その12 やきもち
オリヴェルはここ最近、非常に深刻な状態に陥っていた。
まさかこんなことが起きるとは、いったい誰が予想していただろうか。いや、誰もしていないはずだ。
場所はリビング。かつてないほどの動揺がオリヴェルに襲いかかり、どうしたらいいのかわからず過呼吸にでもなってしまいそうだ。
「まさか、セシリアとソラがこんなに仲良くなってるなんて……!!」
いつも一緒にいるのは自分なのにと、オリヴェルは唇を噛みしめる。セシリアの隣に座るソラを睨みつけるその姿は、残念なイケメン以外の何物でもなくなっている。
「セシリアぎゅっとしたい匂いかぎたい……」
ふらりと足が動き、セシリアとソラが並んで座っているソファの中央へ無理やり割り込む。たとえ嫌だと言われようが、セシリアの隣に座っていいのは自分だけだ。
「ちょ、オリヴェルさんやめてください。大人の嫉妬とかみっともないですよ~」
「ソラをいじめないでください……」
「え、何なの二人して! 俺を愛してよセシリー!!」
「セシリアです」
こんなに尽くしているのに、どうしてセシリアはオリヴェルではなくソラを構うのか。きっと何か理由があるはずだと、セシリアとソラの間に座ったままオリヴェルは顎に手をあてて考え混む。
「可愛いセシリアに何か不自由させていたのだとしたら――ハッ! そうか、わかった」
「?」
「魔王であるセシリアを討伐しようと、毎日派遣されてくる兵士がうるさくて仕方がないんだろう? ごめんね、気付かなくて。すぐ静かになるよう、この国ごと滅ぼしてくるから……」
「違います」
ちょっと待っててねと言おうとしたら、即座にセシリアから否定の言葉があがる。
――どうしてこの勇者は、こんな突拍子もないことを言いだすのでしょうか。
まったく意味がわからないと、セシリアはため息をつく。
別にオリヴェルをないがしろにしてソラとばかり仲良くしているつもりはないし、どちらかというとオリヴェルが変態だから近づき辛いという理由の方が納得できるのではないだろうか。
そう、つまりはすべてオリヴェルのせいだ。
――というか、そもそも私をさっさと殺さないのもいけないんです。
でなければ、新たな勇者であるソラがくることもなかったしオリヴェルも穏やかな生活を送れていたはずだ。すべては自分がいるため、ややこしくなっているのだとセシリアは思っている。
もちろん、違う意味でセシリアがややこしくしてはいるのだけれども。
「俺もセシリアに甘えたいなぁ」
「……別に、ソラだって甘えていないです」
「…………はぁ。わかってないねぇ、セシリア?」
「?」
大きくため息をつくオリヴェルを見て、セシリアは首を傾げるも――それより先に「狭いです」と言ってソファから立ち上がる。
二人掛けの場所にセシリア、オリヴェル、ソラ。座れないこともないけれど、ちょっと圧迫感が嫌だった。というか、オリヴェルのセシリア大好きオーラが辛かったのだ。
「はは、オリヴェルさん魔王ちゃんに嫌われてやんのー(笑)」
「なんだ、殺るかコラ」
「ちょ、マジで心狭すぎるでしょ……」
からかうようにソラが笑うと、オリヴェルの手が腰の愛剣に伸び重く冷たい空気が溢れ出る。まさにそれは殺気で、勇者であるオリヴェルが出すものじゃないとソラは叫びたくなる。
「やっぱりオリヴェルさんこそが真の魔王だったんだ」
セシリアみたいな可愛い魔王がいるはずがなかったのだ。セシリアはきっとオリヴェルのダミーで、聖女のような美しいポジションが与えられているに違いない。
そんなソラの言葉に、セシリアが首を傾げる。
「魔王は、私ですよ……?」
「……あ、はい、そうです」
「セシリアのきょとんとした顔可愛い……大好き」
「…………」
勇者はこっちですとオリヴェルを指さしながら、セシリアはもう考えることを放棄した。
◇ ◇ ◇
夜も更け、今日はもう休んでしまおうという時間になっても――オリヴェルの機嫌はよくなかった。
昼間にセシリアがソラばかりを構っていたことを、未だに拗ねているのだ。セシリアとしては普通にしていたつもりなので、こんな態度をされても困るというものだ。
それなのに、オリヴェルがいるのはセシリアの部屋だ。
セシリアが座っているソファの横に座って、何も言葉を発さずにいるだけだ。二人でいるのに、どちらも言葉を発しない。
そんな、どこか居心地の悪い空間ができあがってしまっていた。
――こういうとき、どうすればいい?
もともと、セシリアは部屋で一人のんびりくつろぐことの多い生活だった。そこに突如入り込んできたオリヴェルに対して、正直どう接すればいいのかわからないところはある。
誰かと一緒にいるとき、何を話せばいいのだろう。
普段はうざったいほどにオリヴェルが話しかけてきたから、セシリアはこういったことに気付いていなかった。
「…………」
今までこういった沈黙をなくすように、オリヴェルが動いてくれていたんだ――と、セシリアは改めて実感した。それと同時に、自分では上手くできないのだということもわかってしまった。
――今も昔も、私は甘えてばっかりだったんだ。
「…………勇者」
「――! セシリア?」
勇気を振り絞るようにして、セシリアの声が沈黙を破る。
自分でもドキドキと驚いているのがわかるけれど、それ以上にオリヴェルが驚いてセシリアの名を呼んだ。まさかセシリアから、話しかけてくるとは思わなかったのだろう。
「いえ、その……なんでもないです」
呼びかけることにはとりあえず成功したが、その後に何を話せばいいかわからなくなり撃沈した。ふいっと視線を逸らすようにして、オリヴェルから顔を逸らす。
そんな仕草がまた可愛くて、オリヴェルは自分の心が氷から溶けて春になるような感覚に陥る。
「せーしりあっ!」
「きゃっ!」
顔を背けるのであればこちらにも考えがあるのだというように、オリヴェルはゆっくりと倒れセシリアの膝に頭を載せた。
小さくあがった悲鳴が可愛くて動揺しそうになるけれど、それ以上に柔らかいセシリアの太ももに動揺してしまい叫ばないよう必死でオリヴェルは自分の口を押えた。
「ああもう、幸せだなぁ」
「……幸せ、ですか?」
「うん。セシリアと一緒にいると幸せだし、俺を見てくれたらもっともっと幸せだし、笑ってくれたらもう死んだって悔いはないよ」
「…………」
ああ、いつもオリヴェルだ。
そう思いながら、この状況をどうすればいいのだろうと再び頭をひねる。先ほどのようにギスギスした空気はなくなったけれど、これはこれでどうすればいいかわからない。
「セシリー」
「……セシリア、です」
オリヴェルのダークレッドの髪がさらりと太ももをくすぐって、セシリアはくすぐったくなってほんの少しだけ身じろぐ。
「うん。もう少しだけ、このままでいさせて」
「…………」
何も言い返してこないセシリアの言葉を、オリヴェルは了承と勝手に解釈することにした。むしろ、拒否しないのだから快諾という可能性だってある。
もしそうであれば、嬉しくて本当に昇天してしまうかもしれない。
セシリアの膝枕から覗き込むようにセシリアの顔を見ていると、頬どころか耳まで赤くなっていることに気付く。少しは自分を意識してくれているのかと思うと、もっと意識してほしいと欲がわく。
「セシリア」
綺麗な長い三つ編みに指先を絡めてくいっと軽く引っ張ると、セシリアが小さく声をあげてオリヴェルに視線を向ける。
――あ、やっと俺を見てくれた。
「勇者?」
いったい何、と。
セシリアの夜明けのような瞳が訴えてくる。グレーの中にある青色が、自分の瞳の色とおんなじだと思わず声に出せば――セシリアが小さく息を呑む。
「俺と一緒なのは、嫌だった?」
「……別に、どっちでもいいです」
問いかけると、セシリアから否定の言葉は出なかった。それに心底安堵する自分に、苦笑してしまう。
いつでも自信満々で、女というものにオリヴェルは今まで興味を持たなかったし、これからもそうなんだろうな――なんて思っていたのに。
「セシリアって、不思議だ」
――俺をこんなに夢中にさせるなんて。
この魔王様には、きっと一生敵わないんだろうなと思ってオリヴェルは笑った。
いつもあとがきで、感想にいただいたちょっとしたお返事を……と思うのですが、うっかり忘れて投稿してしまいます。駄目な奴です、ごめんなさい。
感想は全部すぐに目を通しています、ありがとうございます!!
書籍化のお祝いのお言葉など、とても嬉しいです!
本当にありがとうございます…。うれしみ。
表紙のイラストですが、奥にいるのはソラとゴブリンです!
可愛いでしょう、ゴブリン。(笑)
もしかして真のマスコットキャラは彼かもしれない……ぬいぐるみになったら可愛いワンチャンだよね?
という感じで、発売日まで一週間を切りました。どきどき。
一応、発売日に完結するよう毎日投稿を予定していますので、あと少しお付き合いいただけたら嬉しいです。





