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ヒロインは強制参加です

作者: たきがわ れい

 よく晴れた春の朝。


 ダメかもしれない、と思った。

 新しい生活が始まる、と思った。


 どちらが、先に思ったことなのかは、よくわからない。

 私は今、正門に掲げられている学校名を、何度も繰り返し見て、確かめてる。

 鳳凰聖城学園。

 ダメかもしれないと思った私、立花小夜子が知っているゲームに出てくる学校名だ。

 そして、新しい学校生活が始まると思った私、星川理沙が今日から転入する学校だ。

 落ち着け私。

 ちゃんと目は覚めているよね。

 大きく深呼吸をしてみた。

 妙にリアルな夢ってあるものだ。小夜子である私がそう思おうとしているのに反して、理沙の私が現実だと認識している。

 今日は私、理沙の転校一日目だ。早めに登校しようといつもより早起きし、電車に乗って、到着した駅から五分、歩いてここまでやって来た。

 親を亡くしてしまった。思い出の詰まった家を引き払ってから昨日までの二日間、胸を締め付けられるような不安と両親がもういないことが信じられなくぼんやりする気持ちに繰り返し襲われながら、ホテルで過ごしていた。

 これからはこの学校の女子寮で生活することになる。荷物はすでに学生寮に届けられているはずだ。

 今、右手の指さきで額を押さえたのは、小夜子の方の私だ。

 いつもと同じように通勤のために家を出た。ダメかもしれないと思ったのは、それからいくらも歩かないうちだった。道は細かった。スピードの出ている車が急に左折をしてきて、それに気づいた時には、目の前に車があった。体中に衝撃を感じて、そこで記憶は閉じている。

 私、死んだの?

 思わず身をすくめて、辺りを見回した。

 小夜子が知らない場所だ。

 理沙にとっても、まだ馴染みのない場所ではある。

 どうしよう。

 いや、どうしようもない。

 自分の手が目に入った。

 小夜子である私の手ではなかった。知らない手だ。二十八才の小夜子より、若い手だ。

 もちろん、理沙である私の手である。十六才の私の手。

 身につけているのは、この高校の制服。

 紺のジャケットの左胸には、学校のエンブレム。白いシャツに、臙脂色のタイ。スカートは、グレーの地色に同系色のチェックが入った膝上十五センチ。

 小夜子としての私が、パニックを起こした。

 これは、少し前にやったゲームだ。この制服も、学校名も同じだ。

 元々興味はなかったが、ゲーム好きの妹に、絶対お勧めだと言われてやったゲームの内容と合致する。

 立花小夜子は自動車事故で死んだ?

 そして、恋愛シミュレーションゲーム『きらめいて恋がはじまる』のヒロイン星川理沙になってる?


「絶対面白いから。騙されたと思ってやってみてよ。」

 立花小夜子である私は、妹の千夏が力を込めて勧めて来たゲーム『きらめいて恋がはじまる』をやらされた。

 攻略キャラが美形揃いで、声も素敵。ストーリーが作りこまれていて、気が抜けない。ライバルキャラには本気で腹が立つ。

 そう千夏は熱弁を振るった。

 けれど私が面白いと思ったのは最初だけだった。

 ありえないセリフに大笑いをしていたけど、だんだんイライラしてきた。

 うざい。うざすぎる。全然すっきりしない。これならジェーン・オースティンの小説を読み返す方がいい。

「お姉ちゃん、女子力低すぎ!」

 そう怒る妹に、言い返したものだ。

「私は『女子』じゃないの。大人の女なの。」

 五才年下の妹が文句をだらだら言う横で、攻略本を読んだ。

 ゲームをやり込む気は全くなかったが、あのキャラクターたちがどんなストーリーを展開するのか、読んで笑って、すっきりして終わりたかった。

 本なら、突然大げさな台詞を言われる滑稽さに、いたたまれない気分になることはない。

 それに、行く末が案じられる登場人物がいた。攻略キャラではない。同じクラスの男子クラス委員だ。気の毒な彼は、ヒロインが、攻略キャラ全員の好感度を一定量上げないと、ヒロインに対し『ヤンデレ』を発症してしまう。

 ゲームの設定期間は一年間だが、なんと主人公が図書委員になれば、気の毒なクラス委員くんは、無事に平凡な一生が送れるらしいと知った。理由の説明はなかった。意味がわからん。けどスイッチを解除の方法があってよかったねと思ったものだ。

 

 星川理沙である私は、もちろんゲームのヒロインではない。

 けれど、おおよその生い立ちは、恋愛シミュレーションゲーム『きらめいて恋がはじまる』と同じだ。

 十一才の時、交通事故で母を亡くした。その後ずっと一緒に頑張って生きて来た父が、春の初め、たった半年の闘病生活の末に逝ってしまった。

 この時に、私が、これまで知らなかったことが、たくさん明かされた。

 両親がどちらの親からも結婚を反対されて、駆け落ち同然に家をでたこと。驚いたことに、どちらの祖父も、高校生の理沙でも知っている大企業の社長だということ。今まで一度も、両親は、どちらの実家も頼らなかったこと。もし父が死んだら、両親どちらの祖父母も、理沙を喜んで受け入れてくれること。そして両親が、出会ってから結婚するまでのドラマチックな話。

 あの、秋から春の初めにかけての時間は、信じられないくらい早かった。

 そしてその後、理沙はどちらの祖父母の家にも行けなかった。突然現れた身内を、すぐには受け入れがたかったせいだ。ゆっくり近づきたかった。

 素直に話した理沙の気持ちを汲んで、両家の弁護士が揃ってやってきた。

 一人暮らしになる理沙を案じて、学生寮がある私立鳳凰聖城学園への転校を勧めてくれたのだ。


 理沙の事情を、小夜子である私も、ゲームと攻略本で知っていた。

 が、それだけでなく、この先半年間に起こる事も記憶として、今は私の中にある。

 校門から入って、左手側にある小道の先に、桜が数本見えている。初めて見る場所だが、校舎に隠れているその先に、満開の桜並木があることはわかってる。

 小夜子の家の近くにも桜の名所があった。恋人とそこを歩いた。

 そこから、小夜子記憶がずるずると出てきた。

 初めてのデート、初めてのキス、初めてのその他諸々、高校生の理沙がまだ知らないことだ。知りたくなかった事もある。

 干支一回り。十二才の差は大きい。

 しゃがみこみたくなる気持ちを何とか制することができたのは、あのゲームのルールのせいだ。

 攻略キャラ全員の好感度を一定量上げないと、男子クラス委員が、ヒロインに対し『ヤンデレ』を発症してしまう。

 図書委員になれたら問題ないが、もしもの時の保険は必要だ。

 時はすでに動き始めている。

 そう最初のイベントが、この早朝の桜並木なのである。


 私はゲームの世界に生きているわけではない。キラキラしいイラストが3D映像化した姿ではなく、ちゃんと人間だ。

 それに、小夜子記憶の、ゲームの中の理沙の過去には、多少誇張がある。

 母は美人過ぎたし、父は器用すぎた。理沙も家事の達人ではない。普通にできるくらいだ。小夜子記憶を上乗せしても、達人なんて言えない。

 けれど理沙の名前も、学校名も、制服のデザインも、あのゲームと同じだ。

 毎日鏡で見ている理沙記憶の自分の顔は、少女マンガ風イラストにデフォルメすると、小夜子記憶のゲームのヒロインの顔と似ているかもしれない。

 髪は赤に近い茶色でなく、黒い。だがミディアム・ボブの髪形は同じだ。そして身長は百六十八センチ。かなり高い。小夜子は平均的な身長だったが、違和感を感じないのは、ここが知らない場所なため、小夜子記憶で比較できるものがないからかもしれない。

 正直に言って、もしこの学校にあの攻略キャラたちがいるとしても、小夜子記憶のある今の私では、恋愛関係になれないような気がする。高校生なんて、うるさいだけの子どもだ。隠れキャラも、正体を知っている今では他と変わりない。

 もちろん警戒すべき相手はいる。あのクラス委員、小野始だ。

 ゲームをやっている時には、気の毒な人と思っていたが、あの状況が実際起こるかもしれないと思うと、違う意味で攻略対象に昇格だ。

 ストーカーなんて最初のステップ。バッドエンドは、無理心中なのだ。絶対いやだ。

 なんとしてでも図書委員にならなければならない。

 そして完全回避のためには、攻略キャラ達と最低でも「お友達」にならなくてはいけない。少なくともゲーム上はそうだった。

 本当に、あの小野クラス委員が存在するかを確認できるのは、教室に入ってからになる。

 けれどそれからでは、最初のイベントを逃すことになる。その攻略キャラの好感度を上げるのが難しくなり、小野クラス委員の『ヤンデレ』を引き起こすリスクが高くなってしまう。

 どうするかを考えるまでもなかった。

 危険は回避だ。

 何もなかったなら、ただよかったで済む。けど、何かあったら取り返しがつかない。

 現実の小野に、ヤンデレ疑惑を持つのは申し訳ないが、背に腹は代えられない。

 セーブしてやり直すことはできないのだ。どんどん時間は過ぎていく。

 私はカバンを持ち直して、桜並木につづく小道に足を踏み入れた。



 最初の出会いは、満開の桜の下だ。

 上ばかり見て躓いたヒロインに、藤宮勇一が少しバカにしたように聞く。

「大丈夫か。」

 ヒロインは、少し肩をすくめて、それに答えを返す。



 どの返事を選択するかによってルートが変わるはずだった。

 満開の桜。花びらが一重じゃない。

 ゲームの中では一重だった。小さな違いだが、意味があるのだろうか。

 リアルでも、よく目にするのはソメイヨシノだ。少なくとも理沙も小夜子もそうだった。

 内心首をかしげながらも、目は桜に引き寄せられる。美しくて、少し気持ちが浮き立った。

 しかし、ここに来た目的が、すぐに私を奇妙な現実に引き戻してくる。

 ふと目を向けたすぐ先に、いた。

 攻略対象、藤宮勇一。頭の切れる生徒会副会長、夏休み前の役員選で会長になる。大手総合建設業の創業者一族で、将来を期待されている。尊大に見えて、実は親の期待を重荷に思っている。その辺りが、恋愛をする上での押さえどころなのだが、私には関係ない。

 とりあえずお知り合いになれればいい。

 いいのだが。

 藤宮はひとりじゃなかった。ライバル令嬢、加納美弥子が一緒だ。

 ゲームでは、このパターンはなかった。ライバル令嬢は、理沙が彼と出会った後からやってくる。そして、藤宮をヒロインの目の前からさらって行くはずなのだ。

 タイムロスだ。都合よくイベントは待ってくれなかった。

 私が、正門の学校名のプレートの前で固まっていた間に、ゲームが始まってしまっていた。いや、ストーリーが進んでしまっていたと言うべきか。

 どうする、私?

 常に偉そうな藤宮と、特別仲良しになりたいわけではない。けれど、わが身にふりかかるかもしれない不幸を避けるためには、今の時点で、なんとか知り合いくらいにはなっておきたい。

 ライバル令嬢、加納美弥子が、可愛らしく小首を傾げた。ただし、顔は不機嫌だ。その表情が、邪魔をするなと語っている。

 加納は、官僚の娘だ。さらさらストレートロングの黒髪が美しい。もちろん、目じりが少し上がった大きな目を持つ悪役系美人だ。ただ改めて出会ってみると、背が低い。長い髪がなんだか重そうだ。

 問題の藤宮は、興味なさそうな顔でこちらを一瞥すると、すぐに背を向けて歩き出した。

「勇一?」

 加納が慌てて後を追って行く。

 藤宮勇一と加納美弥子。友達になれそうな気がしない。

 でも不味い。非常に不味い状況だ。

 一言も離せなかった。知り合いにすらなれなかった。ただの通りすがりの人で終わってしまった。

 どうしようと固まっている暇がないことはもう学習済みだ。

 気持ちは大揺れだが、私は職員室に向かって足早に進めた。

 職員室の前で、二人目の攻略相手との出会いがあるはずなのだ。

 まだ登校したばかりだというのに、慌ただしい。

 ただ、これはイベントじゃなく、固定されているストーリーだ。でもきっと、私の到着を待ってはくれないだろう。



 職員室前。

 ヒロインは、風紀委員の片桐涼に咎められる。

「君、俺は風紀委員だから、敢えて聞く。少しスカート丈が短いんじゃないか。」

 眼鏡を掛けて、冷たい印象のある片桐に、ヒロインは少し目を見開いてから笑顔になった。涼やかに言葉を返す。

「すごく真剣な顔をしてるから、もっと深刻なことを言われるのかと思いました。」

 そして、片桐の返事を待たずに職員室に入る。

 これが片桐の印象に残り、本格的な出会いイベントへのステップになる。



 職員室前の廊下が見える階段室から、そっとのぞく。

 誰もいない。

 焦って早く来すぎたのか、すでに攻略キャラ片桐涼が行ってしまったあとなのか。

 自分の行動が不審者のようで、なんだか情けない。

 来た。

 向こう側から、メガネをかけた片桐が本当に歩いてくる。

 私は、壁に背をつけて小さく息を吐いてから、何事もないような顔をつくって、廊下に出た。傍目にはおかしなことをしてるように見えるだろう。誰も見ていないと信じる。

 片桐涼は、思っていたより線が細かった。この一年で身長が高くなるという設定だから、今は私の視線の高さと変わらない。

 私に気がつくと、右眉が少し動いた。そして口を開く。

「ちょっと待て。俺は風紀委員だから言うけど、そのスカート、短すぎだろう。」

 台詞が少しゲームと違わなかった?

 だが、今の私にとって問題はそこではなかった。自分自身の心の中だ。

 理沙には当たり前のスカートの丈、だけど小夜子記憶が短いと感じる。

 なんだか呆然とした。

 今まで理沙としての私が思ったこともないことが、自然に頭の中に浮かんだのだ。

 確かに少しスカート丈が短いかも、と。

『きらめいて恋がはじまる』で、選択肢なしで決まっている理沙の言葉が、すんなりと出て来ない。

 小夜子記憶の、大人の女性としての危機管理意識が、片桐の言葉に同意している。

「やっぱりそう思います? 少し考え直します。」

 あろうことか、そんな言葉が口から出てしまった。表情も曇っているのが自分で分かる。

 言うべき言葉とは全く違う。

 けれど片桐の冷たい表情は、少し緩んだようにみえた。

「その方がいい。」

 短く言って、歩き去ってしまう。

 その背を見たまま、ぼんやりと思った。

 違う事をしてしまった。固定のストーリーとは違う事をした。これは、将来にどれだけの影響を与えてしまうのだろう。

 でも、と思う。

 これがゲームと同じ設定の世界らしいと知らなかったら、あの固定の台詞を本当に私は言ったのだろうか。

 理沙としての私が言いそうな台詞ではあった。本当に、小夜子記憶が重ならなかったら、あの台詞を何の疑問も持たず、言っただろうか。

 背筋が凍るという恐怖感を、私は今まさしく感じていた。息が苦しい。

 小夜子がゲームとして知っている選択肢や、固定のストーリー。

 あれが、本当に理沙である私の、これから半年間に起こること、取れる行動の全てなのだろうか。

 本当にあれだけが、私が行くことのできる道なの?

 あれしかないの?

 他に道はないの?

 知ってしまった今、あのセリフや行動は、自分で考えたことにならないのではないの? 強制的に選択をさせられてるのも同じだ。

 小夜子記憶は、このストーリーに共感していない。攻略キャラとのやり取りを滑稽だと感じ、ヒロインと攻略キャラたちの好感度に左右されて、全く関係のないクラスメートが急に『ヤンデレ』化するかと思えば、ヒロインが図書委員になるだけでヤンデレ回避ができるという設定。思いやりがなくて薄気味悪くて、意味不明だと考えている。どの登場人物も勝手な言い分や、自分の都合のいいことばかり言い、それを全て飲み込み、受け入れるヒロインにイライラしてる。

 でも理沙である私は、誰の痛みも、おざなりにはきっと出来ない。両親を亡くした痛みを、何気ない日常で唐突に思い出して胸が痛くなるからだ。言いようのない不安が胸を占めることがあるからだ。

 小夜子をいらつかせた、全てを聞く姿勢を選択してしまうかもしれない。

 朝の陽射しの入る廊下で、立ちつくした。

 小夜子記憶には、ゲーム期間終了後の様々な種類のエピローグがある。私の人生はその後も続いて行く。そこでいきなり世界が消えてなくなったりしない。そのはずだ。

 校門の前で小夜子記憶と重なり、『きらめいて恋がはじまる』を思い出してから、最悪を回避しようと行動したけれど、選択肢外の行動ばかりをしている。これではもう、最悪のエンド・シーンしかないのだろうか。

 そんなこと、あっていいはずがない。

 理沙である私の人生に、すでに決められている選択肢と進む道しかないなんてありえない。

 この先に何があるのか、まだ私は知らないはずだ。何も決まってなどいない。

 何を考え、どう行動するか、私が考えて決めることだ。

 父親が亡くなり、どちらの祖父母と生活するかの選択を迫られた時、同居しないという道をとった。はっきり理由も言った。考えた上で、自分で出した答えだった。

 これは私の人生だ。攻略キャラに振り回されたりしない。バッドエンド回避のことばかりを考えるような日々にしたくない。

 どうして小夜子記憶が重なって来たのかはわからない。

 けれど、その小夜子記憶が私を奮い立たせた。

 勝手になんてさせない。十二才年上の小夜子記憶があれば、攻略キャラの言い分をただ肯定するばかりの自分ではいないだろう。

 もし図書委員になれなくても、クラス委員の小野がストーカーと化す前に、何らかの手が打てるかもしれない。

 選択肢が、運命が、すべて決まっているなんて信じない。すでに選択肢からはずれた行動がとれているんだから、自分で考えて行動できるはず。

 私は、明るい窓の外を見て、大きな深呼吸をした。

 それから、職員室のドアをノックする。

 よく見て、考えて、自分の道は自分で決める。

 私は決意を込めてドアを開け、ゲームのヒロインが言う、そして誰だって当たり前に口にするだろう言葉を、努めて明るい声で言った。

「おはようございます。」



 ------



「お姉ちゃん、女子力低すぎ。」

 小夜子が書いた原稿にあった、そのままの台詞を千夏が言った。

 お風呂上がりに、冷やしてあったワインを一口飲んでから、小夜子もその原稿のセリフを言い返した。

「私は『女子』じゃないの。大人の女なの。」

「いいや、違うね。『大人の女』でもないね。文章みればわかるよ。おっさんだよ、おっさん。」

 両手を腰に手を当てて、千夏が糾弾する。

 小夜子は、妹の挑発なんかには乗らない。気の抜けた声で返した。

「おっさん差別反対。」

 不機嫌さを隠さず、千夏が小夜子のグラスを取り上げて飲み干す。その勢いのまま、不満をぶつけた。

「こんなんじゃ、使い物にならないよ。もっと乙女心に響いてくるものを書いてよ。しかも、自分や私の名前を使うって何? キャラの名前くらい考えてよ。私にはね、時間がないの! なんとかページを埋めなくちゃいけないの!」

 千夏は、新しい日本文化と認識されつつある某イベントに参加のため、本やグッズを作っている。小夜子には無縁の世界に、あらん限りの情熱を人生傾けそうな勢いでかけているのだ。

 小夜子はため息をつきながら、グラスにワインを注ぎながら言った。

「最初から無理だって言ったでしょ。諦めて他の人に頼むか、自分で書きなさいよ。」

「それが出来たら苦労はない!」

 短編を書くのが苦手なのだ、千夏は。そんな自分へのいら立ちも募っている。文句が立て続けに出てくる。

「第一、ジェーンなんとかって誰よ。違う話を出さないでよ。」

「ジェーン・オースティンよ。読んでないの? 千夏の乙女心も、高が知れてるわね。」

「なんですって?!」


 金曜夜の姉妹喧嘩は、時間無制限デスマッチに突入した。


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