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その13 ボードゲーム:前編

 珍しいこともあるものだと――ゴブリンは思った。


 セシリアとオリヴェルが、ボードゲームをしているのだ。それも、セシリアの部屋で。いつもオリヴェルが近づくのをあんなに嫌がっていたセシリアがと大きく驚いた。


 すっかりオリヴェル邸の家政婦のようになっているゴブリンは、二人のために紅茶を淹れて焼き菓子を運んできたのだ。


「ああ、ゴブリンありがとう」

「……ありがとう」


 二人がやっているのは、リバーシ。

 白のセシリアと、黒のオリヴェル。戦況は――少し、セシリアが不利だろうか。黒いコマに囲まれて、逃げ場をなくしたうさぎのようだ。

 そうすると、さしずめオリヴェルは狼か。


「……負けた」

「セシリーって、実はボードゲーム苦手だよね」

「……セシリア、です」


 少し頬を膨らませて、そっぽを向くセシリア。

 ゴブリンが淹れた紅茶を美味しそうに飲みながら、どうして勝てないのだろうかと首を傾げる。戦闘面では惨敗だったのだから、せめてボードゲームくらい……と思ったが、セシリアの考えが甘かった。


 ――何でもできますね、この勇者は。


「セシリアはさ、一生懸命なんだよね」

「え……?」

「最初から、頑張っちゃうんだ。だから、後半で疲れちゃう」


 とんと、ボードをに指を置いてオリヴェルが言う。

 セシリアは誰かを守るために、スタート時から全力なのだ。そのため、後半でばててしまう。それは現実も、ボードゲームも当てはまるだろうとオリヴェルは言う。


「……手を抜け、ということ?」

「違う。パワーで押し切れたらいいけど、そうはいかないでしょう? だから、勝機を窺うことも大事だってこと」

「……勝機」


 なるほどと、セシリアは盤上を見た。


 ――確かに、私は最初から少しでも白いコマを増やそうとした。

 その結果、後半になってオリヴェルが大量にあった白を黒に染めた。


「……私は」

「うん?」


 ――勇者(あなた)が攻めてきたときの判断も、見誤っていたのだろうか。

 もう遅いけれど、これからのためには考えておくことも大切だろう。これからがあるのかは、わからないけど……と、心の中で付け加えて。


「セシリア?」


 俯いてしまったセシリアを見て、オリヴェルは苦笑する。

 言い過ぎてしまったなと思いながら、そっと彼女が座るソファの横へと腰を下ろす。


「……っ!」


 なぜ、隣に座るのですか! と、セシリアの瞳が訴えているが、そんなことを気にしていたら勇者などできはしないのだ。

 オリヴェルは気にせずにセシリアの肩を抱いて、自分の方へと引き寄せた。


「……何をするんですか、やめてください」

「やだ。やめてあげない」

「……っ!」


 ――だって可愛いから。

 とは、今は口にしないけれど。


「ねぇ、セシリア?」

「…………なんですか」

「別に、セシリアの判断すべてが間違っているわけじゃないよ? 魔王城は、全員生存してるんだから、言うなればセシリアの大勝利で、俺の大負けだ」


 惚れた時点で一生勝てない。

 もうオリヴェルがセシリアを傷つけることはないし、何かあれば全力で守るつもりだ。世界最強と謳われた勇者がセシリアのものになったのだから、今後はなにものにも負けはしないのだ。


「……でも、私はそのうち殺されるか生け贄にでもされるんですから。結局は負けです」

「殺さないし、生け贄にもしないけど?」

「…………」


 絶対に自分が殺されるということを、セシリアは譲らない。

 そもそも勇者は魔王を倒す存在であって、決して守ったりする存在ではないのだ。

 だから、オリヴェルがセシリアを保護しているような今の関係は不適切だ。どこかちぐはぐしていて、かみあっていないのだとセシリアは思う。

 もちろんかみあっていないのは、オリヴェルがセシリアに向ける感情の認識一点のみなのだけれども。

 頑固なセシリアの緊張をほぐすように、優しく頭を撫でる。


「ほら、せっかくゴブリンが用意してくれたんだ。食べてごらん」

「……」


 焼き菓子の乗ったお皿を差し出せば、セシリアは少し考えるそぶりをみせるが、素直にお菓子を一つ手に取って口に運んだ。

 オリヴェルの用意するお菓子はすぐに食べてくれないというのに、妬けてしまう。

 そうそうに退出したゴブリンは、夕食の準備をしているのだ。もはやどこか、ただの家政婦だなと苦笑しかない。


「よいしょっと」

「!? な、なにするんですか! 離して……っ!!」


 よいっとセシリアを抱き上げて、オリヴェルは自分の膝へと座らせる。

 ここをセシリアの定位置にしたいと企んで、何度か実行をしてはいるのだけれども――なかなかうまく行かない。

 絶対に嫌だという声を上げるのは、いったいいつになったらなくなるのだろう。


「だって、セシリアいい匂いだから膝に乗せておきたい」

「……意味がわかりません」


 背後からセシリアの肩口に顔をのせて、その匂いをこっそりと堪能する。

 しかしそれ以上触るとかなり機嫌が急降下するというのは、すでに把握済みだ。ギリギリセーフなラインを見極めて、オリヴェルはセシリアを構うのだ。


 いやいやと拒否する姿も、全部ひっくるめて可愛いセシリアだ。


「わかるように、ちょっと考えてみてよ」

「……?」

「どうして俺は、セシリアを膝に乗せたいんだと思う?」

「…………」


 オリヴェルは、セシリアに問う。

 好き、可愛い。そう何度も口にしてきたのだから、次はセシリアの口から言ってもらいたいのだ。

 セシリアの可愛い口で、『オリヴェルは私のことが好き』と――言ってもらいたい。

 それはオリヴェルの欲望にすぎないのだけれど、自分を意識してもらうのに一役かってくれるだろう。


 セシリアは首を傾げて、答えを探す。もちろん口から出たのは、オリヴェルの望む答えではないのだけれども。


「……私が魔王だから、逃げないように?」


 確かに、勇者の膝に座っていれば逃げることは不可能だろう。

 立ち上がろうとしたら掴むこともできるし、それこそ殺すことだって簡単だ。自分の目の前にある白い首筋に剣をあてればいいだけなのだから、容易いだろう。

 だが、ほしい答えはそれじゃない。


「はぁ……」


 セシリアにまったく気持ちが伝わっていない、と。オリヴェルはため息をつく。

 まぁ、確かに逃げないようにということに関しては否定もできない。自分に絡めて、一時も離したくないと思っているのだから。


 ゆっくり、舌の上で転がすようにセシリアの名前を呼ぶ。


「せしりあ」

「……?」

「セシリア」

「?」

「セシリア、セシリア……可愛いね」

「…………」


 今日はこのままずっとセシリアの名前を呼んで過ごそうかな。なんてオリヴェルが考えていれば、庭先に不穏な気配が漂った。

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