その10 新たなる勇者の誕生:後編
オリヴェル邸、庭先。
セシリアが癒される空間になるようにと手入れされたそこは、色とりどりの花が咲き誇り、綺麗な噴水が涼しさを演出している。
そこを訪れた少年は、漆黒の防具を身に纏い、漆黒の刀を手にしていた。
対峙する、オリヴェルと漆黒の少年。
最初に口を開いたのは、オリヴェルだ。
「招いた覚えはないんだけどな。人が張った結界を破るなんて、マナーがなっていないんじゃない?」
「その言葉は、そのまま返すよ。お前は勇者だろ? なんで、魔王を殺せっていう王命を受け実行しなかったんだ」
魔王を殺せという王命を、オリヴェルは放棄した。
疑問を問いかけた少年は、勇者なのになぜ魔王を連れ帰ったのかということが疑問だった。魔王といえば倒されるべき悪であり、生かしていていいものではないと少年は思っている。
「――別に、王命なんて気にはしない。それ以上に、魔王が欲しいと思った。それだけだ」
「王命よりも、魔王を選んだってことか?」
「ああ」
きょとんとした表情をして、少年はオリヴェルを見た。
漆黒の鎧に似合わない、幼さが残った顔立ち。黒い髪と黒い瞳は、朝よりも夜の方が似合いそうなほどだ。あまり見ない色だなと、オリヴェルは思う。
まだ名を知らない少年の雰囲気は、どこか自分に似ているところがある。そろそろ現れるころだと思っていたから、きっと彼がそうなのだろうと当たりを付ける。
「それで――お前は、新しい勇者ってところか?」
「……そうだ。国王から、勇者として任命を受けた」
「ご苦労なことだ」
それであれば、自分はもうお払い箱だろうと気楽に考える。
その方がセシリアと一緒にいられる時間が増えるし、お金なんて一生遊んで暮らせるほどには稼いでいる。贅沢をしても、問題はない。
「……王様から、お前を殺して魔王を連れてこいって言われてる」
「ふぅん……?」
少年が口にしたのは、オリヴェルの殺害だ。
そのようなこと、簡単にできるはずがない。オリヴェルは勇者なのだから、誰かに負けるということはないのだが――。
――この少年、異質だな。
強い。
オリヴェルは瞬時に少年の実力を察知し、自分の愛剣へ手を伸ばす。
それと同時に、少年も腰の刀に手を伸ばす。
キィンと、二人の刃が交わり波紋を作る。どちらも引けを取らない力強さと、速さ。
勇者という名を冠するに相応しい。
「勇者オリヴェル! お前に恨みはないけど、倒させてもらう!!」
「俺がお前のようなひよっこに、やられるわけがないだろう?」
オリヴェルに斬りかかってきた刀を大きく剣で弾くと、少年は後ろへと飛ばされる。が、空中で体をひねりそのまま綺麗に着地をしてみせた。
なるほど、と。オリヴェルは感心しながら少年の様子を伺う。
刀を一度鞘に戻して、少年は踏み込む機会を探る。
「魔王がほしいとか、まったく意味がわかんないけど……。とりあえず、俺は任務をこなすだけだよっ!」
居合いを行い、少年はゼロスピードでオリヴェルに迫る。
――へぇ。思ってたよりは、速く動くな。
でも、まだ遅い。
瞬時にオリヴェルの懐へ潜り込んでくる少年のスピードに動揺することなく、「甘いな、ひよっこ」と言い放って剣先に炎を宿らせる。
炎で刀を受け止めれば、それが熱風のように少年を襲う。熱さに顔を歪めるが、しかしここで引くわけにも行かない。
一太刀、二太刀と――剣と刀が火花を散らした。少年の刀が絶え間なくオリヴェルへ向けられるのを、危なげなくいなしていく。
「ふぅん……」
――思っていたよりは、強い。
自由奔放に、何も考えず気楽に生きていると思われがちなオリヴェルだが、強者の情報は基本的に持っている。情報屋とも繋がりはあるし、何もせずに集まってくる情報だって多い。
だというのに、少年のことはまったく知らなかった。いったいどこの田舎から出てきたのだろうと思いつつも――次で決着をつけようと考える。
少年も必死に食らいついてはくるけれど、圧倒的に、経験という差があった。剣を交えれば、大抵のことはわかるとオリヴェルは思っている。
この少年の剣からは、戦ってきた者の強さがない。潜在能力は高いが、戦い始めてからはひどく浅いということが読み取れた。
「くっそ、さすがに勇者だけあって、強いんだな」
呼吸を乱しながら、少年が大きく後ろに跳びのいた。今はオリヴェルから距離を取って様子を見るのがいいと判断したのだろう。
悪くない判断だとオリヴェルは素直に認めるが、自分相手でそれは通用しない。
「まぁな。……さてと、これで終わりだ」
「な、ちょ、それは反則じゃ――!?」
にっこり微笑んだオリヴェルを見て、少年は大きく目を見開いて声をあげる。
勇者オリヴェルが全力を出して自分と戦っているとばかり思っていたのに――こんな隠し玉を持っていたなんて、反則だ。
オリヴェルの右手には、今まで持っていた愛剣が。
左手には、光魔法の強大な剣があった。
オリヴェルの頭身よりも大きな光の大剣は、そのまま少年へと放たれた。
急ぎ結界を張ろうと少年はもがくが、そんなもので防げるほどオリヴェルの攻撃は甘くない。どうすると考え、なりふり構わずに少年も実行に移す。
「くっそ、どうとでもなれええええええぇぇぇ!!」
少年が結界と同時に展開したのは、炎の魔法。
結果、大爆発が屋敷の庭で起こった。
ドオオォォンと大きな音がして、屋敷にも若干の被害が出た。
二階部分と、庭に面したリビングだ。
「……え?」
思わず声をあげたセシリアは、きょとんとした顔で庭にいるオリヴェルと少年を見る。いったい何があったのだろうと思うが、戦っていたことは間違いない。
「セシリア! ごめん、驚かせたね……」
オリヴェルはすぐセシリアの下に行き、怪我がないかを確認する。
結界を張ってありはするので大丈夫だということはわかっているのだが、実際に自分の目で見るまでは安心出来ない。
ソファに座っていたセシリアを立たせ、頭のてっぺんから足のつま先まですべて確認する。もちろん、髪が焦げていないかチェックするのも忘れない。
「よかった、怪我はないね」
「この程度で、怪我はしません。それにしても、驚きました……。勇者、あの少年はいったい?」
「新しい勇者らしいよ」
衝撃で庭の端へふっとんだ少年は、ちょうど立ち上がろうとしているところだった。
思っていたよりもタフだなとオリヴェルは苦笑する。しかし自分に敵わないということは、嫌でもわかっただろう。
これにこりたら、田舎へでも帰ればいい。
あれだけ相手をしたのだから、これからはセシリアとの時間だ。もう新たな勇者を構っている暇なんて、オリヴェルにはない。セシリア不足で死んでしまうかもしれない。
「セシリア、頑張ったからぎゅうってしていい?」
「駄目です」
――ご褒美をちょうだいとねだる勇者を、あしらう美少女?
「……え?」
完全に立ち上がった少年は、屋敷にいるオリヴェルたちを見て目を見開いた。
なにこれいったいどういう状況? さっきまでの凛々しい顔をした勇者オリヴェルがいない、もしかして二重人格だったのか? と、少年は思ってしまった。
「…………んんっ?」
とりあえず現状を把握しなければいけないと、少年はオリヴェルの下まで駆けていき――ハッと息を呑む。
視界に映ったのは、緑色の自分よりもはるかに小さい子供のような魔物だ。うっかり思ったことが、そのままするりと口から出てしまった。
「魔王って、ゴブリンだったのか?」
「自分が!? めっそうもございませんです恐れ多い!!」
少年の言葉に、セシリアと一緒にいたゴブリンが高速で首を振って否定する。自分が魔王などと、たとえオリヴェルが真人間になってもあり得ないと思っている。
――ここにいる魔物って、ゴブリンだけじゃないのか?
んんっと首を傾げて、少年はこの場にいるオリヴェル、セシリア、ゴブリンを交互に見る。
「え? じゃぁ、魔王って――」
オリヴェルの視線は動かないが、ゴブリンの視線はセシリアへと向かう。
それを見た少年は、「はぁっ!?」と声をあげた。
「魔王って、その可愛い子!? 確かにこれは持ち帰る……っ!!」
少年は大きく頷き、王命も放棄してしまうのは仕方がないと思った――。
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