その3 勇者オリヴェル
ああ、この長ったらしい話はいつになったら終わるんだろう。
「人々を恐怖に陥れる魔王を、討伐せよ。それが勇者としての、役目だ」
でっぷりとした体型で玉座に座った男が、オリヴェルに向かってそう告げた。
もちろん報酬は弾もうと言うその言葉を聞いて、どこか嫌悪感を覚えたのはオリヴェルだけだろうか。
同じパーティメンバーでもあり、王女でもあるエレナは国王の横に立ち一緒に頷いている。父親である王と違い美しい姿だけれど、その性格はどこか似たものがある。
「わたくしも、魔王を倒すために精一杯頑張らせていただきます。この国の聖女として、希望でありたいのです」
「魔王城へは一ヶ月かかる危険な旅だ。それだけでも危険だというのに、エレナは魔王に立ち向かうという。私は立派な娘を持って、幸せだ」
この国も安泰だろうと、国王は大きな声で笑う。
魔族は悪であり、倒さなければならない敵だと国王は声を高らかにする。今は被害こそないが、このまま放置しておくと多大な損害を被るだろうと。ならばそれより前に、こちらが仕掛けなければならない。
――命令する側は、気楽だな。
オリヴェルは国王の話を右から左に流し、早く終わってくれないかと思う。もちろん、命令だから魔王討伐には向かうけれど。
というか、そもそも。
「別に、魔王対峙くらい一人でも十分ですけど」
だから別に、その女王の付き添いも不要だとオリヴェルは言う。それにすぐ反論したのは、一緒に行く気になっているエレナだ。
「そんな遠慮は不要です、オリヴェル。わたくしの癒しの力で、サポートさせてくださいませ。一緒に魔王を倒したいのです」
「…………まぁ、いですけど」
自分を見るエレナの熱い瞳にうんざりしながらも、オリヴェルは了承する。どうせいあと三人メンバーがいるのだから、エレナ一人が付いてきたとしても問題はない。
オリヴェルの後ろで跪いているのは、ほかのパーティメンバーであるアウリス、ライネ、イリナだ。オリヴェルほどではないが、腕の立つ者たちばかり。
普段はソロで仕事をすることが多いけれど、大きな仕事のときはこのメンバーでパーティを組むことが多い。
エレナはメンバーを見回して、にこりと微笑んだ。
「わたくしに戦闘力はありませんが、回復魔法は得意ですのでサポートはお任せくださいね」
「ありがとうございます。回復魔法を使える方がいると、とても戦い安いです」
あまり乗り気ではないオリヴェルの代わりに、代表してアウリスが返事を返す。前衛ポジションなので、彼が一番エレナの世話になることは目に見えている。
和やかに挨拶をして、この場は解散となった。
王都の謁見後、オリヴェルたちは用意されたアウリスのゲストルームでくつろいでいた。
話題はもちろん、これから討伐する魔王のことだ。誰もその姿をみたことがないため、情報が皆無。今後の作戦を立てる必要があった。
「しっかし、ついに魔王討伐の依頼か……いったいどれくらい強いのか、未知数だな」
「魔物もそんなに活発ではないですし、本当に魔王が存在しているかも妖しいですね」
武者震いするアウリスに対し、冷静に分析していくライネ。その様子を呆れながらイリナが見て、「出発は早い方がいいよね」と言う。
「そうだな……あまり長くすると、王にまだかと言われそうだな」
「本当、それ」
ぴょこりと長いエルフの耳を揺らしながら、イリナは必要そうな物をリストアップしていく。弓使いである彼女は消耗品として、矢を使う。毎回準備に苦労しているのだ。
「とりあえず光属性の矢をメインに用意して、それから……」
「荷物が多くならないよう、現地で調達できそうなものは現地で――と言いたいところですけど、人間が住まない地だから調達どころではないですね」
「ああ。荷物になって大変だが、全部そろえていった方がいいだろう」
もしかしたら現地で手に入るものもあるかもしれないが、明確な情報がないため無理はしない方がいい。
「片道一ヶ月は、しんどいね。食料も結構もっていかないとだ」
メンバーの話す声を横で聞きながら、オリヴェルはのんびり頭のなかでどうするのが最善かシミュレートしていく。仲間と戦うのはもちろんだが、様々なことを想定し一人になったらどうするかなども考える。
――魔王の強さが未知数、か。
数百年前は魔王が人間たちを襲っていたという記録も残っているけれど、ここ最近はぱったりそういったこともなくなっていた。現在、人間と魔族が直接的に争ってはいない。
もちろん、理性のない魔物が襲ってくることは多々あるけれど。
――生きてるのか、死んでいるのか。
魔王が人間を襲わなくなった理由は、人間が倒したからだという記録が残っている。記録には死体を確認したとあったため、おそらく本当に死んでいるとは思うけれど。
だとしたら、現在は魔王が不在か――新しい魔王が誕生しているかの、どちらかだ。
しかし人間をまったく襲わなのだから、魔王がいないと考えることもできる。それとも、まだ力不足で魔王城に閉じこもっている可能性もある。
どちらにせよ、行って確かめるしかないけれど。
「まあ、幸い俺は強い」
例え新しい魔王が誕生していたとしても、何ら問題ないだろうとオリヴェルは考える。自意識過剰にしか見えないが、勇者としてのオリヴェルは強く、人間では敵う者はいない。
まだ見ぬ魔王を見据えて、勇者パーティは妥当魔王の作戦会議を進めていっていたのだが――誰が知っていただろうか。
魔王があんなにも、可愛かったなんて。
「確かにセシリアを倒せば、世界は幸せになるかもしれない。でも、そうしたら俺の幸せがなくなっちゃうよ」
勇者だからって、自分の身を犠牲にしてまで世界の幸せを願ったりはしないのだ。
「……勇者?」
「セシリアがいなくなったら、俺が不幸になるなって思って」
いったい今度は何を言い出したんだと、セシリアの怪訝そうな瞳がオリヴェルを見る。
――勇者の幸福に、私は関係ないと思うけれど。
倒す対象である自分がいなくなってしまったら、勇者としての活躍の場がなくなってしまうということだろうか。確かに、勇者の存在意義は魔王である自分がいることで一番際立つだろう。
だからと言って、不幸とまではいいすぎじゃないだろうかとセシリアは若干引く。
「ちょっとね、セシリアに会う前のことを思い出したんだ」
うとうとしてて、嫌な夢を見たとオリヴェルは笑う。そのまま「だから癒して」と手を伸ばしてきたので、「嫌です」とばっさり切り捨てる。
「ああもう、セシリアは本当……俺を弄ぶのが上手い」
「……変な言いがかりをつけないでください」
抱きしめたいアピールをするオリヴェルに、セシリアはため息をつく。
「ねぇ、セシリー」
「……セシリア、です」
「俺、勇者でよかった」
やっぱり愛称呼びは許してもらえなかったけれど、オリヴェルは気にせずに言葉を続ける。きょとんとしたセシリアの表情が可愛くて、思わずぎゅっと抱きしめてしまった。
――だって、もし俺が勇者じゃなかったら……セシリアには会えなかったからね。
その点に関してだけは、あの国王に感謝してもいいかもしれないと思うオリヴェルだった。





