その14 両想い(勘違い):前編
彼女の名前は、エルナ。
勇者であるオリヴェルのパーティメンバーとして、苦楽を共にし戦ってきた仲間。
そんな彼女が、まっすぐにオリヴェルを見つめ――ずっと秘めていた想いを告白した。
「…………」
周りにいるパーティメンバーはごくりと息を呑み、何も言わずに二人を見守る。いや、オリヴェルがなんと返事をするのか見守っていると言った方がいいだろうか。
「エルナ、俺は――」
返事をするためか、オリヴェルはすぐに口を開いた。
しかしオリヴェルが言葉を続ける前に、小さな影が腕を掴んだ。
「――駄目、です」
それに一番驚いたのは、誰だっただろうか。
間違いなく、腕を掴まれた本人――オリヴェルだろう。
だって、この手を掴んだのは愛してやまない愛しい人だったのだから。
「セシリア――? どうし、て……」
「…………」
オリヴェルの腕を掴んだのは、部屋にいるはずのセシリアだ。
しかも、告白の最中に飛び出して来て、告白をされた男にしがみついたのだ。一瞬にしてオリヴェルの瞳が大きく見開かれて、その視線はセシリアに釘づけられる。
もしかして、自分の聞き間違いだっただろうかと、オリヴェルが思ってしまったほどだ。
しかしセシリアは、今度はエルナをしっかり見つめて言葉を紡ぐ。
「……駄目。やめて」
「な、なんで魔王にそんなことを言われないといけないのっ!?」
「……貴女に、勇者は相応しくない」
「っ!!」
セシリアの綺麗な声に、その場は固まる。
オリヴェルにいたっては、にやける顔を止められずに手で覆っているという状態だ。怪しい息づかいがセシリアに届いているのは、きっと気のせいではないだろう。
それに唯一反応を示したのは、言われた張本人であるエルナ。怒りにまかせて、セシリアに向かい声を荒らげる。
誰もが、同じことを思っている。
セシリアはオリヴェルのことが好きだから、この告白を止めたのだ――と。
けれど、事実というのは時に残酷でもあるのだ。
――こんな変態みたいな勇者と、結婚をしたら危険。
セシリアはエルナのことを直接知りはしないけれど、同じ女性という共通点がある。それを思うと、この行動や言葉が怪しいオリヴェルと結婚……というのは、オススメできないと思ったのだ。
きっと自分以上に大変な目にあってしまうと、焦った。
「魔王のあなたに、何がわかるっていうのよ」
セシリアは、エルナのように可愛らしい女性には、変態のオリヴェルではなくもっと素敵な男性がいると言ったのだ。
けれどエルナは、オリヴェルのような素晴らしい人にエルナは相応しくないと言われたのだと思い込む。
「私はずっと、オリヴェルが好きだったの。一緒にいたいのに……っ」
「…………」
セシリアが思っている以上に、エルナはオリヴェルに夢中だったらしい。
――もしかして、私は余計なお世話だった?
間違いなく余計なお世話であるのだが、オリヴェルにとっては最高級のお世話だった。
自分にぎゅっと抱きついて、私のだからあげないとセシリアが宣言してくれたのだ。
※オリヴェルの主観ですので事実とは異なっている場合があります※
「――と、いうわけだ」
「オリヴェル?」
「俺の可愛い人がこう言うから、申し訳ないけれどお断りさせていただくよ」
「きゃっ!」
腕にしがみついているセシリアを抱き上げて、オリヴェルは自分の片腕に座らせる体勢にした。小柄なセシリアなのでできることだろう。
もちろん当の本人であるセシリアはなぜ突然このような展開になってしまったのかと、顔を青くしているのだけれど。
「……おろしてください」
そんな可愛いセシリアの声も、今のオリヴェルには心地よいだけだ。
愛おしそうに見つめて、まるで自分に都合のいい言葉にしか聞こえていない。焦るセシリアに、すこぶる機嫌のいいオリヴェル。
最上級ににこにこしているこのオリヴェルに、いったい誰が勝てると言うのだろうか。
「オリヴェル……。本当に、その魔王がいいの? だって、魔物たちを統べる王なのよ?」
エルナは、オリヴェルの返事を信じられない思いで聞いた。
魔王を倒すために旅をしてきたのは、いったいなんだったのだろうか。誰がこんな未来を、想像していただろうか。
「……その魔王を選んだとしても、私はまだあなたが好きだわ」
「エルナ……。ごめんね」
「あやまらないで。みじめじゃない」
苦笑して、エルナはオリヴェルを見る。
……その瞳からは涙が流れていて、セシリアはどきりとした。
「あ、あの、私……」
何かを言おうとして、何を言えばいいのかわからずにセシリアは口をつぐんでしまう。
きっとエルナはセシリアを睨みつけて、「どうせ少しの間だけです」と涙を拭う。
「……?」
「オリヴェルは、飽きっぽいもの。きっと、あなたを大切にするのだってすぐに飽きる」
「!」





