですね。お気遣いありがとうございます」
セシリアの心配を素直に受け取り、仕立て屋は礼を言う。
実は業者なのでもともと裏口から出入りをしているのだが、セシリアはまだそれを知らない。今後、この屋敷にいる以上嫌でも覚えてしまう事項ではあるのだが、なんだかオリヴェルに染められていくようだ。
てきぱきと室内を片付けてから、仕立て屋は「可愛い服を作りますから、楽しみにしてくださいね」とセシリアに微笑んだ。
「では、私はこれで失礼いたします」
「ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして、セシリアは仕立て屋を見送った。
「……ふぅ」
ぽすんと、ふかふかなソファへ背を預ける。
足までソファへ乗り上げて、体育座りの型をとって自分の頭を膝に乗せる。
「…………どうして、私は生かされているんだろう?」
セシリアの中でずっと考えていた疑問が、言葉になる。
頭が混乱しそうだと、セシリアは思う。その理由が、今のオリヴェルだ。
所用と部屋を出た彼だが、今は屋敷の玄関にいる。いつもはのほほんとしているセシリアではあるが、これでも魔王だ。
玄関にオリヴェルの気配があり、ほかに複数、強者の気配があるということもわかっている。のほほんとしているように見えて、セシリアは魔王だ。他人の気配には敏感だし、魔法だけで考えるならばかなり強い。
だからといって、セシリアが何かをするということはないのだけれど。
「……気配は、城に乗り込んできた人たちと、それより少し弱い人がたくさん?」
――もしかして、私を捕らえにきた?
そんな疑問が、セシリアの頭に浮かぶ。だから、オリヴェルは屋敷に招き入れることをせずに玄関先で話をしているのかもしれない。
別に、自分を渡せばいいのにと思う。
「…………」
――いっそ、一思いに殺せばいいのに。
オリヴェルは家具を買い服を買い、セシリアをこんなに大切にしているが――やはりまったく、伝わってはいない。