その14 両想い(勘違い):後編
なんてことを言うのだ――と、思ったのは影から覗いていたゴブリンだ。
実はセシリアが飛び出したところから、こっそりと様子を見ていた。
なので、ゴブリンはセシリアが勇者のことを好きなのだと誤解している。
「やっぱり両想いだったんですね……」
小さくもれたゴブリンの声。
セシリアたちまでは距離があるはずなのだが、勇者であるオリヴェルの耳にはしっかりとそれが届いていた。
――部下であるゴブリンがああいったのだから、間違いない。
やっとセシリアが自分に心を開いてくれたのだ。嬉しすぎて、どうしようもない。今夜はゴブリンによってお赤飯が炊かれるのかもしれない。
――しかしそうなると、問題はエルナか。
すぐに飽きるなど、セシリアが不安になるようなことを言わないで欲しい。最近やっと心を開いてくれはじめたのに、また閉じられたらいったいどうしてくれるのか。
もちろん、セシリアとしては心を開いてなどいないのだが……。
「エルナ、俺は飽きたりしないから変なことをセシリアに言うな」
「……っ! だって、オリヴェルは女の子と仲良くなっても、長くは続かないじゃない!」
「うん? 長く続くもなにも、付き合ってないし、好きでもなかったけど」
思わせぶりな態度をとったり、どこかに出かけたり。そんなことは確かにあったけれど、それはオリヴェルに寄ってきた女の子が勝手にそう受け取っただけだ。
オリヴェルが初めて意識した相手は、セシリアなのだから。
「ああ、そういえば――」
「…………?」
別に女なんて好きじゃなかったと、オリヴェルがそう宣言をして思い出したようにセシリアを見る。
もうこっちに被害を出さないで欲しいセシリアだが、話しかけられたら逃げ場がない。なんといっても、オリヴェルに抱き上げられてしまっているのだから。
「――誰かに好きって言ったのは、セシリアが初めてだ」
「……っ!」
太陽のような笑顔を見せて、オリヴェルがあいている右手でそっとセシリアを撫でる。
思わず顔が真っ赤になってしまって、セシリアはびくりと体をすくませた。
それが可愛くて、愛おしくて、オリヴェルにしたらたまらないのだ。
――ああ、本当に、可愛い。
そういえばゴブリン(部下)公認の両想いなんだから、もう少し家のことも考えなければいけないなとオリヴェルは思う。
部屋はそろそろ一緒にしてもいいのではないかとか、風呂は早急に改装をしなければとか、結婚式場も探さなければいけないとオリヴェルの脳内はどんどん勝手に加速していく。
――駄目だ。
「セシリー、家に戻ろう?」
「え……?」
「ちょ、オリヴェル!?」
くるりと背を向けて、屋敷に戻ろうとするオリヴェルを止めるのはもちろんエルナなのだが、そんな声は聞こえないというように歩いていってしまった。
見えなくなった二人を見送って、ソラは「あーあ……」と残念そうに声をもらす。
――もう少し魔王ちゃんを見ていたかったんだけどなぁ。
勇者としてきているソラが、ここで魔王ちゃんなどフレンドリーに呼ぶことはできないのだ。
魔王に入れこんでいることがばれてしまったら、仕事としてお給料をもらいながらここにくることができなくなってしまう。
それはなんとしても、避けたいところ。
オリヴェルに続きソラまでもが王命違反で指名手配になったりでもしたら、笑えない。
「まぁ、またくればいいさ」
「ソラ。お前は人ごとだと思って……。エルナも、オリヴェルは諦めてもっと別の男を見つければいい」
「…………」
今日はもう帰ろうというソラに、エルナはぎゅっと唇を噛み締めた。
ずっと片想いをしていたのに。オリヴェルに気持ちが届くことはなかった。それどころか、目の前で魔王を選ばれてしまった。
――私は、これからどうすればいいの?
どす黒いような感情が、エルナの中に込み上げる。
いけないと首を振り、涙をこぼしたままオリヴェル邸を後にした。
◇ ◇ ◇
「あ、あのっ! おろして……っ」
「どうして?」
「……っ!」
攻め入って来たソラ御一行と打って変わり、最大のピンチを迎えようとしているのはセシリアだ。
オリヴェルに抱きかかえられたまま下ろされることもなく、何を言ってもオリヴェルには聞き入れてもらえなさそうな雰囲気。
「ああ、そうだセシリア」
「……?」
オリヴェルに名前を呼ばれると、嫌な予感しかしない。
「一応部屋は残しておくけど、一緒でいいよね?」
「!?」
どうして突然その問いかけが出てきたのか、セシリアは理解したくなかった。
しかし、いくら鈍いセシリアといってもその原因は理解している。さきほど、自分のとった行動がよくなかったのだろう。
――二人の邪魔をしてしまったから怒っている? 違う。私が、腕を掴んだから……。
魔王であるセシリアに、腕を掴まれたから危険に感じているのかもしれない。
ふいに背後から教われるようなことがないように、部屋を一緒にして監視したいに違いないとセシリアは考えた。
「そんな可愛い顔で見ないで。歯止めが効かなくなるよ?」
「……っん」
揺れるセシリアの瞳に写る自分を感じて、オリヴェルは高揚するのを押さえられそうにない。
抱き上げたセシリアの首筋に顔を埋め、そこにちゅっと口づけた。
――可愛い声だし、いい匂い。
やばいなという思考は、もう絶対に離せそうにないとオリヴェルに告げた。
「ねぇ、セシリー」
「…………セシリア、です……っ」
嬉しそうにセシリアをセシリーと呼ぶオリヴェルの声。
けれど、それに反論をするセシリアは耳まで赤い。
勇者による魔王様の溺愛は、どうやら止まりそうにない――……。
いよいよ明日発売です~!





