その4 新しい生活:後編
リビングに行くと、朝食が用意された。
「ここに朝食を用意したから、ゆっくり食べてて」
「……ありがとうございます」
オリヴェルがセシリアに用意したのは、柔らかいクルミのパンに、スクランブルエッグ。カリカリのベーコンとサラダ。デザートには果物がたっぷり入ったヨーグルト。
セシリアの可愛さには、しっかりとした食生活も必要不可欠であるとオリヴェルは告げる。「残さず食べてね」と微笑んで、セシリアを見る。
「…………」
プロの料理人のような出来映えに、セシリアは驚いた。
――いつも食べてる料理みたい。
魔王城にいたシェフが作る食事と、なんら変わらないものがそこにあった。勇者は何でも器用にこなすのかと思いながら、口を付ける。
まるでうさぎのようにもぐもぐと食べ始めたセシリアを観察していたい気持ちをぐっと堪えて、オリヴェルは「ゆっくり食べていて」と伝えて業者の下へ。
セシリアのための家具などを用意しなければと、意気込んでいるのだ。
ダイニングテーブルを後にして、オリヴェルはリビングへ移動する。
セシリアのために、業者を呼んだのだ。屋敷全体も、セシリアが快適に過ごせるように一度見直しをしようと考えているため、かなり大掛かりになりそうだ。
現在、業者がリビングの模様替えをしている真っ最中。オリヴェルはそれを満足げに見まわしてから、責任者の男に声をかける。
「またせてすまないね、どう?」
「順調ですよ。オリヴェル様、こちらのソファはどうですか?」
「うん、それをもらおうかな」
業者が勧めてきたソファは、大きめの一人掛けのタイプ。セシリアだけでなく、オリヴェルも問題なくゆったりすわれるほどの大きさだ。
むしろ、セシリアはふかふかすぎてソファに沈み込んでしまうかもしれない。なんてことを考えると、自然に口元がにやけてしまう。
白いソファに、可愛いふかふかのクッションを置いてもらう。可愛いお菓子の模様が刺繍されていて、とても可愛いだろう。
セシリアを迎え入れるのであれば、しっかりとした調度品を用意しておかなければならない。新しいソファに、可愛らしいクッション。自分が注文した通りに揃えられていくリビングを見て、満足げに頷く。
幸いなことに、勇者という職業柄お金はたっぷりある。
「ああ、そうだ。すぐ近くに膝掛けを置いておけるといいな」
「それであれば、サイドテーブルなどもあるといいですね。お持ちしていますので、ご覧ください」
「ああ」
業者はサイドテーブルに、小さなチェスト。それから膝掛けを何種類かオリヴェルの前へと並べていく。
サイドテーブルは綺麗なステンドグラスを使っていて、儚いセシリアの雰囲気にとてもよく似合うとオリヴェルは頷く。そのまま用意してもらうことにして、次は膝掛けに視線を向ける。
「どれも可愛らしいですよ、どちらになさいますか?」
一枚目は、うさぎのかたちになっている膝掛けだ。もこもこの布地なので、肌寒い日に重宝するだろう。
二枚目は、レースがあしらってある白地の清楚な膝掛けだ。布地も薄いため、いつでも可愛く使えそうだ。
三枚目は、落ち着いたセピア色の膝掛けだ。丁度二枚と中間ぐらいの厚さなので、いつでも使いやすそうだった。
これならば、どれをセシリアの膝にかけても可愛いなとオリヴェルは思う。どれにしますかと問われたけれど、別に選ばなければいけないわけではない。
「何枚あってもいいから、三枚とももらおうか」
「ありがとうございます」
満足しながら膝掛けをしまい、レースのものだけソファにかけておく。
さっそくあとで使ってもらおうと思ったのだ。今日のセシリアは用意していた服も着てくれていたので、レースのコーディネートがよく似合うだろう。
「あとは、お部屋のご用意でしたかな」
「ああ。急ぎで、二階の一番奥の部屋を全部お願いしたい」
業者の男は、オリヴェルからセシリアの私室の模様替えも頼まれている。
可愛らしい女の子が喜ぶ部屋という注文をつけ、値段の上限は設けていない。仕上がりを見て実際にセシリアが喜ぶかはわからないが、本人に希望はない。
それならば、オリヴェルの好きに整えさせてもらうだけだ。
業者は二階に行き、さっそく部屋を整えはじめた。それをリビングから見送りつつ、オリヴェルは今後の甘い生活を妄想していく。
自分が用意した服を着て、自分が用意した部屋で過ごしてくれるセシリア。なんて甘美な響きだろうか。
――早くこのソファに座ってもらいたい。
レースの膝掛けをかけて、美味しいケーキを食べさせてあげたい。
「あ、そうか。午後からは仕立て屋を呼んでいるんだった」
セシリアの服をいろいろ揃えようと思って、手配していたことを思い出す。
それだと、午後にゆっくりティータイムを過ごすことができない。それはとても残念だが、セシリアの服を揃えるというのはとても重要な任務だ。
加えて、その際にコスメ関連も持ってきてもらえる予定になっている。
「セシリアは化粧をしなくても可愛いけど、バス用品は多いにこしたことはないな」
オリヴェルは一人暮らしであるし、あまり興味がないといこともあり、バス用品が充実していない。
せめて入浴剤くらいは用意したいところだ。本来は浴室のリフォームもしたいが、さすがにそれはすぐとりかかれなかった。
時期を見て、少しずつ屋敷を改築していこうと考える。セシリアとこれから生活していくことを考えると、顔がにやけるのを止められない。
緩み切った顔で妄想していると、背後から小さな声がオリヴェルの耳に届く。
「…………………………あの」
「セシリア?」
次はどうしようかなと考えたところで、リビングへやってきたのはセシリアだ。
どうやら食事が終わったのだろう。どうしたらいいかわからないようで、その表情は困惑している。何か不自由があったのかと心配し、オリヴェルは優しくどうしたのとセシリアに返事をする。
「……私は、どうすればいいですか?」
「んんっ! そうだね。とりあえず、早急にしてもらうことはひとつだ」
オリヴェルは優しくセシリアの手を取って、リビングの中へとエスコートしていく。
いったいどうするつもりだろうかと、不安になりつつも素直に従うセシリア。ついに殺されてしまうのかと考えるが、どうやらそんな様子でもない。
「ここに座ってごらん」
「え……?」
エスコートされて行き着いたのは、オリヴェルが先ほど用意したセシリア専用のソファだ。
ゆっくりと腰を下ろせば、ふわりと柔らかい材質のソファはいとも簡単にセシリアを沈み込ませた。「うん、やっぱり可愛い」と満足げにするオリヴェルに、困惑の視線を向ける。
けれど彼はそんなことを気にもせず、レースで作られた膝掛けを優しくかける。繊細なレースは綺麗な刺繍が施されており、思っていた通りセシリアによく似合う。
「あ……」
「?」
しかしふいに、漏らされる残念そうなオリヴェルの声。いったいどうしたのだろうかとセシリアが首を傾げるが、「なんでもないよ」と苦笑される。
――膝掛けなんてしたら、可愛いセシリアの足が見えないじゃないか!
勇者オリヴェルは、自分の選択が間違っていたことを盛大に悔やんだ。





