その11 可愛いセシリア
「ええぇぇい、まぁだオリヴェルと魔王を始末できないのか!!」
朝早く、王城で国王の不機嫌極まりない声があがった。今でもぬくぬくと自身の膝元で暮らしている二人に、苛立ちが隠せなかった。
「勇者ソラはいったい何をしてるんだ!!」
任務を言い渡してからしばらく経つのに、一向に成果を見せないソラに怒りが爆発しそうになっている。
すぐに兵士が、心底嫌そうな顔をしたソラを連れてきた。
「……定期的にあげてる報告書の通り、ですよ」
勇者として日の浅いソラは、オリヴェルに敵わない。それがすべてだ。
実際はお土産を持っていきセシリアと談笑したりしているが、仮に戦ったとしてもソラがオリヴェルを倒すことは不可能だということくらいわかっている。
「報告書なんてどうでもいいから、結果をあげろと言っているのがわからないか」
――んな、無茶を言う。
結果をあげれるのであれば、それこそ初日にあげている。オリヴェルと出会い、手も足も出ずにやられてしまったことは昨日のように覚えている。
「刀とかいう、おかしなものを使っているから勝てないんじゃないか? 勇者ならば剣を使えと、言ったであろうに」
刀という、自国の武器でないものをソラが使っていることも、実は国王にとって不満の一つだった。
そうは言われても、ソラはこちらの方が使い慣れていて手に馴染むのだから仕方がない。だが、ここで逆らうとまた面倒事が起きそうだなと思い、素直に頷くことにした。
「そうかもしれませんね……。何か、新しい剣を探してみます」
「おお、そうか! 早く剣を手に取り、オリヴェルを始末してこい。でないと――いや、なんでもない」
――でないと?
何かありそうだとソラは思うが、すぐに出ていくように言われてしまい探りを入れることができなかった。
――あ、でもそういえばオリヴェルさんの元パーティメンバーが何か話してたな。
もしかしたら、近いうちに接触があるかもしれない。
◇ ◇ ◇
場所は変わり、オリヴェル邸。
朝から国王に呼び出されていたため、ソラはイラつく気持ちを愚痴っている真っ最中だった。
「大変なんですね、勇者って……」
ただ、相槌を打つのはもっぱらゴブリンの役目になっているけれど。
「そうだよ! しかもさ、デブだから暑苦しくて仕方がないんだ!」
本人に聞かれたら不敬罪で処刑されるだろうなと、ゴブリンは遠い目をする。というか、セシリアとオリヴェルを始末するよう言われているの、その相手に愚痴を言いに来るとはどういうことだろうか。
ただただ、ゴブリンは頷いて「そうですね」というしかなかった。
のんびりソファに座っているセシリアが、二人の会話を聞き「勇者って大変なんですね」と、先ほどゴブリンが言ったことと同じことを口にする。
「あまり辛いようだったら、無理せずちゃんと待遇改善を求めるのがいいですよ……」
「セシリア、国王にそれは通じないよ」
真面目な顔でソラにアドバイスを送るセシリアを見て、隣に座っていたオリヴェルが無理だと首を振る。
「この国の王は、セシリアと違って下の意見なんて聞いたりしない。我儘で、暴君だ。気に入られなければすぐに首だって飛ぶし、面倒だよ」
「そう、本当そう!」
早く独立したいと言いながら、ソラは「あっ」と声をあげる。
「そういえば、俺の武器が刀っていうのも気に入らないらしいんですよね。なんかいい感じの剣とかないですかね、オリヴェルさん」
「剣かぁ……」
確かにあの国王は、自国のものを使えと言い張るところがある。かといって、オリヴェルも不要な剣をもっているわけではない。
「んー……あ、そうだ。いいのがある」
いそいそとノートパソコンを取り出して、以前利用したゴブリンネット通販のサイトを開く。確か剣の扱いもあったはずだと、オリヴェルはスクロールして商品を探していく。
「ゴブリン専用なのに、人間用の剣?」
「戦闘に特化したゴブリンは、体が大きく成長することもあるんだ。だから、武器に関しては結構いろんなサイズがあるんだ」
手先も器用な種族だから、そこら辺にある武器屋で買うよりいいものが手に入る。
モニタを見てみると、確かに業物と思える剣が何点も並んでいた。シンプルなものから、切れ味よりも装飾に凝ったものもある。用途に応じて使い分けることができるようだ。
「へぇ……! メインの武器はこの刀だし、デザイン重視で選ぼうかな」
「…………」
セシリアも横から覗き込み、確かにいろいろな武器が売っているのだと感心する。お店で自分の体に合ったものを特注した方がいいと思っていたので、目から鱗状態だ。
今度ゴブリンにお願いして見せてもらおうかなと思いながら、ソラが選ぶのをのんびり横から見る。
「よっし、このデザインにしようっと」
ゴテゴテのデザインを選ぶのだろうかと思っていたら、細身でシンプルな剣をぽちっていた。あまり大きいものを選ぶと、持ち運びが面倒だと思ったとソラが告げる。
切れ味はまったく考慮していないらしいけれど、ゴブリンの作るものは一定以上の品質になっているから問題ないのだという。
「お、魔法アイテムもある! すげぇ!」
「結構品ぞろえがいいんだよね」
違うページをクリックして見ていくと、ずらりと並ぶ魔法石やポーション類。あると便利だと言いながらぽちぽちしていく。
「いろいろあるんですね……」
基本的に戦闘をしないので、セシリアはこういった魔法アイテム類を必要とはしない。仮に何かが必要だったとしても、いつもゴブリンや配下の魔物たちが揃えてくれていた。
でも、勇者に連れ去られてから少しずつ……セシリアが変わっていった。外に出てこそいないけれど、やってきた仕立て屋と服を作ったり、通販のカタログを見たりした。
自分が好きだと思うものが、形になってきた。そんな風に考えて、自分の世界がほんの少しずつだけど広がっているような気がした。
「んんん、食べ物もあるのか! どら焼きだ! これ絶対美味いやつだ買おう」
「どら焼き?」
ソラがテンションを上げながらぽちぽちしている食べ物を見て、初めて見る形にセシリアは首を傾げる。ケーキやクッキーなどはわかるけれど、あのような茶色い生地に包まれている食べ物は初めてだ。
「俺の故郷で結構人気のある食べ物で、中にあんこが入ってるんだ。魔王ちゃんの分も頼むね!」
そういってぽちっと買い物カゴにたくさんのどら焼きが入れられた。
「あ、魔王ちゃんはこういうの好きじゃない?」
そういってソラが指差したのは、可愛らしい和菓子。
セシリアと一緒にオリヴェルも覗き込みながら、「初めて見るね」と興味深そうにしている。色とりどりなところはケーキなどのお菓子と似ているけれど、細部が段違いに綺麗に作られていた。
お菓子の芸術と、そう呼んでもいいのではないだろうかと思ってしまうほど。
「綺麗で、食べるのがもったいなさそうですね。ソラは、こういうのが好きなんですか?」
「どっちかっていうと、結構好きかなぁ」
よく食べてたんだと言いながら、また何個かぽちぽちして買い物カゴに放り込む。
さすがにそろそろ買いすぎじゃないだろうかと、セシリアがソラの手を止める。
「買いすぎです」
「はぁい」
やっぱり手のかかる弟のようだなと、セシリアは苦笑する。
「……ッ!?」
「セシリアっ!?」
「え……?」
はにかむようなセシリアを見た瞬間、ソラがぼっと顔を赤くしてオリヴェルは何してるのとセシリアを自分に引き寄せ抱きしめた。
「ああもう、なんでそんな可愛い顔をソラに向けるの!」
「…………」
何を言っているんだこの勇者はと、セシリアはあきれてしまう。別に可愛い顔なんてまったくしていないし、いたって普通の顔だったとセシリアは思っている。
「別に、普通です」
「普通じゃなかったです超かわいかったですー」
ぎゅうぎゅうと抱きしめるオリヴェルから逃れようとしてみるが、非力なセシリアではそれも難しい。助けを求めるようにゴブリンへ視線を向けるが、力なく無理だと首を横に振られてしまった。
「ああもう、魔王ちゃん可愛いー」
「ソラ、もうこの家は出禁だから」
「ちょ、とんなこと言わないでくださいオリヴェルさん」
みんなセシリアが大好きなんですからーと声をあげ、そのままお会計にぽちぽち進んでいく。
支払先情報がオリヴェルになっているのは見なかった振りをして、ソラは心の中であざっすと呟いたのだった。





