魔法
トチ狂ったように後半テンション下がります。
やっちまった。
いきなりなにがあったって思うじゃん?
簡潔に言おう。
初めての実戦だったから張り切って一世一代の大技使ったらオーバーキルになった。
いや、分類は終末級神魔法だから技ではないのだが。
終末級とかどういう基準で出てるのか知らないしな。戦略級の次とかかな。あとで訊いてみよう。
で。
見渡す限りの焦土。
俺が立ってる半径1mが辛うじて草原だった名残を見せているが、見事なまでにまっさらな地形にしちゃったよ。生き物なんて影も残っていない。
空を見上げると黒雲が急速に集まりつつある。
こりゃ大雨が降るな。
ぷすぷすと熱を帯びている地面を冷ましてくれるのはいいが巣穴に戻るまでは降らないでほしいな。
猪のような魔物から剥いで作った革靴で煙を上げ続ける地面を踏みしめ全力ダッシュ。
帰ったら怒られるだろうなぁ……。
現実逃避気味にどうしてこんなことになってしまったのかを回想する。
朝、いつもよりちょっと早く目が覚めたと思ったら目の前にイケメンがいた。
寝起きは良くない方だと思っていたけど素早く「誰だこいつ!?」と反応できたのには驚いた。
母上様の傍に逃げてじっと観察する。
イケメンは銀髪で母上様によく似た獣耳と尻尾があったのでロキだとすぐに気付いた。なにより俺を見る眼と雰囲気がね。俺のことを歯牙にもかけてなかったからね。てめえそれでも親かと。
母上様は俺が起こそうと触れた瞬間目覚め、ロキを見てこれまた瞬時に状況を把握したようだった。
「フェリ。少し散歩行って」
「……あい」
飛び出しました。
少年少女時代の家出バリに走りましたよ。
獣人は種族によっては7,8歳にはもう子供が産めるようになるようですよ。
俺はどうか知らんがな。
人間よりも短命な種族ならそりゃわかるが俺は人間よりも遥かに長生きできるっぽいし。
まぁ、俺のことはまだいいんだ。まだまだ先のことだ。
……すでに人間の3歳くらいの体になっているのは気にしない。
どこまで行けば行為の音が聞こえなくなるのかわからないから走り続けた。
ただ、ただただひたすらに走った。
なんでだろうな。
俺はロキが嫌いなようだ。
母上様が何を思ってどうしてロキの下にいるのか、わからないな。
あぁ、まったく。
朝っぱらから最悪な気分だ。
寝起きでお腹空いたし。
よし。
なんか狩るか。
という訳で苛立ちをぶつけられる哀れな獲物を探すことにした。
……前方、風上になにかいる。
落ち着け。
深呼吸。
……よし。
殺気を抑えて、気配を殺し、身を隠す。
森を抜け、中腰のまま速度を保ち、背の高い草の海を進む。
見えた。
ミノタウロスっぽい人型の牛だ。
……それはやっぱりミノタウロスではないかと。
いやでも斧とか持ってないし。
というのは終わってから考えろ。
くだらない思考は放棄してまずは分析。
【ギガタウロス ♂ Lv.952】
格上だ。
この周辺で俺より弱い野生の奴がいるのかという疑問は封殺。
大丈夫。
俺ならやれる。
倒せる。
狩れる。
殺せる。
憎たらしい父親から受け継いだ能力がある。
奴の狩りを何度か見ていて、一度だけ魔法のようなものを使ったのを知っている。
川で水のバリアみたいなものを纏っている大魚を弱らせるために天から落ちてきた火柱。あれがおそらくロキの能力。
俺にあれが使えるとは思っていないが、物は試しだ。
少々投げやりな思考になっていると自覚しているが、どうしようもない。
意識を自分の中に向ける。
魔力というものはなんとなくわかってきた。
練り上げるイメージは鼓動に合わせて。
心臓から足へ、そして足から吹き上げる勢いを腕に。
杖も触媒も魔方陣もいらない。
両腕に魔力を込める。
いまにも暴発して流出してしまいそうな力の奔流を気合でねじ伏せる。
ギガタウロスがこっちを向いた。魔力に反応したのかね。
だが、もう遅い。
あとはもう無意識に放つだけ。
口から零れるのは誰の言葉か。
「――塵も残さず消えてなくなれ【インフェルノ】」
俺の全身から何かが根こそぎ持っていかれる感覚、
意識が。
だめ、暗、
落ちる――
で、冒頭に戻るわけだね。
走り出してすぐに雨が降ってきたからもう諦めてとぼとぼ歩いてます。
濡れ鼠だね。
狼だけど。
空腹でハイになっている。
雨で鼻も耳も効かないし。
どしゃ降りで視界も悪い。
帰巣本能が生きているのはありがたい。
あぁ。
なんか食いたい。
インフェルノはいまの俺には負担が大きすぎたようだ。
倒れそう。
お腹空いたな。
手元を見る。
雪のように白くて細い手。
しなやかな指。
ちょっと濡れた寒さで青白くなっているけど。
それはとてもとても。
――おいしそう。
「じゃねぇ!」
叫ぶことで我に帰る。
危ない危ない。
自分で自分を食うところだった。
それなんてウロボロス?
MPとか見えれば良いんだけどなぁ。
MPが精神状態に直結してたら迂闊に魔法とか使えないし。
それにしても。
「はんぐりぃ……」
森には一切の生物の気配もない。
インフェルノに怯えて逃げちゃったのかね。
仕方ないので近くに自生している木からリンゴっぽい実をもぎ取る。
見た目はリンゴなのに味と食感がナスという残念な果物(?)だが、背に腹は代えられないし。
栄養価自体はそう悪いものでもないはず。
なにより毒がない。
ここの植物って毒持ちが多くて食えないんだよねぇ。
じゃくじゃくと5,6個食べて少しだけマシになった。
食べ歩きを咎める人もいないし。
行為が終わってるといいなぁ、なんて願いながら巣穴を目にして。
「――――ァ」
金縛りにあったかのように動けなくなる。
別になにも変わってなんかいない。
そう。
出て行った時と変わっていない。
なのに、
どうして身体が震えるんだろうか。
寒いからか。
そうか。
濡れてるからな。
帰ったら母上様に拭いてもらわないとな。
千鳥足よりもひどい歩行。
だけど。
巣穴に近付くにつれて血の臭いが濃くなっていって。
入り口まで来てやっぱりそれは気のせいじゃなくて。
私は。
私は?
俺は。
目が回る。
それでも足は動く。
どうして。
なんで。
母上様は眠っていた。
ロキはいなかった。
ただ、
「もしもこれが喜劇なら、ただの痴情の話として終われるんだけどなぁ」
どこか遠いところで「ま、笑えるかどうかは役者と客の問題だがな」と続ける俺がいる。
母上様の全身が傷だらけでなければ、
母上様の出血量が少なければ、
母上様が呼吸をしていれば、
(……いや)
そういう問題じゃないんだよな。
行為の際に相手を傷つけてしまうことがある。動物ならまぁ少なからずある話だし人間なんて言わずもがな。
別にそれが一概に悪いとか言うんじゃないんだ。
でもな。
それで動かなくなるとね。
命まで関わってくると話は別だよね。
私は。
それを見てられないから。
だから。
俺は。
「いただきますっ!」
――私はなにもできない。
だから俺がやる。
そのために俺はいるんじゃないかって。
なんて、馬鹿みたい。
俺なんていないのにね。
「――ごちそうさまでしたっ」
私は、満腹です。
そうか。
俺は。
この子を生かすことにしたよ。
それが望みだったんだろう。
なぁ、母上様よ。
まだいける。
まだ作者の手の内に収まっている。