その5 勇者のパーティ
城にある豪華なゲストルームで、オリヴェルを除いた勇者パーティが集まっていた。
クリーム色を基本とした温かみのある部屋だというのに、その空気はひどく重い。どんよりと嫌なものでも背負っている雰囲気に、ライネは苦笑する。
そんな中、初めに口を開いたのは女王であるエレナだ。
「オリヴェルを、魔王の手から解放しないといけません」
それに激しく同意するのは、イリス。
「どうして勇者と魔王が一緒にいるのか、わけがわからないよ。魔王城に行って倒したのに、どうしてオリヴェルは魔王を連れ帰った?」
「しかも、貴重なエリクサーをためらいなく魔王に使った」
「女の子だから助けた……っていうわけでもなかったし」
アウリスは前衛を務めるため、誰よりもポーション類が貴重であることを理解している。もちろん、怪我をしていたならばすぐに使ってほしいとも思っているが――まさか、なんの相談もなしに、しかも魔王に! 最上級と謳われるエリクサーを使われるとは想像もしなかった。
何か理由があったのであれば、一言相談をしてほしかったとアウリスは拳を握りしめる。
「それは、そうだね。傷が深いからすぐにエリクサーを使ったのかもしれないけど、その後に説明してくれることくらいはできたはずだもんね」
「ええ……。本当なら今頃、勝利を祝う夜会が開かれているはずでしたのに」
眉を下げて悲しそうにするエレナの姿を見て、誰もが申し訳なく思う。この国の王女である彼女は、ただのパーティメンバーよりもきっと責任というものが重くのしかかっているに違いない。
ゆえに、普段ともにパーティを組んでいたオリヴェルの勝手さに申し訳なく思う。
「すまない、エレナ。オリヴェルには、ちゃんと理由を聞き出そうと思う」
まずは自分がオリヴェルの下に話を聞きに行くと告げるアウリスに、エレナは「いいえ」と首を振った。
「わたくしも、パーティの一員にしていただいたことをお忘れですか?」
だから全員に、王女であるエレナに敬称を付けなくていいと言ってあるのだ。自分はもう同じパーティメンバーなので、様を付けずに名前を呼んでと。
アウリスはエレナの言葉を聞き、どうするのが正解だろうかと思案する。王女である彼女を、魔王討伐という理由以外でほいほい街に連れ出していいのだろうかと考える。
オリヴェルの邸宅は豪邸ではあるが、貴族ではないため広くはないし調度品も揃えられているわけではない。エレナを連れていくよりは、説得してオリヴェルを一度城に連れてくるのがいいだろうとアウリスは考えていた。
悩むアウリスを見て、イリナは「仕方ないよ」と手をあげる。
「オリヴェル、なんだか様子がおかしかったし……城に連れてくるのは難しいと思うんだよね。魔王の術にかかったとか、そういう可能性はないと思うんだけど……」
なにせ勇者だし、何せ魔王はめっちゃ弱かったから。そうイリスが言いながら、ライネに話を振る。
「特殊な魔法っていう可能性も、ないわけではないけど……。私は魔法に詳しくないし」
「いや……ずっと魔王を見ていたけれど、魔法の類を使ってはいなかった。魔力の動きもなかったから、これは間違いないとみていい」
ライネの言葉に、全員がなるほどと頷いた。しかしそうなると、まったくもって原因がつかめない。口元に指を当てながら、ライネが「もしかして」と呟く。
何か心当たりがあるのかと、全員の視線がライネに向く。
「いや、もしかしたら可愛い魔王に一目惚れでもしたのかな? と」
「えぇぇぇぇ!? それはあり得ないよ! だってオリヴェル、可愛い女の子も綺麗な女の人もたくさんよってくるから、そういうのには不自由しなさそうだし」
それに、可愛い人なんて見慣れてるから意味なくない? と、イリナはライネの意見を笑うようにして一蹴した。
「わたくしもイリナと同じ意見ですわ。それに、勇者が魔王に恋をするなんてありえませんもの」
「そう……」
まったく考察することなく、オリヴェルが恋をしたという可能性は消え失せた。
「とりあえず、オリヴェルと話をする前に現状を確認した方がいいと思う」
「確認?」
落ち着くようにと言いながら、ライネが一つの提案をする。
それは、こっそりオリヴェルの家を覗いてみようというものだった。いきなり話をするために乗り込むより、ワンクッションあった方が落ち着いて話せるだろうというものだ。
「……確かに、そうですわね」
エレナが真っ先に同意して、それならばすぐにでも行こうと立ち上がる。
「もしかしたら、魔王を何かに利用しようとしている可能性もありますもの。もしそうだったなら、わたくしたちが変に邪魔をしてはいけませんし」
「利用って、何かの生贄ということか?」
決してオリヴェルがセシリアに恋をしたと思いたくないエレナは、自分にとって一番いいであろう理由を口にする。これでこの国の聖女と呼ばれているのだから、女は恐ろしいとライネは肩をすくめた。
◇ ◇ ◇
アウリスを先頭にして、オリヴェル邸の門の外――大きな木の上に登り、こっそりとリビングを覗くという作戦を立てた。
メンバーがオリヴェルと会うのは、約一か月ぶりだ。
魔王城への道のりは一ヶ月、帰りももちろん一ヶ月だ。オリヴェルは転移魔法を使って一人で先に帰ってしまったため、残されたメンバーは必死の思いで岐路についたのだ。
そんな苦労もきっと、オリヴェルは気にしていないのかと思うとなんだかアウリスは泣きたくなる。なぜならば――アウリスの視界に映ったオリヴェルが、とても幸せそうに微笑んでいたから。
「…………」
これは、後ろにいるメンバー、特にエルナに見せたらいけないやつではないだろうかと嫌な汗が流れる。
オリヴェルは強いし、お金もあるし、顔立ちも整っており美形だと人気がある。狙っている貴族の令嬢はとても多いし、アウリスは王女であるエルナもその一人だろうとひそかに考えていた。
「アウリス、中の様子は見えましたか?」
されどうしようかと思っていると、急かすようにエルナがアウリスに問いかける。イリナも気になっているようで、ぐいぐいアウリスを押して前を見せろとつっかかってくる。ライネだけはそこまで興味がないのか、後ろの方でやれやれとため息をついていた。
「いやぁ、なんというか、うぅーん」
どうせオリヴェルの様子なんてすぐにばれてしまうのだから素直に言ってしまえばいいのに、アウリスはなかなかこの状況を説明しようとはしなかった。
「もう、どうし――え?」
自分がと、エルナがアウリスを押しのけて前にでると、オリヴェルがセシリアとティータイムを楽しんでいるところだった。
無表情の魔王と、破顔した勇者。
思わず、なんだこれは――という言葉が喉まで出かかったがエレナは耐える。
「うわぁっ、あんな顔のオリヴェル初めて見た!!」
もしかしてもしかしなくても、これはライネが言っていた初恋説が有力なんじゃ……と、イリナが顔をしかめる。しかしそれを言うとエルナが荒れそうなので、そっと自分の口に手を当てた。
「えぇと……」
さて、この場合はどうすればいいのだろうとアウリスが困ったように声をあげる。まさかあんな楽しそうにしているとは思わなかったというか、魔王がオリヴェル邸のリビングでのんびりくつろいでいるなんて誰が想像していただろうか。
いや、ライネだけはかろうじて想像していたけれど。
「これは早急に話し合いが必要です」
「まずは落ち着こう、エルナ」
エルナの声色が一オクターブ下がり、アウリスは慌てて一度作戦を練り直そうと提案する。
「ほら、まずは魔王を油断させるというオリヴェルの作戦かもしれない」
「…………」
アウリスの言葉を聞き、エルナは再度オリヴェルへ視線を向ける。やはり楽しそうにしている姿が目に入り、「ありえません」と切り捨てる。
「共にした一ヶ月で、わたくしはオリヴェルのあんな笑顔をみたことがありません」
もちろんほかのメンバーも見たことはないのだが、それを言ったらやばいと思い誰もが口を噤む。
アウリスはぐっと拳を握りしめて、それでも仲間であるオリヴェルを信じたいと口にする。絶対何か理由があるはずだと、熱弁する。
「オリヴェルが、俺たちを裏切って魔王につくはずがないだろう!?」
お願いだから、オリヴェルを信じてくれとアウリスが声を荒らげる。
「アウリス……」
その必死の叫びを聞き、確かに誰もが冷静さを欠いてしまっていたとエルナが謝罪をしようとして――起こった光景に今度こそ悲鳴をあげた。
オリヴェルがそれはそれは嬉しそうに、セシリアの頭を撫でてその髪に優しく口づけていた。
「明日、兵を連れてオリヴェル邸に行きます。これは女王としての、決定事項です。拒否は許しませんよ、わかっていますね? アウリス」
「オリヴェル……」
何かの間違いだと言ってくれオリヴェルと、アウリスの呟いた声は風に溶けた。