その6 くだされた王命:後編
ラーメン食べたいな、買いに行くか食べに行こうかなと思ったけど雨がひどかったので本日二回目の更新をすることにしました。
セシリアをリビングに残し、オリヴェルは屋敷の前に立った。
玄関を出て庭を通り、門の前。逃がしはしないとでもいうように、大勢の人間が武器を持ちそこに立っている。わざわざこんな大人数で来るなんて、ご苦労なことだなと思う。
約一か月ぶりに見たその顔に苦笑して、「何か用事?」と口にする。とても軽い口調であるが、オリヴェルの腰には愛剣が携えてある。
何かあれば容赦はしないと――暗に、オリヴェルの青い瞳がそう告げているのだ。
屋敷へ来たのは、一緒に魔王城へ行ったパーティメンバーと、城から派遣されてきた兵士たち。
魔王――セシリアをオリヴェルが屋敷に連れ込んだのは周知されているらしく、誰もが睨むような顔でこちらを見ている。
よほど、セシリアを連れ帰ったのが気に入らないらしい。
「どういうことだ、オリヴェル!!」
「あれは魔王でしょう!?」
最初に声を荒げたのは、アウリスだ。人一倍正義感の強かった彼は、魔王を倒さなかったことに強い怒りを覚えている。拳を固く握りしめているため、じんわり血がにじんでいた。
イリナも信じられないと、アウリス同様声をあげる。
どうして魔王を生かし、連れ帰ったのかということを問いつめられる。続けざまに「すぐ魔王を出せ」とアウリスが声を張りあげるが、オリヴェルは首を横に振る。
あんなに可愛いセシリアを、どうしてこんな凶暴そうに怒っている男の目に触れさせないといけないのか。誰にも見せることなく、屋敷に閉じ込めておきたいのに。
睨み合うオリヴェルたちを見ていたエルナは、いったいどうしてしまったのかと肩をすくめる。女王として、ここを仲裁しなければと口を開いた。
「ええと、オリヴェル。今、魔王はどうしているの?」
「休んでいると思うけど」
アウリスをなだめるようにしながら声をかけ、できる限りオリヴェルの怒りを買わないようにしなければと慎重に言葉を選ぶ。
「……私たちがお父様、いいえ、国王に受けた任務を忘れてしまったのですか?」
「別に忘れたわけじゃないよ」
「なら、魔王をこちらに渡してくださいませ」
命令だったのだからと言ってみるも、オリヴェルはやはりできないと首を横に振る。それを見て、エルナはぎりっと唇を噛みしめる。
突然魔王を連れ去ったオリヴェルをずっと心配していた彼女は、魔王を渡さないと言い張ることを不安に思う。オリヴェルにいったい何があったのだろうか、と。
休んでいるなんて言われてしまえば、困惑するしかない。
「ええと、オリヴェルは、魔王をどうするおつもりなのですか?」
「どうする――?」
エルナの言葉に、オリヴェルは酷く動揺した。
いったい自分はセシリアと何をしたいのか。そんなこと、今まで明確に考えたことはなかったのだ。今はただ、可愛くて可愛くて仕方がないのだ。
自分のそばに、いてほしい。
――どうするつもり、か。
朝は、一番におはようの挨拶をしたい。
洗面所に並びながら一緒に歯を磨きたいし、朝食の準備だってしたい。
仕事のある日は、玄関まで見送ってもらう。
絶対寂しくなってしまうからすぐに仕事を終わらせて、帰宅する。
そうしたら、夕飯を作っているセシリアがエプロン姿で玄関まで迎えに来てくれる。
そして「ご飯がいい、お風呂がいい? それとも――」と――。
「――……あぁもう、可愛すぎる!!」
「お、オリヴェル?」
ぐっと拳を握りしめて、オリヴェルはセシリアの可愛さに打ちのめされる。
いったいどうしたのだろうとエルナは心配するが、そんなことはオリヴェルに関係ない。今の彼は、セシリアのことでいっぱいいっぱいなのだ。
パーティメンバーが困惑していると、低い声が兵士たちの間からオリヴェルへ向けられる。
「すまない。オリヴェル様、魔王をお渡しください」
「団長……」
控えていた兵士の一人がすっと前へでる。屈強な体つきは、そのまま地位を現すようだ。
兵士団長をしている彼は、国王より魔王を捕縛するように命令を受けているのだ。すぐにオリヴェルから魔王を引き渡してもらえると思っていたのだが――どうやら雲ゆきが怪しい。
これ以上、エルナたちに任せておいては時間がかかりすぎると判断した。そのため慌てて前に出て、率直に申し出たのだ。
エルナは少し下がり、兵士団長に前を譲る。
緊迫した空気がながれているが、オリヴェルはどうするのだろうと様子を見る。しかし彼は気にした様子もなく、首を振った。
例え兵士団長だろうと、王命だろうと、オリヴェルが首を縦に振ることはない。
「それはできないですね」
「どうしてですか?」
「え――? どうしてって、セシリアは俺の可愛い人ですけど」
「…………はい?」
その場にいる全員から、声があがった。
目が点になるというのは、このことだろうか。「可愛い人とは?」と言う声が、いたるところからあがっている。数十人いる兵士たち全員が顔をしかめて、戸惑いを隠せない。
しかしその中で一番戸惑っているのは、エルナだ。
「あ、あの。オリヴェル、それはいったいどういうことでしょう?」
「どうって、そのままの意味だけど」
「そのままの……」
それは、好きということですか?
と、エルナは口を開きかけてやめる。ここでオリヴェルに「はい」と言われでもしたら、もう立ち直れないと思ったからだ。
可愛い人。自分でそう言ったのに、オリヴェルは顔がにやけてしまう。
ああ、早く家の中へ帰りたい。今、セシリアは何をしているんだろう。そんなことばかりが脳裏をよぎる。
「――つまり、魔王を我々に渡すことはできないということですか?」
「そうだ」
兵士団長の声に、オリヴェルは即答する。
魔王をよこせ? そんなこと、とんでもない。俺の可愛いセシリアを、こんないかつい兵士たちに、肥え太った国王の下へ行かせるわけがない。ありえない!
「オリヴェル様。これは、陛下からの命令です。陛下の言葉を拒否するおつもりか」
「…………」
再度、確認するように兵士団長は問いかける。しかし、オリヴェルは何も言わない。それは答えがイエスと決まっているからだ。王に言われようと、神に言われようと、セシリアを手放す気はないからだ。
「国王よりもセシリアの方が大切なんだから、仕方がないだろう?」
当然のように言い放つオリヴェルに、兵士団長はカッと顔を赤くする。
「あなたは、優秀な勇者ではなかったのですか!」
確かに、オリヴェルは優秀だ。勇者としての実力も、人脈も、なにもかもが申し分ない。
兵士団長は、腰に下げた剣へ手をかける。オリヴェルは、そのまま手に愛剣を握りしめている。一対一で戦えば、間違いなく負けるのだ。
けれど、王命である以上このまま変えるという選択はできない。兵士団長が剣を抜こうとした瞬間――しかし、エルナの声がそれを遮る。
「正気になってください、オリヴェル!!」
「別に、いつも通りだけど」
両手を広げ、エルナはオリヴェルと兵士団長の間に立つ。自分たちは争う間柄ではないのだと、訴える。
きっと、魔王の瘴気か何かに侵されてしまったのだとエルナは考えた。それであれば、自分が癒すことができるかもしれない。
回復魔法をかけてみようとするが――しかし、何も怪しい箇所はない。オリヴェルが瞳を細め、エルナを見る。
「……エルナ、俺は至って正気だ」
「でも、だって……オリヴェル。魔王を屋敷におくなんて、おかしいです」
勇者が魔王に取り込まれるなんて、ありえないだろう? そう、オリヴェルは告げる。それでも、エルナは何かがあったはずだと考える。でなければ、オリヴェルがこうも魔王に執着している理由がわからない。
「――とりあえず、今日はもう帰ってくれないか?」
オリヴェルは言い放って、自分の愛剣へと手を伸ばす。
これ以上、せっかくのセシリアとの時間を奪われたくはないのだ。
剣を鞘から抜き放ち、一振り。たったそれだけの風圧で、全員が後ろへ倒れて体勢を崩した。青い顔をしながら、兵士が足を振るわせた。
「こ、ここ、これが勇者の力!?」
「おかしいだろ、色々と!」
何人かの兵士が逃げ出したところを見て、オリヴェルは口を開く。
「次は、本気で振るう」
「……っ!」
すっと細められて、前を睨みつける。
いつもよりもずっと低く冷たい声は、それが本気であるということをわからせた。
「そんな、うそですよね……オリヴェル」
「エルナ、こっちにきて。今日は一旦帰ろう?」
イリナがエルナを支えて、後ろへ下がる。
ほかのメンバーも悔しそうにしつつ、今日は下がることにした。本気を出したオリヴェルには、誰も勝てないということを理解しているからだ。
エルナは瞳に涙をためながら、イリナに引きずられるようにしてオリヴェル邸をあとにした。
やっと帰ってくれたと、オリヴェルはそれを見送った。
「――セシリアがほしいなんて、冗談じゃない」
渡したら、いったいどんな目に遭うか。陵辱されて殺される? きっとそれよりも、酷い目に遭うに違いない。
なにせ、彼女は魔王なのだから。
すぐにセシリアの顔が見たくなって、オリヴェルは急いでリビングへと戻る。
一人でいるときは何をしているんだろうと思いながら、しかしそこにセシリアの気配がある。早くセシリアの顔を見たい、おかえりなさいと言われたい。
「セシリ――……!」
名前を呼びながらリビングへ入ったところで、ぱたりと足を止める。
柔らかなソファへ体育座りになって、目を閉じていた。起こさないようにゆっくりと前に移動して、まじまじとセシリアの顔を見た。
そして目に入ったのは、白い太ももだ。体育座りによって少し持ち上げられたスカートの隙間から、セシリアの白い肌が覗いた。
思わず手で顔を覆って、オリヴェルは顔をそらす。
そして芽生えるのは、ほんの少しの悪戯心だ。
「――寝てる?」
「……起きてます」
「そう。よかった……」
――残念。
セシリアの危機察知能力は、おそらくかなり高い。オリヴェルは笑いながら、セシリアの下へ「ただいま」と告げながら向かった。
「…………」
――いつか、お帰りって言ってくれたらいいな。
そう思いながら、オリヴェルはセシリアに優しく微笑んだ。
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