生贄
微妙に、らしくなってきた、という感じですね。
現在私ことフェリは生まれ育った巣穴から遠く離れた小高い丘に寝そべっています。
起き上がり、背中をはたいて草花を落とします。
乳酸が大人しくなってきたので再び行動開始です。
歩きながら色々と思い耽ることにしましょうかね。スーラが周囲の警戒をしているので安全面は問題ないですし。段差で転ぶなんてことはもうしませんよ、えぇもちろんですとも。
生まれてから何度繰り返した言葉でしょうか。もう数え切れませんが、今回もあえて言いましょう。
どうしてこうなった、と。
スライムのスーラと契約してから数分ほど深く眠り、私ことサードフェリにお鉢が回ってきました。ファーストは地球生まれの集合知識体で男の人、セカンドは暴食と怠惰を司りストレスのバランスを調節するバランサーで女の人を意識されているそうです。そして私ことサードは一言で表すなら少女です。ただの、少女として存在することを許されているのです。
私たち自身もよくわかっていないので深く考えるのはやめです。気楽に生きていければいいのです。それが私たちの存在理由であると思うから。
私は目覚めてから少しだけ泣きました。
生みの親を失いにはまだ早い歳でしたので、と言い訳を……言い訳なんて必要ないんですけどね。当然の反応であり自然な行為ですもの。
できればお母様のお墓を作りたかったのですが骨も残さず食べられてしまっていたのでやめました。
結果的にはほとんど私、というかセカンドが食べたんですけどね。
そして悲しみに暮れる暇もなく襲われました。
えぇ、襲われました。
父親であるロキに。
どうやらお母様をうっかり殺してもまだ収まらなかったようで。
即興魔法【炎雷】で反撃してお母様の記憶から引っ張り出した禁呪【グレイプニル】で一時的に行動不能にして逃げ出しました。ざまぁみやがれです。
近親相姦なんてやられる側からしてみればたまったもんじゃないのです。
というか私まだ幼児なんですよ、と訴えてもケダモノには通用しません。
殺す気で、そして死ぬ気で抵抗したのにダメージが皆無だったのにはまいりましたが、禁呪がなかったら今頃どうなっていたか。人型になっていたとしても私の身体ではサイズ的にやはりファーストが想像したとおり「ひぎぃ」では済まなかったでしょう。
……おっと、想像したら身体が震えてきました。
まぁ、その封印もせいぜい数時間足止めできれば御の字だと思っています。
レベル2200の神獣は伊達じゃないですね。
人型の時は身体能力が低くなるからなんとか私でも抵抗できましたが、普通の人間には不可能ですね。
人間形体でもレベル半減していればいいかな、というくらい強いのです。
無口なのは相変わらずでしたが。
というか、知能と知恵が失われているのではないでしょうか。神々の怒りにでも触れたからこんな辺鄙なところで暮らす羽目になっているのでは、と考え、
「見つけました」
遺跡です。
お母様の記憶から読み取った情報によるとここには大陸へのワープゲートがあるようです。
ちなみに。
私が生まれ育ったこの島はファーストが言う四国とかいうところと同じくらいの面積だそうです。
地球儀というものが存在するのかわからないので具体的に世界のどのあたりにあるのかは不明です。
ここから数千キロメートル離れた大陸にある封印された遺跡のひとつに繋がっているというので私はこれでロキから逃げることを決めたのです。
ロキが地の果てまで追ってくるとしても時間稼ぎには十分ですし。
問題はロキが動けない状態でも私をロックオンしていて瞬時に召喚術の亜種のようなもので呼び出したり呼び出させたりすることができたら、という少々行き過ぎた妄想ですが。まぁ、たぶん大丈夫でしょう。そこまでされたらもう諦めて死なないことを祈りながらいただかれるだけです。
海を渡れるかは微妙なところですね。これは考えないようにします。
さらにどうでもいい情報によると、これから向かう大陸は大まかに認識されている部分だけでも北アメリカ大陸並みに広いそうです。いまいちピンときませんがね。
「どっせい!」
遺跡の入り口は特殊な金属によって作られており、全力で跳び蹴りをかましたら割と簡単に開きました。押し戸でなかったら私の足はどうなっていたかというもしもの話はなしで。開いたからそれでいいんですよ。
それなりに広い、教室くらいの空間の中心に魔方陣が浮かび上がります。
私を認識したからか、青白い光が渦を巻き「さぁカモーン!」とでも言いたげにゆらゆらと揺らめいています。完全に国民的超大作RPGの旅の扉ですねこれ。ファーストの知識は例えにしやすいものが多くて助かります。
いつロキが復帰するかわかったものじゃないのでさっさと渦に飛び込みます。
目の前が真っ白になり、
自分がどこを向いているのか、落ちているのか上がっているのかさえわからない感覚に襲われ、
目を開けるとさっきと変わらない風景があるだけでした。
……いえ、少しだけ損壊の具合が違うような。
再び扉を蹴飛ばして外に出ます。これ押しても引いても開くタイプだったんですね。
いやそれくらい一回目で気付けよと自分でも思いましたが。
外に出るとそこは森の中でした。
向こうと比べるといくらか温度が高く、湿度は少し低め。
空は変わらず青いまま。雲が流れるのは世界の理ですね。どこへ行っても不変でしょう。
辺りには生き物の気配がありません。
小さな虫とかならいそうですけどそれを探って見つけてしまうと精神的なダメージを受けるのでやりません。虫は嫌いなんです。
魔物や魔獣がいないところを見るにこの遺跡にはなんらかの隠蔽術式なんかがかかっているのでしょうか。私にはまったく効いていませんが。
とりあえず歩き出します。
ロキの残念なオツムではおそらく旅の扉は扱えないでしょうし。
なんとなく、そんな気がするのです。隔離するからにはそれくらいのことはしているでしょう。
道なき道を進みます。
草木が遠慮なく生い茂っていますが問題ありません。野生児にはこの程度の障害などあってないようなものです。
数十分ほど歩き続けると人の気配がしました。
人といっても、私が知る人はお母様ただひとりだったので自信はありませんが。
気付かれないようにこっそり身を低くして進みます。草を揺らさないように、慎重に。
見えました。
彼我との距離は約200メートル。この身体は視力も抜群に優れているので相手の表情なんかもばっちり見えちゃいます。
……女性、20代前半といったところでしょうか。
なにかの革でできている身軽そうな服装です。上半身を守る胸当てに袖はなく、素肌がむき出しな両腕には肘当て、ハーフパンツより少し丈があるズボン、レギンスは……なぜか網タイツですね。なんででしょう。私、気になります。
背嚢を背負って腰元に短剣を差しているから盗賊風の冒険者でしょうか。ソロにしては随分な軽装ですから仲間がいるかも……いませんね? 周囲5キロメートルに人間の気配はないです。たぶん。
「うーん……どうしましょ」
生まれてこのかたまともにコミュニケーションしたことがないのでさっさと保護を求めて街なり村なり連れて行ってもらって孤児院にでも入れてもらいたいのですが。人肌恋しくなってきましたし。
……相手が善良な人間であれば、という前提があるんですよねぇ。
だからこそ、私ことサードフェリが請け負うべきミッションなんですけどね。
飛び出して反射的に殺されるとか冗談じゃないのでゆっくり、音を立てつつ歩いていく。
そして私だけの固有能力を発動させる。
「【サードアイ】スタンバイ」
魔眼の一種とされている人の心を読み取る恐るべき能力です。
まだまだ幼い身体に負担はかけたくないので色々と制限を付けていますがね。
『な、なに!?』
彼女がこちらに気付いたようです。
もうすぐ草が途切れてこちらの姿が見えるでしょう。
「誰!?」
がさがさと草を掻き分け、敵ではないことを示すために手を開いた状態で出ます。
警戒されるとついついこちらも戦闘モードになってしまいそうで困ります。人間相手は初めてですし仕方のないことなんですが、これからもっと慣れていかないとですね。
『こんなところに子供……いや、ありえない。魔物が化けている?』
「こんにちは」
「え、えぇっと……こんにちは、お嬢さん」
よかった。
挨拶無視して斬りかかってくる人じゃなくて。
自分でも怪しさ満点だと思いますし。警戒するなというほうが無理でしょう。
「こんなところでどうしたの? お母さんとお父さんは?」
「お母さんは死んじゃったの」
「っ! ど、どうしてお母さんは死んじゃったのかな?」
いきなり激重な話になり動揺していますね。嘘を吐かれないと言うのは私にとって楽でいいです。本心と実際の言葉に差異があるとその分疲れるので。
「お父さんが……ね。怖かったの」
そういえば三歳児がこんな流暢に話していいのでしょうか。いえまだフェリは1歳に満たないんですけどそこは獣人ですし。
右肩には歯形の痕とそれに沿った裂傷がくっきり残っています。スーラを纏っていなければ一瞬で鎖骨が砕けていたでしょう。あれで一応加減した甘噛みだって言うんですから信じられません。
「そう……つらかったわね」
同情するなら金をくれ。
なんて言いませんが。これでもまだ怪しいと思うのですが、目の前の女性は私の話を信じてくれたようです。なんて良い人なんでしょうね。
近付いてむぎゅっと抱きつきます。
……胸当てが痛い。
彼女は私の髪を優しく撫でてくれています。
お母様の手櫛を思い出してまた瞳がうるっとします。やっぱりまだ子供ですねぇ、なんて。私自身のことなんですけど。
『なんて綺麗な髪……銀色の髪なんて滅多にいないのに』
彼女の思考が流れてきます。
【サードアイ】は対象を視界に入れなくても使えるので反則級の魔眼です。
『ん……銀色の狼って……まさか』
ありゃ。
気付かれたか。
継承された記憶によると銀狼族ってかなり高く売れるみたいなんですよね。
それこそちょっとした家が買える位には。
貴族には物好きな輩がいっぱいいるそうで。
『これで借金を返して、お医者様を呼べばあの子の病気も……』
あー。なんか彼女は彼女で重い事情があるみたいです。
妹さんが病気、なのかな。そのせいで借金を抱えることにもなったと。
意識して思考以外の、彼女の記憶を読み取っていく。
知られたくない過去も見放題とかチートですね。私が起きている時にしか使えないのが難点ですが。
『でも、こんな小さな子を……』
彼女の悪魔と天使の大戦争を傍観します。さてさてどっちに転ぶのか。
どちらにせよ人が葛藤するのを生で見られるというのは面白いので結果なんてもうどうでもいいんですけどね。
どっちを選んでもこれからの展開は変えないもの。
『……ダメよ! そんなことをして幸せを奪って、後悔しないなんて絶対にないもの!』
彼女の意思は天使サイドへ傾いているようです。
「ねぇ、あなた。名前はなんて言うの?」
「……フェリ」
「フェリちゃん、私と一緒に村まで行きましょう」
問題を先送りにしたっぽい?
まぁ、悪い人ではないので。
にっこり笑い、
「ありがとなの」
とすっ。
「え……なに、を」
あまり痛くないように脇腹に差した木製の釘には毒を塗ってあるんですよ、と口には出さず解説する。
麻痺毒でちょっと身体が動かなくなるだけですので命の危険はありません。
……ホントにあの地は恐ろしい植物ばっかりだったなぁ。
「ぎぶあんどていく?」
なぜ疑問系なのかは気にしないでほしい。
一方的なやりとりですし、なにより釣り合っているのかと問われれば微妙だと答えるしかないので。
毒が回り動かなくなった彼女を背負い、ずるずると引きずっていく。
(ん、楽しそうなことになってるねぇ)
ファーストが目覚めたようだが運ぶのにいっぱいいっぱいで構っている暇がない。
目指すは旅の扉。
スーラに支えてもらいながら元来た道を戻る。
大きな生き物を寄せ付けない結界のようなものに護られた遺跡の扉を押して入り、再び転移の波に耐える。1秒にも満たない時間が数十秒にも感じられるのであまり使いたいとは思わない。
扉をスーラの触手に開けてもらい、丘を目指す。
「ばいばい」
私がさっきまで寝ていた丘の近くに彼女を寝かせ、全速力で遺跡に駆け込み転移。
ロキのプレッシャーから逃れた私は思わず座り込む。
「怨んでくれていいよ……代わりに、私は私を差し出すから」
ロキのお眼鏡に適い、発情期を乗り切れば死なずに済むかもしれない。
そうでなくとも私の匂いがする彼女を放って他の魔物にくれてやることはしないだろう。
願わくば、彼女が生き残らんことを。
「なんて勝手な……」
(エゴの塊みたいなもんだからねぇ、俺たちは)
人間誰しもエゴを持つ。そういう風にできているから。
それを免罪符に振りかざす者はまた別に裁かれるべきだと思いはするが。
私の貞操の危機はひとまず先延ばしにできたはずである。
さてと。
身勝手な対価を支払いに行きましょうか。
彼女の家族が住まう村へ向けて歩き出す。
私の義理は、なによりも重くあるべきだから。
誤字脱字ってなぜか書いた本人では気付けないもんだと思うんですよ。
??「チェックが甘いんじゃ!」