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その10 新たなる勇者の誕生:前編

 オリヴェルの朝は早い。

 身支度をし、その後に庭で鍛錬を行う。終了後はシャワーを浴びて、愛しいセシリアのために朝食を作る。

 それが日課であったのだが、今日はいつもと少し違った朝だった。


 初めて見る光景に、オリヴェルはきょとんとして何度も目を瞬いた。

 これは夢だろうかと、思わず自分の頬を抓る。痛みがあることを確認してしまえば、あっという間にだらしなく頬が緩む。


「セシリー?」

「……セシリア、です」


 鍛錬を終えたオリヴェルが屋敷へ戻ると、そこにはエプロン姿のセシリアとゴブリンがいた。

 いつもならば、セシリアは部屋にいる時間だ。


 ――それがこんな早くから見られるなんて嬉しい。

 という、欲望的な思考が真っ先に脳裏をよぎる。いやまて、それよりも大事なことがあるだろう。


「セシリア、エプロン付けてる。すごく可愛い」

「……っ!」

「俺に見せるために着てくれたの? 可愛い、ぎゅってしたい。してもいい?」


 矢継ぎ早に思ったことを紡ぐオリヴェルに、セシリアはドン引きだ。


 エプロンを付けただけなのにテンションがマックス値まで上がってしまう勇者が恐ろしいと思わない方がおかしいだろう。

 絶対にぎゅっとされたくないと、全身で拒否する。両手を前に出しながら、セシリアは後ろへと下がる。頭は勢いよくぶんぶんと横に振っている。


「……嫌です、結構です、遠慮します」

「ええ、残念。そんなに照れなくてもいいのに」

「……照れているわけではないです」


 勝手な誤解をするなと、セシリアはオリヴェルの言葉を否定する。

 そこに無謀にも入り込んだのは、ゴブリンだ。


「おはようございます、勇者。自分がせめて食事の準備をと思ったら、セシリア様が手伝ってくださったのです」

「ゴッジョブだ、ゴブリン」


 このゴブリンは、なんとよい働きをするのか。


 確かに自分で作った朝食を食べるセシリアを見るのもいいが、セシリアが作ってくれた朝食を食べるというのもまたそそる。いや、別格だろう。至福だ。

 即答でゴブリンを褒め、これからもぜひ色々とやらかしてほしいと思う。


 セシリアが作ってくれた朝食はなんだろうかとうきうきしながら覗き込もうとすると、すかさずセシリアからストップが入る。

 どうしたのだろうかと首を傾げると、可愛らしいセシリアの手がオリヴェルの服の裾を掴んでキッチンを見るなと暗に告げている。


 ――可愛い。俺の服を掴んでるとか、俺にどうしろっていうの?

 抱きしめちゃうよ? なんて思っていると、セシリアの小さな声が耳に届く。


「……まだ、できていません」

「先にシャワーなど、どうでしょう。その頃には、できあがっていると思います」

「そうだね、そうさせてもらおうかな。……セシリア、背中流してくれる?」

「断固拒否します」

「残念だ」


 くつくつと笑いながら、オリヴェルはバスルームへと向かう。


 あんなに即答されたら傷つくじゃないかと思いつつ、まったく傷ついてはいないけれど。なんであんなに可愛いんだろう。

 もっともっと、色々なセシリアが見たい。そんな欲が、オリヴェルの中を渦巻いていく。




 ◇ ◇ ◇


「うん、美味しい。すごくセシリアの味がする」

「…………卵なので、私ではなくニワトリの味じゃないですか?」


 おろおろと視線を泳がせるゴブリンの前で、オリヴェルはにこやかにセシリアの作った朝食を口に運ぶ。

 この勇者はセクハラまがいの言葉しか口からでないのかとも思いつつ、美味しいのであればよかったと安堵する。


 オリヴェルの機嫌を損ねるのは、よろしくない。そう、セシリアは考えているのだ。


 セシリアとゴブリンが作った朝食は、和食だった。

 焼いた魚と、だし巻き卵。カボチャの煮物に、お味噌汁とご飯。


 ゴブリンは料理が大の得意なのだ。セシリアに使えるために、料理や掃除など、身の回りの世話をするためのスキルはすべてある。

 ゴブリンがこんなに優秀でいいのだろうかと思うけれど、セシリアに使えるため懸命に修行した結果だ。


 ――幸せだなぁ。

 オリヴェルはだらしない顔をしながら、セシリアが自分のために作った朝食を口に運ぶ。

 もちろんほとんどの過程はゴブリンが行ったのだが、その事実を言う者はここにはいない。


「和食は久しぶりに食べたよ。セシリアは、よく食べるの?」

「……別に、普通です」

「そう? でも、魚の食べ方も丁寧で綺麗だし。お箸を持つ手も綺麗」


 お箸を持つ形ではなく、その手に注目するところが変態だなと、ゴブリンは何かを察するように思った。

 楽しく食べ進めていると、ふいにオリヴェルの手が止まる。


「…………?」

「どうしましたか?」


 セシリアがほんの少しだけ首を傾げて、それを代弁するようにゴブリンが話す。

 オリヴェルは苦笑しながら、「ちょっとお客さんみたい」とリビングから出て行ってしまった。


 どうしたのだろうと、セシリアとゴブリンは顔を見合わせる。

 ただ、こういった来客は度々ある。大抵は魔王であるセシリアを狙った兵士だけれど、それならセシリアだって気配に気付くことができる。


「誰かいらっしゃったみたいですね……」

「でも、そんな気配はしない」

「セシリア様が感じられないとは、不思議ですね。何か勇者の結界でも張ってあるのでしょうか?」

「……かもしれない。私よりも、勇者の方が強いから」


 ぐっと、セシリアが拳を握りしめる。

 自分が弱いから、魔王なのに城を守ることが出来なかったと悔やんでいるのだ。


「セシリア様……。あまり、お気になさらないでください。みな、元気です」

「ゴブリン……」

「それに、我々は、そんな心優しいセシリア様が大好きなんです。だから、セシリア様はそのままでいてください」


 本当であれば、自分たちがセシリアを守らなければいけなかったのだとゴブリンは悔やむ。互いが互いに、守れなかったことを後悔しているのだ。


「ありがとう」


 小さな声で、セシリアはゴブリンにお礼を言う。

 まだ城の皆は生きているし、復旧作業を行っているのだ。ここでセシリアがへこたれていては、いけない。


「それはそうと、セシリア様……いや、自分はわかっているつもりですが……はっきりセシリア様に伺ったことはなかったので」

「?」


「セシリア様と、その、勇者は――どういった関係なんですか?」


 ゴブリンが口を開いた瞬間、大きな爆発が起きた。

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